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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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白百合の魔導士

 光がドーム状に膨れ上がり拡散した魔力が励起されたフェアリーと混ざりあって空気に溶けていく。揺らぎが肌を撫でる圧力となってルシファーへ押し寄せ、身体の中から生命を司る源が吸い取られていくような輪郭のない感覚的な息苦しさと痛みを感じながらもそれ以上の興奮が瞬く間に全身を満たし目を見開いた。


「はぁっ……はは、やったぞティユル……! ついにユーリを……僕はっ……やったんだ……!! ユーリっ……あのユーリを倒したんだっ……!!」


 歓喜の声を挙げながら噛みしめるように拳を握りしめルシファーは大きく息を吐くと同意を求めるように隣に立つティユルへ紅潮した顔を向けた。だが彼女はなにも答えずに立ち尽くしたまま薄れていく残光を見つめており、思っていた反応の違いにルシファーは戸惑いを露わにする。


 そして、返りゆく闇の中でふわりと浮かぶ白の揺らめきに目を奪われた。


「な、にっ……」


 慌てて振り向きながら目の前の光景を疑うように愕然と呟く。


 白い花が咲いていた。突如として現れた半透明の白い花が淡い光を放ちながら咲き乱れはじめ、閉ざされていた闇が青白い幻想に染まっていく。


 その中にユーリが立っていた。


「なんでっ……お前……どうしてまだそこにいるんだよっ……!」


 魔力はすべて奪い去ったはずだった。身を守る術はなく生きていられるはずがなかった。


「やっぱり……あのときは見せなかったみたいだな……」


「これは……魔導術、なのか……けど……いや、まさかお前っ……」


 花園がルシファーの足元を抜け淡雪のように広がり続けていく。海風に吹かれて燐光となった小さな粒子が花びらとして音もなく舞い上がっていった。


 アスフォデルス。


 この紋章陣を創り上げたユーリの母親はそう呼んでいた。内から外に放つのではなく、外から内に向けることで解放される魔導術。そのために必要な魔力は辺りに満ちたフェアリーが無数に内包している。


 そしていま、フェアリーに蓄積されたすべての魔力が解き放たれユーリのもとへと導かれていた。


 ユーリとの戦いに向けてルシファーが周到に施した下準備は概ね成功していたはずだった。魔導士が外部から魔力を補給する方法は他者との共有のみ。アンスリムにいる魔導士の大部分から魔力を奪ってさえおけば、そしてユーリから魔力を奪うことができたのなら完全に無力化させられるはずだった。


「もうあきらめろ、ルシファー。ここにあるのは枯れることのない悠久の魔力だけだ」


 瀬戸際で凌いでくるしぶとさに腹の底から怒りがこみ上げてくる。そんな魔導術を隠し持っていながらあのときは使わなかったその意味に。


「お前はっ……お前はぁっ……!!」


 なぜユーリがそうしたのか、ルシファーに理由まではわからなかった。ただ一つはっきりしているのはその目的のためにあえて勝ちを譲ったということだ。そうしたところで生きていると知ればそのうち向こうからやってくる。いつでも仕留められると見逃されていた。


「ばかにしやがって……! 僕に魔力を奪う力があることを忘れたのか!!」


 最初から自分のことを脅威とは思っておらずまるで相手にしていなかったのだと気づきルシファーは激昂して指輪を向けた。だが魔力を奪われながらもユーリの中からその気配は消えなかった。


「こんなことをしてなんの意味があるっていうんだ……! 俺たちが戦わなくちゃならない理由なんてないはずだろ!」


「黙れ! 黙れよぉ! お前になにがわかるんだよっ!」


 応えるように歌声を響かせながらアークエンジェルがユーリに向かって弓を持ち上げた。


「ルシファー……!」


「貶められたんだよ! ずっと……! 僕はずっと惨めな気持ちにさせられてきたんだっ……! 嘲笑されて、足蹴にされてっ……お前に虐げられる人間の気持ちがわかるのかよ……!!」


 叫んだルシファーの瞳が薄く光を反射していく。


「ごみみたいに扱われてきたんだ! なにをしたってばかみたいだって笑われて……人を好きになることすら気持ち悪がられて……大切なものを全部踏みにじられて、僕は……つらかったんだ……苦しかったんだよっ……」


 呆然とするユーリを見つめながら訴えかけるルシファーの声は涙に掠れ、その表情は助けを求めるように悲痛で歪んでいた。


 転生者は前世の出来事のほとんどを忘れたままこの世界へとやってくる。ユーリもアイリスも、そしてこれまでに出会った数少ない転生者もすべて自分がどのような人生を送っていたのか断片的にしか思いだすことができなかった。


 だがルシファーが思い返している記憶の残像はやけに鮮明で、そして大きな傷跡を心の中に刻みつけていた。


「僕はただ、認めてほしかっただけなんだっ……」


「だったらどうして……こんなやり方じゃ誰も──」


「あいつらと同じだ。僕より目立って、だからむかつくって言ってるんだよ……!」


「お前っ……」


 アークエンジェルの手に光の矢が現出した。煌々と輝きながらさらに凝縮された魔力が高濃度の塊となり水を蒸発させるような音を立ててフェアリーを励起させていく。


 違う。これは励起させているわけじゃない。


 フェアリーの気配が消失している。濃度が高すぎて殻が閉じこめきれていないのか。


「みんな僕のことだけを必要としていればいいんだ! 僕がすごい人間だってことをわからせてやるんだよ!」


 小さな痛みが胸を刺す。


 きっと誰もが似たような境遇だった。あやふやになってしまった思い出の中に映る景色はどれも暗い影に覆われ、思い返してしまうたびに目を背け続けてきた。


 だからこそ、その痛みをわかってやりたかった。ルシファーが言ったようにわかりあえることだってできたはずだった。


 けれど。


 手のひらを相手に向けながらユーリは小さくため息をついた。


「結局のところ、最初から自分のことしか考えてなかったってわけか」


「僕の苦しみを理解できないお前が偉そうな口を利くな! お前も、他の転生者も、みんないなくなればこの僕がただ一人だけの英雄になれるんだよ!!」


 弓から放たれた矢が甲高い金属音を引き連れ、幻想の花園を揺らして燐光を激しく舞い上がらせた。


 トリテレイア……!


 その瞬間にユーリも魔導術を解放させ、手のひらの先へふわりと紋章陣が浮かび上がった。放出した魔力が青白く輝く花びらとなってアークエンジェルの矢を受け止める。


 急激に励起されたフェアリーの光が薄緑から真紅へと変色し奔流となって暴風のように周囲へ溢れだし、数十人にも及ぶ魔導士に匹敵するほどの魔力を集めてつくりあげた矢が強烈な圧力となって甲高い音をかき鳴らしていく。


 だが、アスフォデルスによって悠久の魔力を得たユーリの前ではあらゆる攻撃が花びらに散っていく。


 最高位の魔導術を軽々と凌駕するほどの威力を秘めた攻撃を完全に防ぎきり光の矢はマリンスノウのように輝く粒子となって弾けて消えていった。


「僕なんだっ……報われなくちゃならないのは僕の方なんだっ……」


「……()れたな」


 呆然とするルシファーが見つめるその先でユーリは既に紋章陣を描ききったあとだった。


 解放された魔力が青白い矢となってアークエンジェルを貫いた。瞬時に修復していこうとする身体をいくつもの光が続け様に撃ち貫き悲鳴のような歌声を響き渡らせていく。


 そして、アークエンジェルは粒子となって完全にフェアリーと混ざりあいやがて消失していった。

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