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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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雨上がりの首吊り少女

  長い長い夢を見たあとのように頭の中でぼんやりとした気だるさが漂っていた。微かな肌寒さと頬に落ちる水滴。そっとカーテンを引くような雨音で徐々に意識と現実の境界が定まっていく。


「……」


 目を開いた先に空が映っていた。鈍色の空。重たく立ちこめた空の向こうから細かな雨粒が降り注いでくる。


 あれ……俺、たしか……。


 ほんの数時間前辺りからの記憶が飛んでいた。なにも思いだせない。


「うぐっ……」


 起き上がろうとした途端に全身に痛みが走った。手探りでとっかかりを掴み、痛みを堪えながらなんとか身体を起こしていく。たぶん、怪我自体はたいしたことはないだろう。それよりも大変なことが起きた気配だけは混乱した頭の片隅で感じていた。


「なんだこれ……」


 辺りを見回しながら思わず呟いてしまう。


 そこには粉々になった瓦礫の山が築かれていた。ところどころから煙が立ちこめ、その先に広がる荒野の遥か彼方まで一望できる。


 ついほんの数時間前、ここには巨大な魔王城がそびえ立っていたはずなのに。


 なにがあったんだ……?


 まったく状況が飲みこめない。ここには配下の魔物がいたが、何者かが攻めこんできたにしては彼らが死んだ痕跡はどこにも見当たらなかった。


 降り注ぐ雨に濡れた身体は冷えきっており、じっとしているとじわじわと寒気を感じはじめてきた。なんだかよくわからないけど、とにかくここにいてもたぶん仕方ない。


 かなりまずい事態が起きたことは目覚めた瞬間からわかっていた。


 痛む身体に気合いを入れながら歩きだす。人里離れたとてもへんぴな場所に城をつくったせいで最寄りの町までどれくらいかかるのか。


 瓦礫の山を乗り越えていきながら空を見上げた。風が強く吹いているものの、空の向こうまで雲は切れ間なく続いていた。日暮れまではもう少しありそうだ。この雨もそれまでに止んでくれればいいのだが。


 周辺に人影は見当たらなかった。俺一人を残して魔王軍すべてが消えた。原因はわからないが、大規模な戦いが起きたのは間違いないのだろう。


 そうして崩れた城跡をかきわけて城壁のあった場所までたどり着く。周りを森に囲まれた山の上から見下ろす景色が絶景で、遠い地平まで続く大地のどこにも文化の気配を感じれず清々しいほど殺風景で涙が出る。


 世間が許すなら町のそばに城を建てたかった。


 どの方角に向かえば町へ着けるか考えながら小さくため息をつく。このまま城を出ない方がいいかもしれない。待っていれば誰かが戻ってくる可能性もあるし、なによりこれから歩き続けるには体力が残っていなかった。一度休まなくちゃ動けない。


 そうしてどこかに全壊を免れた場所が残ってるかもしれないと思いついた。部屋がまるごと生きていればなにか使えるものがあるかも。とりあえず屋根さえあればこの雨から逃れられる。


 地面に転がった破片を避けて城壁沿いに歩いていく。ここまで誰の姿も見かけなかった。戦いがあったのは間違いないが、これじゃ無人の城に隕石でも降ってきたと説明された方がしっくり来るほど穏やかな惨状だ。


 やがて、ぐるりと城を半周したところで比較的損傷の少ない外壁があった。辺りに瓦礫の破片が散らばっているものの、外壁沿いに伝った角までほとんど壊れずに残っている。あの場所にあった角部屋がなんだったかは覚えてないが、この分だと雨を凌ぐ程度には残ってそうだ。


 心持ち足早に外壁に手を突いて歩いていく。風の音に混じって不意に奇妙な音が流れてきたのはそのときだった。


 ぎし……ぎし……。


 なんだこの音。


 怪訝に思いながら歩いていく。半壊して大口を開けた部屋の天井から瓦礫の先端が突きでており、そこから一本の太いロープが伸びていた。


 ぎし……ぎし……。


 風を受けて揺れたロープが軋んだ音を立てる。


 そこには、首を吊られた一人の少女の姿があった。

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