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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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浸透していく言葉

 何度も何度も大きな光と魔力の揺らめきが瓦礫の向こうで起きていた。


 そのたびに大丈夫だと言い聞かせながら怪我人を助けだしていたアイリスのもとへ息が詰まるような空気の圧力と太陽が落ちてきたような眩しさが襲う。周りにいた人たちも驚いたように身を竦め様子を窺うように瓦礫の向こうへ不安げに視線を投げかけていた。


「いったい、あの向こうでなにがっ……」


 呆然としながらルルーナが呟き、抱えていた瓦礫の破片を投げ捨てながらアイリスも顔を上げる。


 少しずつ崩れた壁の瓦礫は取り除けてきていたが、それでも未だ大勢の人間がその下敷きになっていた。救助に当たっている人数も決して多くはなく、重機もなしにこの瓦礫の山を撤去しなくちゃならないと思うと山積みになっている瓦礫を見上げて絶望的な気分になってしまう。


 きっとユーリはいま、アイリスには想像もつかないような大変な戦いをしている。急がなくちゃならないという気持ちはあるのに一向に瓦礫はなくならず焦りばかりが胸を締めつけていく。


 こうしてもたもたしているうちにもしもユーリが殺されてしまったら。大きな音が鳴るたびに頭の中で悪い予感ばかりがよぎり、アイリスは必死で考えないようにして胸に降り積もる不安を押しのけると山積みになった瓦礫の端に手をかけて持ち上げた。


「いたっ……」


 そのとき鋭く尖った破片が手のひらに刺さり痛みが走った。反射的に引いた砂だらけの手のひらからじわりと血が浮かび、たったそれだけのことなのにとても泣きたい気分になってしまう。


 泣いてる場合なんかじゃない。でもせっかくここまで来たのに結局なにもできないでいる。そんな自分に腹が立って、そして情けなかった。


「ヴィオラぁっ! 返事してよっ! どこにいるのよっ!!」


 瓦礫に向かって叫んだ声は涙で震えてしまっていた。もう一度名前を叫ぼうとして胸が詰まり、それでもなんとか瓦礫の破片を持ち上げようとしてそのまま座りこんでしまう。


 勇気を振り絞ればなんとかなると思っていた。でもそんなのみんなは当たり前のように持っていて、それだけでどうにかできるなんてあるはずなかった。


 どうしたらいいんだろう。この中にいるヴィオラを見つける。ただそれだけのことなのに。


 涙で視界が滲み、ドレスの袖で乱暴に拭う。


 泣いちゃだめだ。そんなことしたってなにも解決しない。惨めな気持ちになるだけだ。


 それなのに胸の中はつっかえたように痛み、押し殺そうとする感情が溢れそうになってしまう。


 ぎゅっと目を瞑って堪えるアイリスのもとへ小さく呼びかけるような声が聞こえたのはそのときだった。


「っ……?」


 はっとして顔を上げ瓦礫の中に声を探す。周りでたくさんの人が大声を挙げていた。聞き間違いかもしれない。でもはっきりと。


 ヴィオラが呼んでいる。そんな気がした。


 アイリスは呆然としながら立ち上がって瓦礫の山に足をかけた。踏み外してしまわないよう足場を確かめて登っていきながらもう一度呼びかける。


「アイ、リスっ……」


 ざわめきをかき分けて届いてくるヴィオラの声が瓦礫の中からはっきりと聞こえた。慌てて駆け寄って必死で呼びかけながら積み重なった破片を投げ捨てていく。重たい瓦礫の破片のあいだに聖剣を差しこみ、てこの原理を使って持ち上げるとそのすきまから覗くペールオレンジの髪が見えた。


「誰か! ここにヴィオラが!!」


 振り返ったアイリスの呼びかけに近くにいた兵士たちがすぐさま駆けつけると用心しながら大きな金槌を使って積み重なった瓦礫を砕いていった。周りの人も集まって手渡しで少しずつ瓦礫を運びはじめ、分厚く大きな瓦礫を数人がかりで協力して持ち上げる。


 ヴィオラは無事だった。覆い潰すように被さった瓦礫を一つずつどかしていくと息苦しかったのか大きく息を吸おうとして咳きこんだ。


 自力で這い出ようとしたヴィオラに手を差し伸べ、握り返した手を引き寄せて助けだす。


「ヴィオラ、大丈夫……!?」


「……ああ、なんとかな」


 瓦礫の上に倒れて大きく肩を上下させながら、ヴィオラは少しだけ口元に笑みを浮かべてアイリスに振り向いた。


「アイリスの声で気がついたよ」


 崩壊の被害からある程度免れることができたのは壁の上にいたおかげだった。けれどあの高さから落下して無事でいられるはずもなくこめかみから流れていた血が頬を伝いぽたりと瓦礫の上に落ちる。砂だらけになった服のところどころが破れ、身に着けていた鎧にひびが入っていた。


「みんなは他の人たちを助けてやってくれ」


 呼吸を整えたヴィオラがそう言うと集まっていた兵士たちは心配そうにしながらもうなずき返してその場を離れていく。手当てがいらないわけがなかった。けれど助けを求めている者はこの下にまだたくさん取り残されている。


 向こうから甲高くグラスハープを鳴らすような音が響き渡った。説明をするまでもなく状況を理解したようにヴィオラが緊迫した表情で音の方へ顔を向ける。そうして立ち上がろうとして不意に表情を歪め苦痛の声を漏らして膝を突いた。


「ヴィオラ……」


「……落ちたときに足を捻ったんだ。肩を貸してくれるか……? ユーリと約束してるんだ」


「うんっ……」


 慌ててそばに寄り添いヴィオラの身体を支え、できるだけ慎重に二人で瓦礫の山を下りていく。壊れず残っていた壁の上に続く階段を目指して歩いていきながら、時折痛みを堪えて息を詰めるヴィオラを見ているとアイリスは少しずつ居たたまれない気持ちになってしまう。


 そうして気まずさで二人の足元を見下ろすと気がついたヴィオラが気遣わしげにこちらの様子を窺うような気配がした。


「どうした……?」


 きっと、足以外にも痛いところがあるはずだ。それなのにいまはヴィオラに頼ることしかできない。こんなときにさえなんの役にも立てず、せめて泣きだしてしまわないように必死で唇を引き結んで首を振った。


「……心強いよ、アイリスがいてくれるだけで」


「なに、言ってるの……あたし、なにも……」


「助けに来てくれたじゃないか。怖がりのお前が、こんなところまで。おかげでわたしも勇気が湧いたよ」


 慰めや気休めにしか聞こえなかった。驚かれるようなことをしたつもりはない。


「急ごう、きっとユーリも待ちくたびれてる」


 それでも、なぜだかヴィオラが向けてくれた微笑みを目にした途端に胸の奥が熱くなりアイリスは慌ててうつむいた。

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