鉄壁を貫く槍
「魔王様……」
なんとか彼女たちに使えそうな魔導術だけであの鱗を突破できないか考えていると背後からナーガに呼びかけられた。ユーリが振り返ると船べりに寄りかかりながらやってきていたナーガが弱りきった表情で船の左後方を指さした。
「……来ます、あっちの方から」
いったいナーガにはなにが見えているのか、言葉通りその直後に遠くの波間へ黒い影が浮かび上がり再びモーティペルンが海上に飛びだしてきた。打開策が見つけられなかった。それでも応戦するしかない。
二人は覚悟を決めたように杖を捨て、手のひらをその巨体に向けていく。媒介を使わずに魔導術を放つのがどれだけ身体へ悪影響を及ぼすか魔導士である彼女たちは熟知していただろうがなりふり構っていられないほど追い詰められていた。
「あの目玉に攻撃するしかないわ……! ブラストならまぶたの上からでも貫けるはずよ、それで足止めするしか……!」
苦し紛れだ。たとえ効いたとしても逆に刺激して暴れられる可能性の方が高い。そもそもそんな単純な手段で対処できる魔物に魔導騎士が遅れを取るわけがなかったが、もちろんそんなことは二人もわかっていた。
まいったな……。
電撃が効かないということはないはずだ。けれどライトニングはその特性により直進しないため対象の一部を精密に狙うには不向きな魔導術でもある。無理やり目をこじ開けたところでよほどの幸運に恵まれでもしない限り当てることはできない。
この戦力で出会っていいような魔物じゃなかった。持てる魔導術の知識をすべて呼び起こして必死で考えていると、そばにしゃがんでいたナーガがげっそりした顔で見上げてくる。
「……魔王様だけでもお逃げください、ナーガが時間を稼ぎます」
「んなこと俺がさせるわけないだろうが!」
「……ですが、このままでは魔王様まであの魚のご飯になってしまいます」
不本意だがその通りだった。あれほど巨大な魔物に素手で太刀打ちできるとも思えないしナーガを戦わせるわけにはいかなかった。掴まれて食べられるのがオチだ。あの鱗をくぐり抜ける。それさえできれば魔導術の攻撃が通るというのに。
「そういえば……」
あの森で目にしたナーガの姿が脳裏をよぎる。こいつは身体強化しかできないただの魔導士じゃない。咄嗟に閃きが走る。うまくやれば汎用魔導だけでも倒せるかもしれない、ナーガの力があれば。
「ナーガ、手伝ってくれ!」
「さすがのナーガもあんな大きな魚は殴り飛ばせませんが……」
「あの怪力だけ出せるならそれでいいっ」
「……それくらいなら」
「よし……」
たぶんこの船にも積んであるはずだ。うなずき返してナーガの手を掴むとユーリは二人の魔導士へ顔を向けた。
「少しだけ時間を稼いでてくれ! 足止めできればなんでもいい!」
「どうするの!?」
「ライトニングを当てる!」
「できるわけないないわ、ライトニングなのよ!? それにさっき目を閉じてたの見てたでしょう!」
「大丈夫だ! 合図を出したらスティーリアで動きを止めてくれ!」
「スティーリアを……?」
困惑した表情で二人が見返してくる。なにを言っているのかわからないというような表情だったが説明をしてるひまはなかった。
「頼んだぞ!」
モーティペルンがその巨体で波を切り裂きながら徐々に速度を上げてこの船へ突進を仕掛けてこようとしている中、ユーリはそれだけ言い残すとナーガの手を引いて船の前方へ走りだした。
側壁についた客室の窓の奥では船員に詰め寄ってなにかを騒ぎ立てている者や不安げにこちらの様子を窺う者、肩を寄せあってうずくまる者たちの姿があった。そう時間は残されていない。もし暴動でも起こって船から飛び降りる乗客が現れてしまえば他の魔物の餌食になる可能性もある。
そうして船べりと客室との狭い通路を抜けて広い甲板までたどり着く。ユーリが思った通り、それは船首に設置されていた。
「あった……!」
砲口に銛が装填された射出機がその首を空に向けて鎮座していた。本来は漁船などで捕鯨に用いられるものだが、多くの船でも魔物が現れた際に迎撃や回収などの用途で便宜的に使用されることがある。駆け寄って確かめてみると銛と先綱を繋ぐリングワイヤーは取りつけられていなかった。
「魔王様、ナーガはなにをすれば……」
「これをあいつに投げれるか? できれば目に当ててくれると一番いい」
「……目に当てればいいんですね」
ナーガはこくんとうなずくと気を引きしめるように一つ小さく息をつき、険しい顔つきで砲口から銛を引き抜いた。五十キロ近くはある重さにも関わらず容易くそれを持ち上げて抱きかかえるように担ぐ。
彼女の体格から見てもいかに身体強化を施したところで持ち上げるだけで重労働なはずだ。やはり普通じゃない。
振り返ると二人の魔導士たちが炎の渦を魔物に向かって放っているところだった。モーティペルンは鱗を変色させてその炎さえも防いでいたが、いかに鉄壁の防御があろうと上級魔導の威力までは殺しきれず怯んでいるようだった。だがその反撃は一瞬にしかすぎず、強力さ故の急激なフェアリーの消失によって瞬く間に炎の勢いが弱まっていく。
「急ぐぞ!」
魔物の方へ向かったユーリに続いてしっかりとした足取りでナーガがあとを追いかける。足止めをする魔導術すらも封じられ、襲いかかる魔力消費の苦痛に堪えるような表情で魔導術を放ち続けていた二人がこちらに気づいて顔を振り向ける。
「スティーリアでいいのね!?」
「それでいい、撃て!」
ユーリの合図を受けて細身の魔導士が魔物に振り返り魔力を解放していった。励起したフェアリーが彼女を包み、光に照らされた中で両手をモーティペルンに向ける。
「スティーリア!!」
紋章陣が輝き、モーティペルンの鱗が蠢くように変色をしていく。だが次の瞬間モーティペルンの全身を薄い氷の膜が覆いつくしていた。
通常、励起されるフェアリーの中には解放する魔導術にとって不必要なものが半分以上含まれ不純物として威力を阻害する。だが二人が炎の魔導術を使い続けていたことでそれらを構成するフェアリーが消失し、スティーリアはほとんど威力の低下を引き起こすことなく放たれていた。
途端に暴れて腕を振り上げようとしたが瞬く間に凍結が進んで徐々にその動きを封じこめていく。
「ナーガ、いまだ!」
「……はいっ」
ユーリの呼びかけに答えたナーガが片手に握りしめた銛を構えた。既にその表情から船酔いで苦しんでいた弱々しさは消えており、鋭い眼光でモーティペルンを捉えた黒い瞳へ真紅の光が宿っていく。
モーティペルンが力任せにもがき氷の砕けていく音が響きはじめ、けれど動きだす前にナーガが甲板を踏みぬくほどの勢いで蹴り弾きながら銛を投げつけていた。
まるで火薬でも使ったような速度で駆け抜けた銛が一直線にモーティペルンの目に命中し、全身を覆った氷の被膜に亀裂を走らせながら深々と突き刺さっていく。魔物の口から鮮血に染まった霧状の海水が吹きだし、はっとして意図を理解した黒髪の魔導士が即座に魔力を解放させた。
「ライトニング!」
紋章陣が輝き再び絡まりあった電撃が放たれた。それに反応して鱗が変色したが、電撃は不規則な軌道を描きながらも誘導されるように突き刺さった銛からモーティペルンの目玉へと直撃していた。
体内を駆け巡った電撃にこれまで以上に鱗が急激に変色を繰り返し、モーティペルンの身体が痙攣して一際高く飛び跳ねた。そして爆発が起きたような音を立てて巨体が海上に落下し巻き上げられた海水が雨のように甲板へと降り注いだ。
「っ……」
全身びしょ濡れになりながら顔を覆っていた腕をどける。モーティペルンは大量の白い泡に包まれながら身体を横に向けて口を開けたまま微動だにすることなく波間に揺られていた。




