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魔女の遺産〈レガシー〉  作者: 誇高悠登
一章 二人目の『魔法少女』
13/48

12

「ええ……なんで?」


 月曜日は最悪な曜日であると誰かが言っていた。

今まで生きてきた中で、桂葉はそんな風に感じたことはなかった――けど、今日、初めてその言葉を実感していた。

 部活もないし、早く帰ろうと校門へと向かった桂葉の前に――一人の男の姿が飛び込んできた。

 とっさに背を向けて、校舎の中へと逃げ込んだ桂葉。

 男の姿を見ただけで、心臓が早くなってしまう。


「な、なんで、あの人がここにいるの?」


 肩に黒い竹刀袋をかけた男は、下校していく生徒たちを観察しているようだった。

まるで誰かを探しているようである。


「ま、まさか……私を探して?」


 取りあえず、どこかで時間をつぶせば、きっと、見失ったと思って帰るだろう。桂葉は帰宅するのは諦めて、図書室に逃げ込んだ。

 現時点での時間は16時30分。図書室は6時に閉室だから、あと、一時間半は時間を潰せる。


「それだけ経てば帰るよね……?」


 図書室に着いた桂葉、深く考えないようにと読むべき本を物色する。

 今の気分ではミステリーは読みたくなかった。エンタメの強い物語を読もうと決めた。

 図書室の一角にある一押しコーナーへと向かう。

 そこには、ドラマ化や映画化、アニメ化された小説が置かれている。


「これにしよう……」


 一時間半で読めそうな厚そうな文庫本を選ぶと、長細いテーブルの角を選んで座った。

 そして、一番後ろのページを開いて、後書きから読み始める。桂葉は後書きから読むタイプの読書家であった。


「……」


流石に映像化されているだけあり、面白かった。

当初の目論見通りに時間を忘れることができた。

気が付けば既に六時近くで、図書を担当している教師が、片づけを始めていた。最後まで残っている桂葉をほほえましそうに見ていた。


「あの、これ、借りていきます……」


 一人で笑みを浮かべていた姿を見られたのかもしれない。

 恥ずかしくなった桂葉は、貸出カウンターで読みかけの本を借りた。

 どうせ、三分の一残ったページを残りの時間で読むのは無理だ。時間ギリギリだというのに、いやな顔せずに対応してくれた教師に頭を下げ図書室から出た。


「どうかな……」


 図書室前の廊下から、直登のいる正門が確認できる。顔を窓に近づけて、静かに顔をのぞかせた。

 構内の構造を知らない直登と目が合うことはないだろう。それでも、用心に越したことはない。正門を見ると、直登の姿は校門の陰に隠れてしまっていた。だが、直登が持っていた黒い竹刀袋は確認できた。

 恐らく校門に寄りかかって待ってるのだろう。


「ま、まだいる……。どうしよう」


 一人で教室に残って残りのページを読んでしまおうとも思ったが、いつまでも帰る気配のない男に、桂葉は恐怖する。下校ラッシュも過ぎて、殆ど校門を通る人間がいないのに、待ち続けているのだ。これならば、ラッシュに紛れてしまった方が良かったのではないかと後悔する。

 どうすればいいのか分からない。

 誰かに助けを求めたい。

 そうなると浮かび上がるのは、唯一の友である司の顔だった。


「司ちゃんに相談しよう……」


 六時ならばまだ、司は部活はやっているはずだ。

 司はバスケ部だった。

 体育館にいるはずだと桂葉は向かう。図書室のある校舎から、体育館に向かうには、普通ならば、一度外に出て校門を横切り移動する。

 工業高校だからか、上履きで外を歩くのが基本である。

 だが、その経路では直登の前を通らなければならない。

 それでは意味がないと、桂葉は、遠回りして体育館へと移動する。『繰間工業高校』の校舎は7つある。基本的な校舎が三つ。そして、それぞれの『科』専用の小さな校舎が一つだ。

 基本的な校舎は漢字の三になるように並んでおり、桂葉がいるのは一番下の字画。

 一番上の校舎と体育館は繋がっていた。

 距離は遠いが、直登に見つかる危険性はない。

 桂葉は早足で校舎の中を移動していく。

 誰とも会うことなく体育館についた。

 体育館の二階に繋がる通路。

 バスケ部が練習しているコートも二階なので丁度よかった。赤岬の姿を探そうと、コートの中を探していると、


「きゃっ」


 バレーボールが飛んできた。

 桂葉はビクっと体を震わせる。


「……」


 バレー部員がボールを拾いに来た際に、そんなに驚かなくてもいいだろと、言いたげな視線を向けてきた。


「はぁ」


 運動が苦手な桂葉にとって、運動部の男子は恐怖の対象だった。

なんで、あんなふうに動けるのだろうと、毎回不思議に思ってしまうのだ。どこの部もそんないい成績は残してないので、レベルは高くないのだろうけが、桂葉にとって運動する人間そのものが異端である。


「いた……!」


 桂葉は、ハーフーコートを使って練習する女子バスケ部の姿を見つけた。

「繰間工業高校」に女子は少ない。全体で二十人いるかいないか。そう考えれば、コートの中に五人集まっているだけでも奇跡に近い。


「でも……」


 なんの練習をしているのか、運動嫌いの桂葉にはわからなかった。だが、流石に邪魔できる雰囲気ではないのは伝わってくる。

 どうやって声をかければいいのかと悩む桂葉は、休憩に入るまで練習を見学することにした。

 急ぐことでもないのだからと。


「……」

 桂葉と司は、長い付き合いではあるけれど、こうしてバスケをしている司を見るのは初めてだった。

器用にボールを弾ませてシュートを打つ司。精錬された動作は美しい。なんでこんな人が自分なんかと一緒にいてくれるのだろうか。ふと、桂葉は考えてしまう……。

 運動のできて人当たりのいい美人と、何をしてもトロくさくて、人とロクに話せない人見知り。仲良くできる要素が見つからない。

 司は面倒見がいいから、人見知りな自分を放っておけないのだろうと桂葉は考える。


(別に親友だなんて思ってない。仲良くしてもらってるだけ……)


 司のプレーに目を奪われていた桂葉。

すると、司のほうから入口に向かって歩いてきた。

どうやら、桂葉の姿に気付いたようだ。


「どうしたの、ここ? 珍しいっていうか、初めてじゃない?」


「う、うん……。れ、練習良いの……?」


 司が抜けたことで練習が中断されてしまっている。何事かとコートに残った4人は桂葉と司を見ていた。


「別にいいって。休憩タイムだから。で、どうしたの?」


「あ、えっと……、や、やっぱり、れ、練習終わってからでいいよ?」


 休憩に入っていないのは、残された4人の視線で分かる。何も言わずにコートから抜け出した司。練習でヒートアップしている部員たちの視線は桂葉には辛すぎた。


「……そっか」


 桂葉の言葉に従って、コートの中に戻った司。チームメイトたちに何やら話した後、反対側の出入り口に置かれているバックを持って、再び桂葉のほうへと戻ってきた。


「練習終わったよ」


「え、ちょっと司ちゃん? れ、練習してていいよ?」


 練習が終わってないのは明らかである。何故ならば、コートの中で、動き始める部員たちがいたのだから。司は練習を早退したのだ。

 自分のためにそこまでしなくていいと、戻るように説得するが、


「何言ってんの。人に迷惑掛けたくないここが、わざわざ私を訪ねに来たんだよ? よっぽどのことじゃない。無視できるわけないでしょ……」

「でも……」


 それでも桂葉の表情は晴れない。


「もー。もし、邪魔して悪いと思うんだったら、今度の試合、応援来てくれればいいからさ。ほら、いいから行くよ!」


「う、うん」


 強引な司に押されて、桂葉は階段を降りていく。話をするにしても、このまま校門近くを通って、直登に見つかったら大変だと、まずは、そのことだけでも伝えなければ。

 階段を下りたところで桂葉は足を止めた。


「どうしたの?」


「じ、実は……。こ、校門にあの男が待ち構えてて……。ずっと帰らないから、なんか怖くて、ごめん」


「……そっか。なら、もっと早く来てくれれば良かったのに」


 校門のほうへと鋭い視線を向ける司。

 その首筋にうっすらと浮かぶ汗すらも凛々しかった。


「と、取りあえず……。と、図書室前の廊下で、す、姿確認できるから……、まだいるのか、か、確認してみようよ……」


「いいよ。まどろっこし。私が直接文句言ってやるよ!」


 強気で足を進める司。

司ならば本気で文句を言いに行きかねないので、桂葉は司の運動着を慌てて掴む。

 流石バスケ部、フィジカルを強いようで、数歩桂葉を引きずったてから、ようやく止まるのだった。


「だ、ダメだよ。あ、相手はひ、人……人殺しなんだよ? 文句なんか言ったら殺されちゃうよ」


「大丈夫だよ。流石に学校では殺さないって」


「でも……、でもダメだよ。司ちゃんまで……、狙われるかも……」


 狙われているのは桂葉かも知れないのに――それでも、司を気遣う優しさに、思わず抱きしめてしまう。

 

「ごめん。そうだよね……。ちょっと、ムキになってた」


「ううん……。こ、こっちこそありがとう」


「じゃあ、まだ、あの馬鹿面があるか、確認しよっか」


「うん!」


 桂葉が使った経路を遡って図書室へと向かう。

 図書室は占められていたが、窓の外は確認できる。

 既に外は暗くなり、はっきりと表情までは見えないものの、目を凝らせば、まだ、黒い竹刀袋を背負った男の姿が見える。


「あいつ……」


「まだ、いる……。二時間近くいるよ」


「相当だね……。これは本気でヤバイ奴かも知れない」


 普通の人間がそこまでして、一度しか会ったことない人間を待つのかどうか。桂葉が心配していたように、人を殺した現場を目撃したことに、相手も気づいてしまったのかも知れない。

 異様なしつこさに恐怖したのか、桂葉はその場に崩れてしまう。


「大丈夫だよ。私がいるからさ、なーに。簡単だよ。あの正門からでなきゃいいだけさ」


 桂葉を励ますように明るい口調で言う。


「でも、正門の横に自転車が……」


「しょうがないから、今日は駅で帰ろう。ここから駅まで距離はあるけど、歩いて二十分くらいだから、大したことはないよ」


「そう……だね」


 ここまできたら、自転車にこだわっている場合じゃない。

歩いて駅まで向かい、電車で帰宅すればいいだけのこと。非常事態なのに、日常にしがみ付いていた自分の愚かさが悲しかった。


(もしかしたら、ただ、司ちゃんに甘えたかっただけなのかも……)


 だとしたら、なおさら情けない。

 そんな桂葉に「立てる?」と手を差し伸べた。

 桂葉はその手を取っていいのかと一瞬だけ迷うがしっかりと握り返して立つ。


「い、行こう……司ちゃん」


 窓からもう一度、直登の姿を見るが、当分人が出てこないのが分かったのだろうか、また、校門の柱に寄り掛かったようだ。

これなら、今から裏口に回れば、バレずに校内から出れるはずだ。


「よし、急ぐよ。ここ!」


「うん!」


 二人は廊下を走って下の階へと降りる。

『繰間工業高校』を出るためには三つの出入り口がある。

 一つは普段、桂葉や司も使用している正門であり、ここが一番生徒の出入りが多い。しかし、現在は直登がいるために仕えない。

 そして、もう一つが、外で行う運動部用に作られた部室棟の横である。おそらく、土日に生徒がわざわざ、正門を通らなくても、部室に自転車を止められるようにと配慮したのだろう。正門の横に駐輪場がある。その中を通ればそこからも外には出られる。だが、こちらも正門に近いので極力使いたくなかった。

 ならば最後の一つ――。

 二人が向かっている出入り口だ。否、それは出入り口と呼べるような代物ではない。

 グラウンドの隅にあるフェンスに、緑色のネットをかぶせて、暖簾状に切れ目が入っただけの門だ。

 校舎から離れているこの入り口を、平日利用するものは、部活終わりの野球部のみである。一番遅くまで練習している野球部は、帰る時間に正門が閉まっているのは当たり前。故にこの『門』を使うのだ。


「一番遠いこの出入り口なら、あの男も気づかないでしょ」


「そうだね」


 司がネットを分けるようにして先に出た。

 桂葉も後ろから続く。

 無事に学校から出れたことに安堵するが、まだ完全には安心できない。更に遠回りをして駅に向かおうと、細い通路を指差す司。

 桂葉は黙って頷く。


「ねーねー。直登が探してたのって君たちかな?」


 いつからいたのだろうか。

 背後から女性の声が聞こえてきた。

 二人は「はっ」と振り向く。短いスカートの下にスパッツを履き、肩まである髪を左側のサイドを編み込んで耳にかけた、いかにも活発そうな女子高生がいた。


 彼女の目は――煌びやかに好奇心が満ちていた。

 

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