死神(師に神)/0
「連続飛び降り事件なんて、物騒な話だよね」
冷凍庫にアイスクリームを入れながら、僕はぽつぽつと呟いた。
彼女はいつも通り窓から外を眺めているだけだ。僕の言葉に反応しているのかどうかすら分からない。
彼女はこの一年間、ずっとそうだった。一年前、目の前で殺人鬼と出会って――それから、彼女は心を失ったと言われている。医者の判断はそういう結論だった。だったら病院に入れてあげれば良かったのだが、彼女は本家と既に縁を切っているためか、本家からの支援は得られなかった。おかげさまで大学は休学中、そして生活保護を受け手生活している、というわけだ。
では、僕は誰か?
僕は彼女の、幼馴染みみたいな立ち位置だ。みたいな、と曖昧な表現ではぐらかすのは、特に理由が無い。結論からして、僕はただの幼馴染みだと思ってくれれば良い。それ以上は、あまり考えて貰う必要は無い。
黒く、艶のある髪は、身だしなみも整えていないのに、まるで美人のそれだ。
白磁のような肌、全身を青いジャージで身を包んだ彼女は、ずっと窓から外を眺めていた。
ああ、そういえば今日は満月だったっけ。
満月というのは不思議な力があるらしい。魔力があるとか、引き寄せられる何かがあるとか、エトセトラエトセトラ。
結局、満月の夜はあまり良い思い出が無い僕にとっては、そんなことどうだって良いのだけれど。
「今日はアイスクリームが安かったんだよ。君も好きだろう、いちごのアイスクリーム」
それを聞くと、少しだけ視線がこちらに移った。やっぱり意識はあるようだ。これで、『無意識です』なんて言われたら話にならないのだけれど。
彼女とは同じ大学で勉強をしている。僕が三年生で、彼女が二年生。これは年齢が違うというわけではなくて、単純に出席日数が足りないことによる『留年』だ。今も彼女は大学に行きたがらないから、支払っている学費が無駄になってしまうよ、と言っても彼女は言うことを聞かなかった。まあ、今の状態で大学に行ったところで何も始まらない、か。
僕は彼女に問いかける。
「ねえ、杏」
僕は彼女――柊木杏に問いかける。
「君は……君の意識はどこに居なくなってしまったんだい?」
これは、僕と彼女の物語。
魔術師として由緒正しい家系に育った『変わり者』、柊木杏と僕の物語。