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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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ささやかな船旅

 意識の遠いところから聞こえてきたざわめきで目が覚める。カーテンのすきまから光が差しこんでいた。


 ゆっくりと身体を起こしてぼんやりと窓の外を見てみると、どうやらざわめきは港の方角からやってきているようだった。定期船が着いているのかもしれない。


 食事も出ないし風呂もない安さだけが売りの宿だったが、ついうっかり寝過ごしてしまった。日はけっこうな高さまで昇っていた。


 そうして隣のベッドにナーガの姿を探してみたものの、既に起きたあとなのかきれいに整頓された毛布が敷かれてあるだけだった。


 散歩にでも行ったのだろうか。


 あくびを漏らしながらベッドを出ようとした途端、ユーリはなにか靴以外の柔らかいものを踏みつけた。


「……ん?」


「んがぐ……」


 足元に丸くなって眠りこけているナーガがいた。


 番犬かお前は。


 横っ腹にけっこうきつめの蹴りが入ったにも関わらずとても気持ちよさそうな顔で夢の世界を歩いている。四六時中身体強化を使っているならそれはそれで異常だけど、それにしたってなんでこいつはこんなに頑丈なんだろう。


「ナーガ、起きろ。朝だぞ」


 そのままぐりぐりと踏みつけていると嫌そうな顔で身じろぎしながらやがてナーガは目を覚ました。あちこちへ跳ねまくったブルーグレーの髪の下でうつろげな瞳がユーリを見上げてくる。


「……あ、魔王様。おはようございます……」


「おはようナーガ。せっかくベッドがあるんだから床で寝るなよ。危うく踏むところだったぞ」


「……恐れ多くもこのナーガ、魔王様と一晩を共にできた感動をもっと近くで味わいたくて」


「紛らわしい言い回しはやめてくれ。わざとか?」


「どういう意味でしょうか」


「なんでもない」


「……本当ならば魔王様のお隣で眠りたかったのですが、さすがに叱られるかなと思ったので床で寝ておりました」


「もうちょっと恥じらいとか持てないのかお前は……」


 二人部屋にしましょう。昨日部屋を取るときに真っ先に提案したのはナーガの方だった。


 これからのことを思うと贅沢はしてられないからそれには賛成したが、なんでこんなに慕われているんだろう。いくら命を救った恩があるとはいえちょろすぎないか。


「……まあいいか、さっさと出ようぜ。船が来てるみたいだ」


「今日はアンスリムに向かうんですよね。船に乗るのははじめてなのでとても楽しみです。優雅な船旅。素敵です」


「つっても大陸を迂回するだけだから半日もすれば着くけどな。朝ご飯買ったら港に行こうか」


「はい」


 宿を出てみると通りは昨日よりもたくさんの人で賑わっていた。その多くが船に乗ってこの町へやってきた者や、あるいは周辺の町から船に乗るためにやってきた者たちだろう。定期船は毎日来ているわけじゃないからかなり運がよかった。


 商人たちは広場に集まってさっそく商売をはじめており、住人たちはそこに群がって品物を購入していた。並んでいるのは辺境の町では手に入りづらい類の日用品が主だった。


「魔王様、たくさんの魔導士が紛れこんでいるようですが」


 商人たちから少し離れた場所。停まっていた馬車のそばに立っていた杖を持った集団に目を向けながらナーガが訊ねてくる。


 ユーリはちらりとそっちを一瞥するとパン屋辺りの朝食を買えそうな店を通りの中に探しはじめた。


「国から派遣されてきた魔導士だよ。他の町に行こうとしてるとこじゃねえの」


 そうしてしばらくの間は魔物たちの脅威から住人たちを守っていくことになる。


 国家魔導士と呼ばれるエリート集団。その中に男の姿は一人も見当たらなかった。


 そもそも魔導士というのは女の比率が圧倒的に高い職業だ。男でもいないわけではないが先天的に魔力の伸びでは女の方が優れており、国から認められるほどの力量を持つ男性魔導士というのはあまり例を見なかった。


 そういうわけで男が魔導士を志すのならば町の外を移動する際に商人などから雇われる護衛として生計を立てていくことになる。それはそれで需要のある仕事であり、決して卑下されるような立場にあるわけではなかった。


「魔物の天敵は魔導術だからな。あいつらがいるおかげで町の安全が守られてるんだよ」


「なるほど……」


「お前は興味ないのか? ああいう魔導士になるのって」


「ナーガも魔導士ですが」


「厳密に言えばお前は魔導士じゃないだろ」


「お言葉ですが魔王様、ナーガは身体強化のエキスパートですよ」


「そんなもん魔導士相手じゃ役に立たねえよ。一瞬でやられるわ」


「あんな貧相な身体でナーガを瞬殺できるとは思えませんが……」


 貧相なのはお前の方じゃないのか。


「お前にその気があるんなら教えてやろうか? まったく素質がないってわけじゃないし、頑張り次第じゃどこ行っても恥ずかしくないくらいの魔導士にはしてやれるけど」


「魔王様は魔導術の指導もできるのですか」


「そりゃそうだろ、俺だって元魔導士なんだから。ちゃんと学校にだって通ってたんだぞ?」


「……というと、魔王様が通われていたのはおいくつのときなんですか」


「十一のときから二年間。結局最後まで行かずに中退したけどな」


 普通に学べば卒業まで五年ほどかかるがそこは転生者としての実力だ。ことあるごとに反則だ反則だと学校中を騒がせたものさ。そんなナーガはともすれば興味がなさそうにも見える顔でぱちぱちと手を叩いていた。


「さすがは魔王様。そんなに幼い頃から魔導術のご勉学に励まれていたとは」


「だいたいお前こそ誰に教えてもらったんだよ。いくら身体強化でも自然に身に着くようなもんじゃないだろ」


「これはですね、我が一族に伝わる秘術でして。ナーガは一族の中でも優秀な魔導士だったのですよ」


「秘術ねえ……」


 どうもうさんくさいが、昨日の魔物との戦いぶりを見る限り特別な技を使っていたのは間違いないだろう。それが魔導術以外のなにかというのははっきりしているが、逆に言えばそれ以外のことはさっぱり謎に包まれていた。


「ナーガとしては魔王様に手取り足取りご教授いただきたいのですが、あいにく他の魔導術はどうも苦手で。すみません」


「いいよ、お前にその気があればってだけの話だから。向き不向きはあるさ」


 やがてユーリは品のいいパン屋を見つけるとそこへ入って朝と昼に食べる二人分のサンドイッチを購入し、店を出るとそのまま港まで向かった。


 全長六十メートルほどの大きな蒸気船が停泊しており、荷物を抱えて船に乗りこんでいく客や荷下ろしをする船員などの姿があった。


 出発まではまだ時間があったが他にやることもないのでさっさと乗っておくことにする。強いて言えば買い物をしたいところだが、それはアンスリムで済ませる予定だ。そんなわけで二人分の運賃を支払って船に乗りこんでいった。


「魔王様、船に乗りましたよ。見てくださいこの広い甲板。ここから船室にも行けるようです。海の香りがとても目の前にありますね」


 きょろきょろと周りを見回しながらナーガがはしゃぐ。船べりから見渡せる街並みに目を向けながら無表情で感動の声を漏らしていた。


「一番安い席だから客室には期待するなよ。他の乗客と一緒だ」


「平気です、ナーガはずっと甲板にいますから」


「お前がそんなにこれに興味持つとは思わなかったよ……」


「魔王様も一緒にご覧になりませんか。海がきらきらしていてきれいですよ」


「せめて出発してから誘え」


 まだ港だぞ。あとから乗ってきた客たちは二人の横を通りすぎて客室の中へ消えていった。


「じゃあ俺は寝てるから。アンスリムが近くなったら起こしてくれ」


「わかりました。もしよろしければ魔王様もぜひナーガと一緒に風を浴びましょう」


「はいはい」


 そうしてナーガに適当に手を振ってユーリは客室の中へと入っていった。アンスリムまではだいたい六時間ほど。明るいうちには到着できるはずだ。

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