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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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霞んだ出会い

 やがて一軒だけ見つけた宿で部屋を取り、ユーリたちはそこから近い定食屋に入ることにした。とても小さな店だった。明かりの類はところどころに妖精灯が置いてあるだけでほとんどがろうそくに頼っておりやや薄暗い。普段は定期船に乗ってきた客を相手にしているのかユーリたちの他には誰もおらず、清潔感はあるものの家具は古ぼけていた。まずくなければなんでもいい。二人ともお腹が空いていた。二人がけのテーブルについて壁に書かれたメニューに目を通す。種類はあまり多くなかった。


「なに食べたいんだ? なんでも頼んでいいぞ」


「魔王様と一緒に食事をするなんて恐れ多くてナーガにはできません」


 奥に控えていた店主らしき男が怪訝そうな顔で厨房からこちらを一瞥した。ユーリは無言でナーガのすねを蹴飛ばした。やがて店主っぽい男は二人を見てなにやら納得したような顔で引っこんでいった。


「すみません」


「いきなり過ぎだろ。せめて言うにしても明日ついうっかりにしろよ」


「明日ならいいんですか」


「いいわけねえだろ」


「もう言いません」


「絶対だからな」


「絶対言いません。ナーガを信じてください」


 力強くうなずくので信じてみることにした。たぶんすぐ言うと思うわ。


「で、なに食べたいのか決まったのか」


「ナーガも好きなものを食べていいのですか」


「城での生活は忘れろ。俺のことは上に見なくていい」


「ですが……」


「だいたいこうして食事できるのもお前のおかげなんだ。遠慮なんてしなくていいんだよ」


「……わかりました」


「なににする? たっぷり五種類くらいあるけど」


「カエルが食べたいです」


「はあ? 本気で言ってんのか?」


「ナーガはいつでも本気です」


「……」


 げこげこ。すっとぼけた顔をしているが目は真剣だった。カエルが好きな少女。鶏肉に似ているとは聞いたことがあるけど、それにしても変わった趣味だ。このタイミングで出てくる食べものじゃないだろ。


「残念だけどここにはないみたいだな。もっと普通なのにしてくれ」


「では、お肉が食べたいです」


「肉か……」


 ちらりとメニューを流し読みするとステーキの名前が目に入ったのでそれにした。なんとか牛などという魔物系ではなく、普通の牛肉だ。注文をしてしばらく待っているうちに料理が運ばれてくる。香ばしいガーリックソースのにおいがするボリュームのあるステーキとスープとパンのセットだ。ぐう、とお腹が鳴る。ユーリはグラスに入った水を続けざまに二杯飲み干すとさっそくステーキをナイフで切って口に運んだ。丸一日食べてなかったせいかとてもおいしかった。


 向かいの席に目を向けてみるとナーガは特にこれといった感想も抱いていないような顔で食事をしていたが、それよりもずいぶんと食べ方が汚いことが気になった。子どものような持ち方でナイフとフォークを握りしめており、肉の一方は皿から少しはみ出ていた。ちらりとこちらの手元に目を向け、その拍子にユーリが見ていることに気がついて顔を上げた。


「使い慣れてないのか?」


「はじめて使います。魔王様の真似をしておりました」


 おそらく大部分の同世代の子どもたちとは大きく離れた環境で生活をしていたせいなのだろうが、ナーガが相当な世間知らずだということを痛感させられる。さっそく呼ばれたがもう気にしないことにした。


「間違っていましたか」


「上手とは言えないけど……まあ、最初はみんなそんなもんだよ」


「はい」


 お互いになにを言うでもなく黙々と食事を続け、ひとしきり食事が一段落したところで店員はカップに入ったコーヒーを二人のもとへ運んできた。空腹も満たされ一息ついてゆっくりとコーヒーを飲みながら、ユーリはずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「なあ、ナーガ。どうしてお前は俺の仲間になろうと思ったんだ?」


 ふうふうと息を吹きかけて熱を冷ましていたナーガが顔を上げる。


「魔王様のお力になりたかったからです」


「なんかきっかけでもあったのか? よっぽどの理由でもないと普通は魔王の仲間になろうとは思わないだろ」


「……」


 ほんの少しの間、ナーガはぼんやりとした顔でユーリをじっと見つめていた。そうして言葉を探すように手元を見下ろし、けれどそこにはコーヒーの入ったカップが一つ置いてあるだけだった。ナーガはそこに映る自分の顔を眺めながら、やがて口を開いた。


「恩返しをしたかったんです」


「恩返し?」


「ナーガは以前、魔王様に命を救っていただいたことがあるので」


「……覚えてないな」


 その寝ぼけた顔を記憶の中に探してみたものの、どこにもそれらしき少女の面影を見つけることができなかった。昨日に限った話ではなく記憶が飛ぶのはユーリにとってそう珍しいことではなかったが、それにしてもさっぱり思いだせない。なにかの拍子か、それともその他大勢の内の一人だったか。


「お忘れになっていても仕方ないと思います」


「もとの生活に戻りたいとは思わないのか?」


「もとの生活……」


「魔王の手下なんてやめて普通の人間として暮らせってことだよ。俺も転生者としての力をなくしたし、わざわざ俺のために人生を棒に振ることなんてないだろ。いい機会だからお前も故郷に帰るなりした方がいいんじゃないのか? そこまでは送っていくからさ」


「故郷ですか」


「どこにあるんだよ。この辺か?」


「はあ、なんと言いますか。村はここからそう遠く離れた場所ではありませんが」


 そうしてナーガは眠たげな表情を浮かべたままユーリを見つめた。


「ナーガの村はもうありません。一族丸ごと人間どもに滅ぼされてしまいましたので」


 まるで落っことした卵のことを思い返すような口調であっさりと言い放った。


「……」


 あまりのあっけらかんとした顔に咄嗟になんと返せばいいのかわからずユーリはなんともいえない表情でナーガを見返した。


「……復讐がしたいのか?」


 そのために俺のところへ来たというのならわからない話ではなかった。けれどナーガはまたもやあっさり首を振った。


「いえ、別に。もう済んだ話なので。仕方のないことだったんだと思うことにしました」


「仕方ないって……いや、恨んでるわけじゃないんならいいんだけどさ」


「愚かな種族だと鼻で笑ってはおりますが、中には魔王様のようなお方がいることをナーガは知っていますので。見下すことはあっても憎むことはありませんよ」


 まっすぐな瞳でそんなふうに言ってのける。寝ぼけた顔をしていたものの、言葉通りそこにはなんのわだかまりもあるように思えなかった。

  

「そっか……それを聞いて安心したよ」


 復讐のために生きる人生なんて、きっとつまらなくて虚しいだけだろうから。にしても口悪いなこいつ。


「ところで魔王様、これからどうなさるつもりなんですか」


「とりあえずアンスリムに渡る」


「わかりました」


「……やっぱついてくるのか?」


「ナーガは地獄の果てまで魔王様とご一緒します」


「地獄へは行かねえよ」


 首都へ行けば魔導術の研究機関がある。なんとかそこへ転がりこめないかと考えてはいるが、はたしてまったく魔力がないというある意味転生者よりも珍しい人間を相手してくれるかどうか。連中にとって垂涎の知識なら山ほど持っているのでそこからのことは行ってみないとなんとも言えなかった。まあ、なんとかなるだろう。


 その前にナーガの生活する場所をアンスリムで見つけること。目先の目的はそんなところだった。

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