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05

二人は車に乗って、『侵入者』が現れるであろう場所に向かっていた。


「あ、あの……、『気配』だけだと、ま、間に合わなかったことって、……な、ないんですか?」


 車内には直登と桂葉の二人しかいない。

 二人で車に乗る場合は、運転しない人間は助手席に乗るのが一般的なのであろうが、桂葉はその後ろの後部座席に座っていた。

 人見知りの桂葉には助手席すらも敷居が高いようだった。


「ほとんどないかな……」


 『結界』の効果なのか、今まで、間に合わなかったことは殆どなかった。

『侵入者』の出現場所も、大体が直登たちがいる近くであるし、仮に離れていても、出現する時間を伸ばしてくれる。

『魔女』がいなければ、『侵入者』から世界を救うことはできないのだ。もっとも、『魔女』がいなければ、『侵入者』が攻めてくることもなかったのだが。


 『侵入者』の気配を辿って二人が付いた場所は神社だった。円を描くようにして導路に囲まれているが、道路と神社に壁を作るようにして、幹の太い木々が植えられていた。まるで、道路からの神聖な寺を守るかのようだ。

 直登と桂葉は二人並んで中に入る。

 正面には神社の本殿を守るかのように、獣を模した石像。

 狛犬だろうか。

 祭られている神によって、仕える獣が違うのだと直登は聞いたことがあった。


 桂葉がそんな神に仕える石像に歩み寄った。そして何を思ったのか、ポケットから飴玉を取り出し獣の口にへと転がした。


「……なにやってるんだ?」


「お、おまじないです。こ、こうしておくと、こ、この子が飴を食べる代わりに、ね、願いを叶えてくれるんです。……し、知りませんか?」


「それは初めて聞いたな……。そんな風習があったのか」


「は、はい。小さいころ、つ、司ちゃんが教えてくれました」


 桂葉はそう言って照れ臭そうに笑う。


「桂葉さんは――、いや、なんでもない」


 直登は言いたい言葉を飲み込んで、現れる『侵入者』と戦うために精神を集中させる。直登が言おうとした言葉は、桂葉は司を、それこそ神のように心酔しすぎなのではないかということだった。

 桂葉に、何故、『魔法少女』として戦う決心をしたのか聞いたことがある。

 その問いに桂葉はこう答えたのだ。


「司ちゃんがそうするって言うから、私もそうしたかったんだ」


 と。

 桂葉は憧れである司に近づこうと、真似をすることから始めた。模倣から始めるのは悪いことではないだろうが、それでも『侵入者』と戦う理由には弱い気がする。

 だからと言って、直登と赤岬が高貴な精神で戦っているのかと言われれば、桂葉との差異はないのだ。

 どんぐりの背比べだと知ってるから、直登はその理由に何も言わない。

 戦う意志を尊重したのだ。


 桂葉は、直登の言いかけた言葉が気になるようだが、それを自分から進んで聞けるメンタルを持っていない。

 聞き出すことを諦め、飴を献上した石像に手を合わせて祈った。


「今日も無事に『侵入者』を倒せますように……」


 神社で神頼みをすることは、日本人なら誰しも一度は経験があるだろう。しかし、この石像に願いを叶えてくれる効果があるのだろうか?

 願いを叶えてくれるのは、本殿の中に祭られている神様だ。


「まあ、神様に祈ったって叶えてくれないから、結果は同じか」


 人としてそれはそれでどうかと思える言葉を直登が呟くと、「グニャリ」と視界が歪んだ。

 『侵入者』が現れたらしい。

 人が寄り付かない神社ならば、意識を失う人間は少ないだろう。もしかしたら、この神社の中に、管理している人間がいるかも知れないが、問題はない。

 『気配』の強さから羽化していないと分かっている。

 桂葉と直登の二人がいれば、取り逃がすことはないだろう。


「来たな……」


「は、はい!」


 直登は肩に欠けていた黒い皮の竹刀の袋の中から、日本刀を取り出した。桂葉も戦闘態勢だと示すべく、『魔法』を発動する。

 甲高い動物のようでありながら、どこか無機質な金属音にも聞こえる声を上げ、『侵入者』が光る扉をくぐってきた。


「訓練の成果を確認するだけだからさ、気軽にやろう」


「うう……頑張ります」


 気楽にやるために頑張っては本末転倒なのだが、桂葉は目を鋭く見開いて頷いた。

桂葉の血走った視線に不安になる直登だ。

 最悪、羽化前ならば、自分でも対応はできると、心に余裕を作る。

 あくまでも桂葉は『サポート』でしかない。

 戦うのは自分であると、直登は言い訳を心の内でする。


「じゃあ、やろうか」


「はい! I5から、D1へ!」


 桂葉の『魔法』を使うにあたり、直登は桂葉の目の前、「I5」にいることが基本である。

 移動する前提として、最初は透明なボックスに入らなければならない。その為には直登が動き回ることなく、常に決められた場所にいるのが理想だった。

 そうすることで一手を省略し、二手目を先手として打つことができるからだ。


「はぁっ!」


 変化前ということもあり、知能が低い『侵入者』では、一瞬の内に音もなく近づいた直登に反応できなかったようで、背後から日本刀を突き刺す。

 自身の身体を貫く刃に、何が起こったのか理解できずに、「キィ?」と小さく鳴くが、直登が刀を引き抜くと、その叫びは痛みに比例するように大きくなった。

 そして、次第に光る粒子となって姿が擦れていく。

 羽化前とは言え、一撃で勝負が決まった。


「……や、やった。やりました!」


 扉が閉じ、視界が戻る。

 『侵入者』が完全にいなくなった証である。

 まさか、ここまで簡単に倒せるとは、直登も思っていなかったようだ。手ごたえの無さに、呆気に取られていた。

 今まで、『侵入者』と戦ってきた中で、圧倒的なまでに、楽で早く倒せた。

 経験したことのない手ごたえの無さに、逆に不安になっているようでもあった。

 訓練通りに『侵入者』を倒すことに成功し、喜ぶ桂葉とは対照的な表情である。


「ど、どうかしましたか……?」


 『侵入者』を倒したのに、むしろ表情が暗くなった直登に、自分がなにかミスをしたのではないかと、桂葉の顔が泣きそうになる。

 その顔に慌てて直登は言う。


「あ、いや。何だかあっけなさ過ぎてさ。今までは、羽化前の『侵入者』でも、かなり、気を張って戦ってきたから……なんだかね」


 『魔法少女』とは違い、身体の強化も、『魔法』も扱えない直登にとって、『侵入者』との戦いは常に命をかけている。

 その覚悟に見合わない労働に、直登は不安になっているのだった。

 自由になりたいと叫ぶ思春期真っ盛りの少年たちが、自由になった途端に何をして良いのか分からなくなるような感覚だった。


「『魔法少女』って、やっぱ、凄いな。これがあれば――、」


 『魔法』の力を改めて実感した直登は、桂葉の『魔法』があれば、どんな『侵入者』だろうと戦える。

 そう確信した直登だった。


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