ギター弾きと、うたうたい。
取り壊しが決まった旧校舎の、3階の一番角の教室が僕のお気に入りだった。
そこから見える町の景色と何処までも広がる青い海。
時折風が運んでくる潮の匂いは、ササクレ立った僕の心を少しだけ穏やかにしてくれる。
汚れた壁に立てかけられていた”Elite”と刻まれたヴィンテージのアコースティックギター。
それをそっと抱え上げると、僕は錆びた弦を指で弾いた。
置き去りにされた誰かの夢の欠片?
埃を払って1弦から6弦のチューニングを合わせると、制服の内ポケットに忍ばせていたピックを取り出し、適当なコード進行でソレを掻き鳴らす。
気が付くと古びた扉に背を持たれ瞳を閉じて耳を澄ます人影があった。
「ねぇ、それってなんて曲?」
僕は指を止めると、彼女の質問に答えた。
「曲名なんてないよ。即興で適当に弾いただけだから。」
そう答えると会話が少し途切れた。
沈黙を先に破ったのは彼女だった。
「そうなんだ。綺麗な曲だったから少しきになって。ねぇ、それに詩ってあるの?」
今度はコチラを見ながらそう尋ねてくる。
「即興だから勿論ないよ。僕はただのギター弾きだからさ。」
あまり人との会話が得意ではない僕は、そう答えるのが精いっぱいだった。
「じゃあさ、そのメロディーに言葉をのせてもいい?」
僕は小さく頷くと、先程の曲を無言で奏でる。
それに合わせて透明感のある暖かなvoiceは、僕のメロディーに優しい色をつけて、いつしかそれは一つの詩になった。
曲を奏で終えた僕は、彼女に話しかける。
「凄いね。それって曲名とかあるの?」
そう尋ねると、彼女は僕にこう答えたんだ。
「即興だからね。私はただのうたうたいだし。でもね、強いて言うなら恋の詩かな。」
何だかさっきの僕と同じような事言ってる気がする。
「へぇ~そうなんだ。誰の?」
そう尋ねると間髪入れずに答えが返ってくる。
「誰のって、私のに決まってるでしょ!」
何か僕は気に障る事でも尋ねただろうか?何となく彼女はご立腹な気がする。
「そっか。恋してるんだね。」
そう呟くと、想像していなかったような言葉が帰って来た。
「あなたに、ね。」
突然の出来事で、一瞬彼女がなにを言っているのか分からなかったけど、彼女のその言葉に、僕はもう頷く以外の選択肢を見つけることは出来なかった。




