3 威嚇
3 威嚇
ほんとすげえや!ひめさまが大広間に出た途端、なんていうか空気が変わった。何千人もいるんだろ。豪華な服装で、それらしい顔つきで誰にともなく話しかけている。綺麗な女の人とかカッコいい男の人とかいっぱいで、しかもそれに負けないくらい高そうなお酒、華やかなごちそうがそれぞれのテーブルに並べらている。
それだってのに、ひめさまが現れた瞬間、そのどれもが輝きを鈍らせたんだ。
「ほら!全員の目線がひめさまに!」
「…姫さま、大変そう…」
クレブが一生懸命になってひめさまのメイクをしたから、誰よりも輝いていて当然だけど。なんだか誇らしいな!
けど、しばらくしてひめさまに向けられた視線が少し異様なことに気が付いたんだ。ヴェイロたちの演奏のせいだ、って最初は思うようにしてた。
「きれいなピアノの音色…」
ベリュは表情一つ変えずに感動しているみたいだ。ヴェイロの演奏のせいじゃないのか。
そうだとしても、それならいったいこの変な感じはなんなんだろ。ひめさまとそれほど親しくもないはずなのに、待ち合わせてたみたいに近づいてくる。ひめさまという輝きにむかって。そうか!わかったぞ!
「王子って虫なのか!」
「何を言い出すの…」
ぼくとベリュは、降りてきた階段の近くに立っていた。
「だってさ、ほら!」
そういって目つきのいやらしいやつを特に選んで、ベリュにもわかるように指さしてやった。
「こら…やめなさい…」
「なんだか変だよ!」
「舞踏会は、姫さまのお顔を覚えていただくための大事な催し物…。これからルコロ王国を背負うんだから…」
そっか。そういうもんか。
けど人の顔を覚えるときってあんな風にみるもんだっけ。
嫌な予感がしたんだ。
「姫さま、大変そう…」
ベリュは平坦にそう言うけど、ぼく、少しソワソワしてきた。ヴェイロはのんきにピアノを弾いているばっかりだし、クレブとかロイウェルとか、ほかのみんなも見当たらないし。
「デルは心配…?」
ずっと遠くを見たままベリュは尋ねてきた。ぼくはひめさまが心配さ。けれどそれは誰だって同じだろ。
「ベリュはどうなのさ!」
「わたしがきいてるんだよ…」
「心配してるにきまってるじゃないか!」
そしたらつい熱くなって、
「ベリュとは違うんだ!」
ベリュは黙ってた。なんでだろ。もしかしてベリュはひめさまが心配じゃないのかも。いつも真っ青な格好で冷たそうだけど、実際そうだったなんて。なんだか、ぼくはちょっとがっかりした。
「ねえ、デル…」
「なに!ハクジョーモノ!」
少し言いすぎたかもしれないけれど、だってそうじゃないか。腹が立ってきたから、キッとベリュを睨みつけてやろうと思った。睨みつけて、ベリュは間違ってるんだっ、って言ってやろうと思った。なんで心配じゃないのかって。それなのになんでひめさまに仕えているのかって。ベリュが水平に人差し指を差し出したのは、ぼくの声が出かけた時だった。
「あれ見て…」
その指先を追ってみて、ぼくは思わず息をのんだ。
ちいさなひめさまによってたかるように、どこかの国の王子たちがひしめき合っている。渦の中心にいるはずのひめさまはここからじゃもう見えない。どれもこれも自分のことしか考えていなさそうなやつらばっかり!
「睨む相手はわたし…?」
冷たい調子でベリュは囁いた。声の根っこのほうから凍ってしまったみたいだった。
「あなたは何色…?」
「そんなこと言ってる場合じゃない!ベリュはそんな風に座ってるだけじゃないか!」
「そういう色だから…」
そういってベリュはこちらをみつめてきた。目の色は海の底にそのままつながっているような、飲み込まれそうな青だったんだ。こうして見つめられると、ぼくは身体が強張って立ち向かえなくなる。唯一の苦手なものだった。
「ぼくは赤!」
「忘れてたのかと思った…」
「なんでいまそんなこと聞くんだよ!」
「青色はね、冷静で、聡明で…。そしたらデルは…?」
なにがなんだかわからないよ。ひめさまの周りの人だかりは徐々に分厚くなっていく。
「赤色は、熱血で、果敢なんだ!それが使命さ!」
そう答えてぼく、はっとした。どうしてベリュを睨みつけてしまったんだろう、って。どうしてベリュを疑ったりしてしまったんだろう、って。感情的な赤は、同志を傷つける色じゃないんだ。相手に立ち向かっていく色なんだ。
身体が熱くなってきたのは興奮のせいか、ヴェイロの演奏のせいかわからない。
そのうち焔みたくなった。心も体も一度に。ほんの一回瞬きをする時間さえあれば、ひめさまにまとわりつくすべてを振り払えそうだった。
「ねぇデル…。ここから動かないで…」
「えっ!」
そんなことを言い出すもんだから、拍子抜けしてしまった。
「どうして!」
じゃあ、さっきの話はなんだったんだろ。ベリュが考えていることは本当にわからないや。
「例えば、デルがあたまから突っ込んだとするね…。姫さまは今どこにいる…?」
「そんなの加減するさ!馬鹿にするなって!」
「自分の色もうまく操れないのに…?」
ベリュの声はまた冷たくなる。
「色として、それはいけないこと…。色は独り歩きしないもの…」
ぼくは何も言い返せなかった。しばらくして、クレブがやってきた。ひめさまを人だかりから救い出して、なにかお話してる。
ヴェイロの調べが、このときまた変わったんだ。
「ごめん!ベリュ」
「いつものことだから…」
「もっと落ち着いてさ、ベリュみたく冷静になるよ!」
「青はふたりもいらないよ…」
ここまでがいつものやり取りなんだ。情けないけど。デルは赤なんだからしょうがないよ、ってベリュは言ってくれる。
なんという気なしに王子たちを見やった。人だかりの隙間からクレブがひめさまを連れて駆けていく。王子たちはしっかりとその行く末を見守っていた。あれじゃあひめさまが戻ってきても同じことが繰り返してしまうな。彼らをあそこから退けないと。
「そうだね…」
何も言ってないけれど、ベリュが返事をした。
「例えば、気を逸らしたほうがいいかも…」
同じことを考えてたのかな。
「でもどうやって!」
「もう姫さまいないんだし…。デルらしく…ほら…さっきみたいに…」
ベリュはこっちをまたみつめて、でも今度は優しかった。
そうさ!
『デルは赤る勇ましさを湛えている!あぁ、強くはないさ!しかし、それは守れぬ理由にはならんのだ!』
そう言い聞かせた。忘れてばっかりだけど、この言葉は何故だか最初から知っていて、こんな時に思い出す。まもなく、王子たちに近づいた。ゆっくりと。
(続く)