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04

 震える体で膝に縋りつく老人を引きはがそうとする桂葉。『魔法少女』の力を使えば、簡単なのだろうが、恐怖の余りそのことに気付かないようだ。

 この老人ならば、『魔法少女』の力を思う存分使っても構わないのだが。

 直登は、「面倒な奴が来た……」と、呟いて老人の頭を叩いた。


「いきなり何してんだ、ジジイ」


 老人は、頭を叩かれ振り返り、


「お前が何するんじゃ! 祖父の頭を叩くなんて、なんてひどい孫なんじゃ!」


 すぐにまた桂葉の膝下に抱き着いた。


「……だったら、孫に慕われるようなことをしろ」


 二人の話を聞いていた桂葉が、自分に抱き着く不審者の正体に気付いたようだ。


「ま、孫……? じゃ、じゃあ、この人は、直登さんの……」


「そーだよ。直登のお爺ちゃん!」


 そうなんですか。と桂葉は複雑な表情を浮かべた。

普段世話になっている直登の祖父とあり、しっかりとした態度で接したいが、いきなりの変態行為に、引いてしまっていた。

 しかし、こればかりは桂葉は悪くない。

 悪いのは間違いなく直登の祖父――利男だ。


「いやー。りょうちゃんから、新たな『魔法少女』が仲間になったと報告があっての、急いで戻ってきたのじゃ。くぅー。眼鏡っ子萌えるのー」


 眼鏡っ娘最高ー!。と、抱き着く腕の力を強くした。

 桂葉が、直登の祖父故に乱暴に扱えない。しかし利男の抱き着き攻撃から解放して欲しいと直登に助けを求めた。


「……はぁ。こんな奴の血を引いてるとは思いたくないな。血は引きたくないが、普通に引くっつーの」


「おい。いい加減にやめろって」


 直登は今度は利男の頭を掴んで引きはがす。

 一端、距離は問ったものの、「こんなことで諦める儂じゃない!」と、老人とは思えないテンションの高さで桂葉に再び絡み始めた。

 桂葉の隣に腰かけ、馴れ馴れしく肩に手を回し、自分の元へ引き寄せようとしたのだ。


「だから、やめろって」


 直登はその手を掴んで、捻り上げる。

 老人には辛いだろうが、相手は利男なので気にすることはない。痴漢の現行犯で捉えられた犯罪者のようだった。

 容赦なく祖父を痛める直登を恨めしそうに見る。

 

「うう……。何故、孫の代に限って『魔法少女』が二人もいるのじゃ……。ワシも二人の『魔法少女』に囲まれたかったぞい」


「知るかよ」


 その代わりに、『魔女の祝福』の一つ、『魔法少女』の感知が低いのだから、いいだろうと直登。前回、利男が訪れた際に赤岬が言った通りだとすれば、差し引きは零だ。

 もっとも、一度、『魔女の証』を見つけ、『覚醒』してしまえば、感知能力が低くても問題にはならない。『魔法少女』と『侵入者』は、ほぼほぼ100%で見つけることはできるのだから。

 直登はそのことを祖父に告げると、尚更悔しそうに睨んだ。


「運だけはいい孫じゃの。儂よりも、顔も頭も顔も悪い癖に……」


「下らない理由で孫を批判するなって……。マジで、尊敬できなくなるぞ! そしてさりげなく顔が悪いと二回もいうな」


「べ、別に孫の尊敬など要らんわ! 可愛い『魔法少女』たちに尊敬されればのー」


 赤岬と桂葉に救いを求めるが、流石に今回ばかりは、二人共直登の味方をしてくれるようであった。利男から距離を取り、直登の元へと近づく二人。

 その光景に絶望したのか、額をテーブルに着けて落ち込んだ。


「いいんじゃ。儂なんて……。息子にも孫にも父にも叶わない、井伊家きっての落ちこぼれなのじゃ……」


 老人の落ち込む姿は、何故か無条件に心を責めるものがある。

 これまで長年の経験を重ね、もうじき天に召される相手を乱暴に扱ったという自責の念。それに耐えられなくなった赤岬が、そっと、利男の背中を擦る。

 その光景に、桂葉が直登に言う。


「な、直登さんのお爺様……。す、すごいですね……」


「その……、えっと、ゴメン。祖父に変わって俺が謝るよ」


「わ、私はいいです。す、少し、驚いただけですから……」


 桂葉に祖父の数々のセクハラを詫びた。

 そして、その後、赤岬の耳元に顔を使づけて、


「なんで、わざわざ教えてやったんだよ」


 と、赤岬に聞く。

 赤岬にしても、まさか、利男が、あそこまでテンションが高くなるとは思っていなかったし、なにより、桂葉を仲間にするときに、アドバイスを求めたのだから、最低限報告をしたつもりだった。

 それが常識だと思っていたのだが、報告した相手に常識がなかったのだ。

 三人で寂しい老人の背中を眺めていると――、


「直登!」


「分かってるよ。この『気配』……。発生はそう遠くないし、力も弱い……。恐らく羽化もしていない雑魚だろうな……」


「じゃあ、私が――」


 一人で行くよ。

 赤岬はそう言おうとしたが、その前に直登に遮られてしまう。


「ここは俺と桂葉で行こう。あのコンビネーションの練習を実戦で試すチャンスだ」


 赤岬との『実践訓練』では失敗したが、羽化前の『侵入者』ならば、直登一人でも何とか倒せるレベルだ。万が一失敗しても取り返しは付く。

 今は桂葉に経験を積ませるべきだと直登は言う。

 

「赤岬には悪いが、お前は……祖父を頼んだ」


「えー。私も戦いたいよー」


「そういうなって。今まで一人で戦ってたんだから、たまには俺達にもやらせてくれよ。な、桂葉さん?」


「は、はい……。折角『魔法少女』に、な、なったのに、赤岬さん、ば、ばかりに、ま、任せていたら、い、意味ないですから……」


 自分だけだったら、このまますべての戦闘を赤岬に任せてしまうんじゃないかと、密かに心配していた桂葉。自分の意見を伝えるのが苦手で、相手の言葉に「わ、分かりました」と頷いてしまうことが多い。

 しかし、今は、直登がこうして機会を作ってくれたのだ。チャンスを逃すわけにはいかないと、しっかりと、自分の意志を赤岬に伝えた。

 これには赤岬も「う、うん。今回だけだからね」と、笑って許可してくれた。。


「じゃあ、行こう!」


「はい!」


 直登と桂葉は急いで『機関』から出て行った。その背中に赤岬は、「ヤバくなったらすぐ連絡頂戴よー」と声をかけるが、聞こえたのか聞こえていないのか、二人の反応はなかった。

 戦闘に向かった二人を見送った赤岬。

 残された落ち込む利男の背に優しく話しかけた。


「ふぅ……。ほら、元気出して」


 二人の背を見送った赤岬は、直登に言われた通り、利男を元気づけようとする。隣に座り、背中を擦る赤岬。普段ならば、これで頬を緩ませるのだが、今日はそれなりに傷付いているのか、無反応で下を向いたままであった。


「……。つ、……くれたら」


 利男が何か言ったようだ。だか、余りにも小さな声であったために赤岬には聞こえなかったようで、「え、なに?」と、聞き返した。


「赤岬ちゃんのパンツ見せてくれたら元気になるわい」


「うわー。分かりやすく変態だー。でも、そんな冗談言えるなら大丈夫だね! 安心だ!」


「……冗談じゃないんじゃがの」


 テーブルにつけた額をコロコロと転がす。元気がなくとも変態の利男に安心した赤岬は、ソファから立ち上がり、キッチンへと行き、なにやら作業を始めた。

 しばらくして、利男の元に戻ってきた赤岬の手には、先ほど三人が食べたよりも小さな、一人分のピザを運んでいた。


「折角来たんだから、ご飯食べていてよ」


「りょうちゃん……。やっぱ、優しいのー」


 利男は切り分けることなくピザに食らい付いたのだった。


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