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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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転生者の面影

 途端に緊張が緩み、側壁に背中を預けるとユーリはずるずると甲板に座りこんだ。つい数日の間に二度もこんな目に遭ってしまうとは。こんなことがこの先も続くのだろうかとげんなりしていると、モーティペルンを見下ろしてゆっくりと息を吐きだしていたナーガがこちらへと振り返った。


「お怪我はありませんか」


「……ああ、大丈夫だ」


「そうですか……なら、よかったです」


 そう答えたときにはもう、ナーガの瞳から真紅の光は消えていた。そうしていつもの眠たげな眼差しでびしょ濡れになった服の裾を絞りはじめる。船は一時的に動力を止めており、船内で起こっていた喧噪も徐々に収まりようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


 なんだかんだまたナーガに助けられてしまった。


「あはは……なんか、力抜けちゃった……」


 モーティペルンを見下ろしていた黒髪の魔導士がぺたんと甲板に座りこみ人差し指で目元を拭う。相槌を打ちながら安堵のため息をついていた細身の魔導士がこちらに向き直った。


「ありがとう……きみたちのおかげで助かったわ」


「身体の方は大丈夫か?」


「……ええ、いまのところは。少し頭痛がするけど、平気だと思う」


 もう一人の方も異常を探すように頭を押さえていたが様子を見る限り自覚症状は見当たらないようだ。


「本当にありがとう、二人がいてくれなかったらどうしようもなかったわ。自分の不甲斐なさに呆れるわね」


「あの、あなたは魔導士なの……?」


 黒髪の魔導士がうろんげにナーガへと訊ねる。絞りすぎてしわだらけになった服をぼんやりと見下ろしていたナーガはそれを受けて黒髪へ視線を移した。


「いいえ、ナーガは魔導士ではありません」


「そう、なんだ……ただの身体強化には見えなかったからてっきり……」


「魔王様がおっしゃるには魔導士ではないそうです」


 なに言ってんだお前。


「……あ」


 ついうっかり口走ってしまったことに気づいたナーガがこちらをぼんやりと振り返る。


 くそボケ本気で海に突き落とすぞ。


 そんな感じの言葉を口パクで言いながら睨みつけるとナーガは顔色一つ変えずにゆっくりと二人へ向き直った。


「申し訳ありません、魔王様。すぐにこの二人を始末します」


「やめろ」


 わりかし本気で襲いかかりそうな気配を見せていたナーガの頭をぶん殴る。けれど少しも反応すらせずむしろこっちの方が痛手を負ったくらいだった。


 どんな身体してればそこまで頑強になるんだよ。次はハンマーだな。


「ちょっとこっち来い。あはは、こいつちょっと魔導術の使いすぎで頭やられてて」


「まあ……」


「まだ若いのに……」


 憐憫の眼差しを送りつけてくる二人を尻目に苦笑いを浮かべながらナーガを甲板の脇の方まで連れていく。


「ばかかお前なに考えてんだよ、あいつらの魔導術見ただろ」


「きれいでした」


「そんな感想求めたわけじゃねえんだよっ」


「魔王様の言いつけを破ってしまったのでせめて証拠隠滅を図ろうと」


「なんでそんな短絡的な手段に及ぼうとするかなお前は」


「ではどうしましょう。魔王様が魔王だとばれてしまいましたが」


「大丈夫だよ、どうせ信じちゃいない。だからお前は町に着くまで一言も喋るな」


「もし喋ってしまった場合は」


「海に突き落とす」


「……お顔が怖いです、魔王様」


 実際どう思ってるのか定かじゃないがナーガは少し首を竦めると両手で口を塞いでいた。


「ご両親は一緒じゃないの?」


 小さくため息をついていると黒髪の魔導士が少し心配するような顔で訊ねてきた。さっきの話はまったく気になってもいないらしい。


「二人だけだよ。親戚の家に行く途中だったから」


「アンスリムの?」


「ああ」


「じゃあ町に着いたら改めて感謝状を贈らせてもらえないかしら」


「遠慮させてもらうよ。余計な心配させるだけだろうから」


「……そう、わかった」


 納得したようにうなずきながら言う。やがて船員がこちらへやってくると海に浮かぶモーティペルンの後処理について二人へ指示を仰いでいた。これからあの魔物は体内で結晶化したフェアリーを取り除かれたあとどこかの研究施設へと輸送されることになるだろう。


「じゃあ俺たちは船室に戻るから」


 係留作業に立ち会っていた二人へ一声かけると細身の魔導士が思いだしたように振り返った。


「そうだ、名前訊いてもいい? わたしはユアリィっていうの」


「わたしはルルーナ。よろしくね」


「ユーリだ。こっちはナーガ」


 そう名乗った途端、二人はきょとんとしながら目を丸くした。ほんの少しの間を置いてユアリィが問いかけてくる。


「ユーリくん……っていうの?」


「そうだけど」


「……魔導士じゃないのよね?」


「同じ名前の魔導士でもいたのか?」


 そんなに在学期間は長くなかったのに知っている奴がいるとは。ユアリィは怪訝そうにユーリを見ていたが、すぐに思い直したように首を振ると笑みを浮かべた。


「……いえ、なんでもないわ。町で見かけたら声かけてね。わたしたちもしばらくアンスリムにいることになりそうだから」


「ああ、そのときはまた」


 たぶんもう会うことはないだろう。アンスリムにはそう長く滞在するつもりはない。モーティペルンの身体にたくさんのワイヤーが巻きつけられ、やがて船が再び動きだしていく。ナーガを連れて船室へと向かいながらユーリはちらりと船尾に追走するモーティペルンに目を向けた。


 こんな場所で遭遇するはずもない魔物。単なる不運ってわけじゃないんだろうな。一つだけユーリにはその理由に思い当たるものがあった。


 これから先、またこんな強力な魔物を誘き寄せてしまうこともあるかもしれない。できるだけ早くその方法を見つけて顔を見せに行かなくちゃならないな、あの人のところへ。

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