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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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風の翼

 ビュイスはオーティとの戦いを目にしたときからユーリの能力を見抜いていた。だからわざと少量のフェアリーしか励起させずあえてユーリの攻撃を受けることで戦闘になるのを避けていた。


「……転生者の名は伊達じゃないってことか」


 レイディアンスフレアを受けてもびくともしない防御魔導がありながらもルシファーは微かな焦りを感じていた。それを突破する方法を心得ているユーリを相手にしている限りはいつ打ち破られるかもわからない薄氷だ。


 だが魔導術戦で圧勝したとは言え、それだけでユーリが優勢を築けたわけではなかった。むしろ状況は少しずつルシファーの方へ傾きはじめている。


「っ……」


 発作のように強烈な頭痛が掠め、ユーリは表情に出さないように注意を払いながら痛みを堪えた。全身が熱い。額に浮いた汗が頬を滑り落ちていく。


 痛みがまったく治まらない。杖まで使ってフェアリーの流入を抑えているというのに魔導術を解放するたびに意識を失いそうなほどの痛みが駆け抜けていく。


 できるだけ時間を稼いで場を膠着させておきたいところだったがそれも限界が来ていることをユーリは悟った。ルシファーはいま焦燥に駆られている。


 長引かせる不安を抱えているのは相手も同じであり、なりふり構わず仕留めようという心の動きは妥当な流れだった。


「……わかったよユーリ、きみはたしかに素晴らしい才能を持った魔導士だ。不本意だけれどそこに秘めた転生者としての力を認めざるを得ない」


 お互いに無傷で終わることはできない。そういう覚悟を固めた気配を相手から感じた。


「だけど……本当に英雄たる実力を持っているのは僕の方なんだっ!」


 ルシファーが掲げた指輪から不意に複数の黒い球が飛びだした。魔力の膨れ上がる圧力が肌を撫で、肥大化した黒い球がさっき出会った重装兵の姿へと変貌していく。


「行け! ユーリを殺すんだ!」


 ルシファーの命令に呼応して現れた五体の重装兵が咆哮を挙げて地面を蹴る。痛みを押しのけて杖を持ち上げたユーリが瞬時にフェアリーを励起させて紋章陣を描いていった。


 フォトンレイピア……!


 解放された魔導術が淡く輝く光槍を飛ばし先頭にいた重装兵を撃ち貫いていく。だが薄い魔力濃度で放ったフォトンレイピアでは一撃で魔物を屠ることはできず、腹部を貫かれながらもその突進に勢いの衰えはなかった。


 全盛期のユーリであればいまの一撃で全滅させることができていたはずだ。紋章陣の許容限界まで魔力を注ぎこんだというのに思わぬ苦戦に舌打ちをする。


 痛みが増していく。まだたいして魔導術を使ってもいないのに魔力欠乏の影響で吐き気と倦怠感が身体の動きを鈍らせる。ある程度の余力を残さなければならない必要性を感じていたものの出し惜しみをしている余裕もなかった。


「これならっ……!」


 レゾナンスルイン!


 杖の先へ紋章陣が現れ魔導術が解放された瞬間、重装兵たちが押し潰されるようにその巨体を大地に沈めた。ルシファーの周囲に現れた障壁が光り、それを除くすべての魔物が超重力の網に囚われ激しく振動するように姿を歪めていく。


 そして砲撃のような乾いた音が大気を弾いた途端に地面が大きく窪み魔物たちは魔力の粒子へと変わって空気にばら撒かれていた。


 本来であればもっと広範囲、大規模な戦闘で使われるような高位魔導術だ。熟練の魔導士がその気になれば町一つを瓦礫の山に変えてしまえるほどの威力を持っているが、その潜在量に比べて極端に濃度の薄いアイリスの魔力ではこの程度が限界だった。


「やるな……だけど、魔導士の弱点なんて把握済みなんだよ!」


 動じた様子もなくルシファーが指輪を掲げて再び魔物を呼びだし、さらに十数体の重装兵が現れた。


 しかしその大きさはいままでのものとは違い人間と同程度の体格しか持っていなかった。


 手駒が尽きてきているというわけではない。そこから感じる魔力の波動はむしろ増大しておりさらに強力な魔物である予感をユーリに感じさせた。


 魔導士の弱点。それは既存の魔導術に全方位へ攻撃できるものがないことだ。


 多人数に対する攻撃手段は豊富にあるものの囲まれてしまえばどんな強力な魔導術も解放させることはできない。そもそも魔導士の役割は最前線に立つことではない。


 数で攻められるのはまずい。


 ユーリはすぐに杖を向け、相手が展開してくる前にフェアリーを励起させようとした。しかしそれと同時に魔物たちが一斉に攻撃を仕掛けてきていた。


「っ……!?」


 速いっ……。


 動きだしたと思ったときには既に散開しその場から姿を消していた。あまりの速さに大半の魔物を見失い、というよりも視界の外に出られており正面から斬りかかってくる魔物は目の前まで肉薄していた。


「くっ……!」


 突きつけられた死の予感が心臓を掴み、ユーリは咄嗟に魔力を体内で循環させて身体強化を使った。突進する勢いのまま薙ぎ払ってきた一撃を上体を反らせてかわし、それと同時に励起させていたフェアリーを使ってスティーリアを解放させる。


 杖の周りが氷で覆われていき瞬時に刃を形成させ、力任せに振り払った氷の剣が魔物の鎧を打ち砕いた。弾き飛ばされた魔物が地面に崩れ落ち、拡散する魔力に意識を集中させながら迫りくる魔物の動きへ知覚を張り巡らせていく。


 目で追いきれる速度じゃない。


 散らばった魔力の触覚から感じ取れる気配だけを頼りに四方からの斬撃をかわし、受け止め、一瞬のすきを突いて反撃をしていく。嵐のように襲いかかる刃の風圧が肌を撫で、少しでも集中力を切らせばそのまま身体を真っ二つにされる緊張感が胸を叩いた。


 脳裏へスティーリアの紋章陣を描いて固定させたまま神がかり的な反射神経と魔力による空間把握能力で絶死の暴風を紙一重で捌き続けながら、ユーリは視界を埋める魔物の数にまるで変化がないことに気がついた。感じ取れる魔力の量は変わっておらずルシファーが増援を送ってきている感覚はない。


 魔物を斬り裂くと共に蹴り飛ばし、それでもなお立ち向かってくる魔物の大軍は徐々にユーリの体力を奪っていた。


 いくら斬り裂いてもその傷を即座に修復して立ち上がってきている。あきらかにいままでの魔物とは桁違いの耐久力を持っており魔導術とはいえ物理的な攻撃であるスティーリアの刃では致命傷になり得ない。


 このままじゃ先に息が切れるのはこっちだ。けれど包囲を抜けだそうにも周りは魔物に固められ突破することは不可能だった。


 引き千切られそうな脳裏の痛みで思考が鈍り、肥大化する疲弊で手足が金属のように重たくなっていく。限界の訪れでユーリに最善を選び取る余力は残ってなかった。


 ミスったら確実に八つ裂きにされる。ただ、それだけだ。死の谷に架かる橋は渡り慣れている。


 両手で握りしめた杖を振るい、氷の刃で全身に襲いかかる斬撃を的確に弾いていきながらユーリは魔力を放出してフェアリーを励起させた。闇を裂いて光の粒子が魔物たちを照らし、ユーリは脳裏へスティーリアとは異なるもう一つの紋章陣を描いた。


 リフレクトエア!


 同時に二つの紋章陣を描くという離れ業をやってみせ、ユーリの左手の先へ現れた紋章陣が輝き解放された魔導術が杖に風のヴェールを纏わせた。


「でぇいっ!!」


 一点に集中させた追い風が剣速を飛躍的に上昇させ、振るった一撃が剣を振り上げていた魔物の身体を閃光のように斬り裂いた。


 身体強化とリフレクトエアによる光速の斬撃は刃を完全に暗闇の中へ溶かし、一瞬の内に周囲に群がる魔物を次々と薙ぎ払っていく。


 だがこれだけの攻撃を浴びせても倒すには至らず、魔物たちは修復が不完全な歪な姿になっても絶え間なくユーリへ襲いかかってきていた。


 そして暴風雨のような攻撃を瀬戸際で潜り抜けていく内に魔力を送り続けているにも関わらず衝撃でスティーリアの刃へ亀裂が走っていく。


「はぁあああぁああっ!!」


 一時的に魔力の圧力を上げながら渾身の力で刃の嵐を振り払った。魔力の供給が追いつかずついにスティーリアの刃が氷の破片となって砕け散ってしまう。


 けれど押し返していた。


 群がっていた魔物の包囲の輪が瞬間的に広がり、磁石に吸い寄せられるように体勢を立て直して斬撃を放ってくる寸前で強く地面を蹴り弾いた。


 リフレクトエアは武器による攻撃の速度を上昇させるための魔導術だ。だが針の穴を通すような繊細なコントロールができれば追い風は翼にもなる。


 吹き荒れた風のヴェールが足元を押し上げ、まるでそよ風に流された綿毛のようにユーリの身体が上空へ飛翔した。その眼下で空を切った魔物たちが互いにぶつかり合っていく。


 姿を見失った魔物たちが頭上を見上げたときには既にユーリの周囲へ励起されたフェアリーの光が舞い上がっていた。


「イフェスティオッ!!」


 杖の先で紋章陣が輝いた瞬間、一気に空気が圧縮されるような音と共に爆発が起こり巨大な火柱が上がった。平原の向こうまで照らすほどの爆炎が広がって魔物たちをすべて飲みこんでいき、周辺の草木が燃やし尽くされルシファーたちの姿が飲みこまれていく。


 爆風が髪をさらい、町の方からも突然の爆発で驚く声が響き渡った。


「っ……」


 不意にガラスの破片を押しこまれたような鋭い痛みが脳裏をよぎり、かろうじてリフレクトエアを使って衝撃を和らげながら地面に着地する。だが強烈な吐き気と同時に視界が霞みユーリは堪えきれず頭を押さえて膝を突いた。


 だめだ。まだ失うわけにはいかない。


 ユーリは強靭な精神力で痛みをねじ伏せながら顔を上げて目の前を埋めつくす黒煙を睨みつけた。


 アンスリムの海風が上空へ立ち昇っていく煙を連れだし、魔物の残骸が魔力となってフェアリーと混ざりあい光の粒に変わっていく。


「く、ふふ……まあ、これくらいはやってくるだろうと思っていたよ」


 ところどころで小さく燃えていた炎が徐々に消えていき、やがて押し殺した笑いを漏らす声がした。


「結局のところ、きみは僕の足元にも及ばない仮初めの英雄だったというわけだ」


 あれだけの高位魔導術を浴びせてもなに一つとして奴には届かない。


 晴れていく煙の向こうで光の障壁に守られたルシファーが悠然と佇んでいた。

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