深淵の男
「『魔法少女』が二人か……。困ったねぇ。折角、力も付いてきたというのに……」
一人――呟く者がいた。
臙脂色のローブを着込んで、「困った」と声に出していたが――どこか楽しそうだった。
ねばりつくようでいて、かといって聞き取りにくい訳でもない。
耳に残る声をした男は、再び呟く。
「まあ、でも、その分の収穫はあったと思えば……安いものだな」
男の前には光る扉があった。
『侵入者』が現れる際に出現する扉に酷似してはいるが、それは正確には扉ではなかった。男が望む場所を映し出す鏡のようなものだ。
男が望む場所。
その中央には、2人の少女が映し出されていた。
桂葉 ここ。
そして一緒に話している紫姫 司。
二人の少女を見つめて笑う。
「これからどうするか……。もうしばらく考えようか」
男が立っている場所は薄暗い森の中。
黒く澱んだ空気ではあるが、普通の森と変わりはない。
ただ一つを覗いて。
そしてその一つが狂っていた。
森に生えている木々の一本一本が――自在に動きまわっていた。
木とは根を張るものであって動き回るものではない。
そんな当たり前の事実を無視するかのように、時に加速し、時に止まり、動物のように走り回る。
それでも、足を止めている男には、一切近づこうとしない。
むしろ離れようとしていた。
男が一歩足を進めれば、その分だけ距離を置くようにして、『森』が移動する。その光景は神秘的で禍々しい。
男が歩くと無になった。
「……ちょっと、楽しくなってきたじゃないか――『魔女』よ」
光る扉に移る『少女』――『魔法少女』を睨みつけると、扉を壊すようにして、手にしていた武器を突きつけた。
身の丈ほどの長さを持った杖だ。
扉はガラスのように粉々に砕け散ちった。
破片が地面に着く前に粒子になり天へと上り消えていく。
「ふふ……。我々も貴様らにようやく追いつけるよ」
まだ、まだ、楽しもう。
森を二つに割るようにして――男はどこかに消えて行った。




