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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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躊躇いの理由

 思った通り、はじめて会ったときに見せた精霊魔法はかなり威力を抑えて放たれたものだったらしい。あれほどまでの力があれば防御魔導を打ち破ることも充分に可能だと思えたがヴィオラはあえてそうしなかった。


 青ざめた顔で立ち尽くしていたルシファーがユーリと目を合わせ気圧されたように尻もちをつく。そばにいるティユルはルシファーを一瞥して、そしてなにかをあきらめたように堅い表情で目を伏せた。


「ぼ、僕は英雄になるんだ……こんなところで、なんで……僕は……英雄にならなくちゃいけないのにっ……」


 頭を抱え塞ぎこむように顔を伏せながらぶつぶつと同じ言葉を繰り返していく。覚めていく夢の中で少しでも留まろうとするように。現実から目を背け続けようともがいていた。


 戦意は完全に失ってしまったようだった。ティユルも同様に抵抗をしてくる素振りがない。


「なんでいつもうまくいかないんだ……?」


 顔を伏せたままルシファーが言った。


「どうして僕がやることはいつもだめになっちゃうんだ……? どうして誰も僕の味方をしてくれないんだ……? 僕は誰も殺してない。無関係な人を傷つけるつもりだってないんだ。本当だぞ……? ようやく必要とされる人間になれると思えたからこの力でみんなを守ろうって決めたんだぞ……? なのにどうして……」


「……お前が守ろうとしているのは自分自身のプライドだけだよ」


 その言葉に顔を上げたルシファーは目を見開きながらユーリを睨みつけた。


「お前にそんなこと言えるのか!? 満足だろうな、女神からもらった力でちやほやされているだけのくせにさ! お前ほどの力があれば誰だって英雄になれるに決まってるだろ! こんな力しかもらえなかった僕に偉そうに説教をする資格があるのかよ!!」


 それほどまでに英雄になることへ執着しているのも前世で味わった劣等感から来るものだったのだろう。周囲から弾きだされ、見下され続けてきた人生。そうしてこの世界で英雄と謳われるユーリへ妬みを抱きその座に就こうとした。


 そんな理由だけで大勢の人間を巻きこんでしまった。身勝手な転生者のわがままで。


 そのとき平原の向こうから風に乗って微かな音が聞こえてきた。大きな波が徐々に押し寄せてくるような地響きへ目を向けると暗闇の向こうで小さく妖精灯の光が揺れ、やってきているのはたくさんの馬の足音だと気がついた。


 それらに混じって言葉を交わす女たちの声が届き空に向かって一筋の光が走っていく。カクテュスから駆けつけてきた軍の応援のようだった。精霊魔法の光を見て急いできたらしく空に伸びた光はこちらの状況を窺うサインの一つだったが、それに応える光はアンスリムのどこからも挙がることはなかった。


「終わりだ、ルシファー」


「殺すのか……? また僕だけを悪者扱いして、なにもかも僕のせいにするつもりか……? なあユーリ……僕は本当に救世主になろうとしていたんだぞ……? 僕の勝手で魔力を横取りしたのがいけないことだってわかってる。でもそれを使わせるなら僕が一番なんだってわかってくれるだろ……? 誰も戦わなくていいようにしてやろうとしてたんだぞ……? やり方は間違ってたかもしれない、でも責められるようなことか……? なんで誰も僕の気持ちをわかってくれないんだよ……!」


「お前にどれだけの力があろうと、その不幸な境遇に浸りきった決意じゃ誰も守れねえよ」


「……そう、かよ。転生者になったって、結局誰もっ……」


 追い詰められたように近づいてくる軍勢を見つめていたルシファーがうつむきぎゅっと拳を握る。


「くそぉぉぉぉっ! ティユル! 僕をあの場所まで連れていけぇっ!!」


「それって……待ちなさい、どうするつもり!?」


 愕然としながら見返したティユルへ振り向いたルシファーが叫ぶ。


「いいからやれよ! 僕が助けてやると言っているんだよ! わかってるのか、真っ先に殺されるのはお前の方なんだぞ!! さっさとやれよ命令してるんだぞ僕は! 早くしろいますぐ殺されたいのかよっ!!」


「っ……」


 まだなにか隠している戦力があるのか。


 そう考えたところでユーリは思いだした。あの森にあったランタン。


 まずい……!


 手のひらをかざしてフェアリーを励起させるのとティユルが空間転移術を解放させたのは同時だった。解放されたライトニングが駆け抜け、その寸前で二人の姿が光に飲みこまれて消えていく。


「ちっ……!」


 突き刺さる脳裏の痛みに苛立ちながらこめかみを押さえ平原の先へ目を凝らす。


「ユーリくん!」


「ユーリ!」


 後ろから声がして二人がやってきた。そばにしゃがんだアイリスが目を見開き、不安げに背中に触れる。


「大丈夫……!? 手当て、お医者さん呼ばないと……!」


「なにがだよっ」


「怪我してるじゃないの! 誰かっ……どうしようヴィオラ血を止めないと……!」


 そう言われてユーリは腕に傷を負っていることに気がついた。見てみると血は腕を伝い手のひらまで流れてきていた。だが腕の傷より頭の痛みの方がひどくあまり気にならなかった。


「どうでもいいだろそんなもの! それよりルシファーをっ……」


 続く言葉は目眩が邪魔をして出てこなかった。全身に張り裂けそうな痛みがあった。身体が重く立ち上がろうとするとそれはより一層増した。


 身体強化を使いすぎた。もともと身体が慣れていなかったところへ長時間無理をしてしまったせいだ。


「るし、誰……? あの転生者の人……? 勝ったの……?」


「……終わってない、逃がしたんだよ。あの森に行ったはずだ」


 ため息混じりに答えながら気を落ち着かせて立ち上がろうとした身体をアイリスが慌てて支え、つい肩を預けそうになってしまいすぐに押しのける。


 なにかにすがりつけば二度と立ち上がれなくなりそうだった。


「ユーリ、とにかく手当てが先だ。無理をしすぎている」


「俺よりよっぽど重傷の奴に言われたくねえよ……それに休んでるわけにはいかないだろ……」


「大人しく言うことを聞け。向こうだってもう満足に戦える力は残ってないはずだ。いまは少しだけでも身体を休めるんだ」


「転生者を舐めるな……」


「お前の強がりにつきあうつもりはないからな。そんな状態で行くなんて無茶だ。頼むから心配をかけないでくれ」


 反論を許さない強い口調で諭されユーリは相手を見返しながらもう一度ため息をついた。


 いまのは自分じゃなくルシファーに対しての言葉だった。だがそう言ったところで聞いてはもらえないだろう。


「無事でよかった……あの、あたし……よかった……ユーリくんっ……」


「っ……うっとうしい、くっつくな。馴れ馴れしいんだよお前っ……」


「喜んでるんじゃないのよぅ!」


 喋るのもつらい。ほんの一瞬だけ気を抜いた途端に疲れがどっと押し寄せた。


 ようやく応援部隊が到着しユーリたちのもとまでやってきて先頭にいた魔導士が状況説明を求めてくる。それに対しヴィオラが要点をまとめて手短に説明をすると彼女たちの中に張りつめていた緊張が微かに緩んだ。


 町からやってきた将校が合流し細かな現状報告をしているうちに遅れて馬車が到着し、そこから出てきた兵士たちは将校の指示に従って瓦礫の撤去作業へと向かっていく。


「魔王です! 魔王がいます! まだ息があります!」


 そのとき平原の向こうで周辺を調べていた兵士の一人が声を荒げ魔導士たちが駆けだしていった。あの戦いの渦中でかろうじて被害を免れていたオーティが兵士たちに拘束され、魔導士の付き添いのもと用心しながら連れられていく。


 まだ気絶から目覚めておらず抵抗する素振りはなかったが、魔導士たちはその身体に杖を向けいつでも対処できるよう細心の注意を払いながらも魔王種が倒れていたことに驚きを露わにしていた。


 周りで慌ただしく動き回る士官たちを視界の端に捉えながら座りこんで休んでいたユーリの肩にヴィオラがそっと手をかけた。


「ユーリ、病院はいま怪我人の治療で追われていて時間がかかるそうだ。馬車に道具が積んであるみたいだから応急手当てだけでもしてもらおう」


「お前は……?」


「わたしは大丈夫だ。エルフは人間よりも頑丈なんだよ。休んでいるあいだにずいぶん楽になった」


「……そうか」


「歩けるか?」


「一人で行ける。それより、手伝えるならお前も行ってやってくれないか?」


「わかった。あの男……ルシファーと言ったか。もしこのまま取り逃しても魔力を奪わせない限り心配はいらないはずだ。だから追うならしっかりとこちらも体勢を立て直してからにした方がいい」


 ユーリがうなずくとヴィオラは小さくため息をついてアイリスと共にアンスリムまで戻っていった。


 ヴィオラの考えは間違っていない。ルシファーが追い詰められた末に逃げていったのは事実だった。


 だが、もしもまだランタンに残してある魔力があるならば。


 隠し持っている戦力がありながらそれを使うことへの躊躇いを見せていたのが引っかかっていた。


 小さく深呼吸して気を引き締めていく。疲労で満足に動ける状態ではなく休息が必要だったが、森へ行くまでのあいだに多少は休むことができるだろう。


 ユーリは歩いていく二人を見送ると士官たちから離れ馬車まで歩いていった。魔導士たちが乗ってきた馬がそこへ繋がれており、ユーリは手早くそれをほどくと飛び乗った。


「おい、なにをしてるんだ!」


 すぐに見つかってしまい兵士の一人が慌てて駆けだしてくる。その声にヴィオラたちも振り返り、ユーリは馬を走りださせたあとだった。

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