託された想い
さっきまで弱々しくも明かりを落としていた街灯が壊れ、薄暗くなった夜道にはいくつもの瓦礫が散らばっていた。駆け上がっていく坂道の向こうから騒ぎ声が届き暗闇の中でもそこにあったはずの壁がなくなっていることにアイリスは気がついた。
大通りの左右に立ち並んでいる家々の屋根や壁が大きなダンプカーが無理やり通ったあとのように崩れており、近づいていくにつれてその損傷はどんどん大きくなっていた。
嫌な予感だけが膨らんでいく。アイリスは一心不乱に門まで急いだ。
そうして、たどり着いた門前広場で広がっていた光景に思わず息を飲む。
町をぐるりと囲っていた外壁がかなりの範囲まで崩れ落ちていた。乗り越えていけそうにもないほどの残骸が門のあった場所を塞いでおり、大勢の人たちが瓦礫の山を少しずつ馬車の荷台に乗せて取り除いている。
兵士も魔導士も制服を着た士官たちも、みんなが入り乱れて瓦礫を運び下敷きになっていた怪我人を運びだしていた。
その中で砂埃まみれになった兵士を引っ張りだそうとしているルルーナの姿を見つけアイリスは慌てて駆け寄った。
「ルルーナさん!」
「アイリスさん……よかった、無事で……」
「手伝いますっ」
「……ありがとうございます」
腰の先へ積み重なっていた瓦礫の破片をできるだけ後ろへ投げ捨ててから二人で協力して痛みに息を詰まらせている兵士の身体を分厚い壁板の下から引きずりだしていく。そこに負った砂と血で汚れた傷口を見てしまい目を背けそうになったが、兵士は苦しげではありながらも感謝の言葉を口にするだけの元気はあった。
駆け寄ってきてくれた他の兵士が肩を担いで怪我人を収容している馬車へ運んでいってくれるとルルーナは小さく声を漏らして肩に手をやった。彼女も左肩を負傷しており破れた袖が真っ赤に染まっていた。
「あの、どうなってるんですかっ! 二人はっ……!?」
「敵の砲撃です。それでここにいた大半が壁の崩壊に巻きこまれて……手伝っていただけませんか……? ヴィオラティアさんがこの中にいるんです……」
「ヴィオラが……!? やだ、ヴィオラっ……! ユーリくん、ねえユーリくんはっ……!?」
「ユーリ様は、あの向こう側にっ……」
そのとき空気が揺らめくようなぼんやりとした気配を感じてアイリスは瓦礫の向こうに振り返った。
肌を生暖かい風が撫でていくような微かな圧力。その次に周囲のざわめきのあいだから聞こえたのはユーリとは違う男の声だった。
魔導士たちはその気配を感じ取ったように一瞬だけ町の外へ注意を向けていたが、様子を窺おうとはせずにすぐに瓦礫の撤去と怪我人の救助へと戻っていく。
誰一人として戦っているユーリを気遣っている者はいなかった。
「ユーリくんっ……」
もしかしたら助けが必要かもしれない。けれどそれはヴィオラも同じだった。
迫りくる不安が頭の中を霞ませていく。同じ言葉ばかりが思考を埋めつくしてどうすればいいのかまったくわからなかった。
「アイリスさん、いまはヴィオラティアさんを……!」
瓦礫の向こうから再び空気が揺らめいた。瞬間的な光が夜空を照らしていき、きっとそこではユーリが戦っている。
「大丈夫です、ユーリ様ならかならず持ちこたえてくださいますっ」
「なんでっ……だって、向こうには魔王がいるんでしょ……? どうして、みんなっ……」
「ユーリ様は簡単に討たれたりしません、信じてくださいっ……! いまわたしたちがすべきはヴィオラティアさんを一刻も早く助けだすことです!」
大きな声を出して指示を出す人も、必死で瓦礫を運びだす人も、協力して怪我人を助けだしている人たちも。
絶望的な状況の中でも必死で前を向こうとしていた。
「っ……」
目の前に積み重なった瓦礫の山は巨大で、挫けてしまいそうになる心を必死で繋ぎ止めていく。下敷きになっている人を助けださない限り乗り越えていくことさえできない。
行き先を見失ってはいけない。そのための光をユーリが必死で照らしだそうとしてくれている。
大丈夫、きっとヴィオラも生きている。いまは少しでも早く彼女を助けだす。それがユーリへの助けでもある。
だからもう少しだけ。
アイリスは瓦礫の向こうを見つめ、心の中で祈りを唱えた。
ユーリくんなら大丈夫。だからあたしも。
アイリスは周りの人たちの中へ混ざって瓦礫を運び、怪我をしている人たちを助けながらヴィオラの姿を探しはじめた。