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魔女の遺産〈レガシー〉  作者: 誇高悠登
一章 二人目の『魔法少女』
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11

「ええ!? なに、もう帰っちゃたの? 久しぶりなんだから、もっとゆっくりしていけばいいのに!」


 日曜日の朝早く、直登の家にへとやって来た赤岬が驚いた声を上げる。

 そのテンションの高さに、玄関を開けた直登は、露骨に眠け眼を細めた。赤岬が扉を叩いたのは『機関』ではない。

 直登が自宅として使っている一軒家であった。

 二階のある住宅。

 一人で暮らすには大きすぎる住居で直登は眠っていたのだ。


「…………」


 赤岬の声で目覚め直登は不機嫌だった。

 直登は生活のリズムが狂うのを嫌う。自分で決めたスケジュールに沿って生活をしていた。それは休日であろうとも例外ではない。

 直登の起床時間まではあと一時間はある。


「……今、朝の5時だぞ?」


「うん。それがどうしたの?」


「普通は寝てるよな?」


「へ? 私は起きてるよ……?」


「……はぁ」


「あーあ。折角、おじいちゃんと、日曜の朝を楽しもうと思ったのに……」


「……」


 赤岬が機嫌の悪い直登を更に不機嫌にする。

 そんな理由で起こされたのかと。


「でも、折角工場に来たんだから、『機関』でのんびりしようかな。直登も行くでしょ?」


「俺はいいよ……」


「えー。でも、今日は一人で見る気分じゃないんだよなー。あーあ。しかも『機関』の鍵忘れちゃったよ……」


 赤岬には『機関』に入るための鍵を渡している。『機関』の中には高価な物も入っているので戸締りはキッチリすべきだという直登の意見である。

 防犯意識の薄い赤岬は「鍵なんていらないよ。『魔法少女』が泥棒に怯えるなんて、馬鹿みたいじゃん」と拒否していた。しかし、『機関』を管理するのは直登であり、直登は『魔法少女』ではないという点を強調して、なんとか納得してもらった。


「……分かったよ」


 直登は頭を掻いて靴を履く。


「やったー!」


「たく。俺に隠れて連絡取りあってんだから、別れの挨拶くらいあっただろ?」


 昨日の夜、利男と赤岬と食事をしたのちに眠りについた。その時にはまだ、いたのだから――夜中か早朝に出て行ったのだろう。

 赤岬が訪ねて来るまで、家を出たことに、直登は気付かなかった。

 それでも孫よりも可愛いと豪語する赤岬には、別れの言葉を送っているのだろうと思っていたのだが……。


「全然。もう行ったの知らなかったよ」


 『機関』の扉の鍵を開けて二人は中に入る。

 ソファに座った赤岬は、リモコンを手に取って、テレビの電源を付けた。

 大きな液晶画面に子供向けアニメが流れ始める。音量が小さいのか、音量を少しずつ上げていく赤岬。

 その音に紛れて赤岬のポケットから音楽が流れた。


「あ、ごめんごめん。マナーモードを解除してたよ……。って、あれ!? おじいちゃんからだ!」


「……」


 赤岬は画面を操作して送られてきたメールを読み始める。

 何か面白い文でも書かれていたのだろうか。クスクスと赤岬は一人で笑うと、


「はい」


 と、画面を直登に見せた。


「なんだよ……。別に赤岬に送られたメッセージなんて興味ない」


「違うよ。これは、おじいちゃんから、直登にメッセージだよ」


「は? だったら直接送ればいいだろうが……。一体、何なんだよ……」


 祖父の不可侵な行動に首を捻りながら赤岬の差し出す画面に目を移した。

 赤岬の携帯には、こんな文章が書かれていた。


『たまには早起きしろよ』


 その短い一文。

 しかもわざわざ読みやすいように、本文から少し距離を置いて書かれていた。この文面の前には赤岬当ての言葉が書かれていたのだろう。

 利男はこうなることが分かっていて、無言で家を出た。

 赤岬が利男を訪ねてくることを予測していたのだ。

 このタイミングでメールを送ってきたのも、赤岬と直登の性格を理解しているからこそできる賜物だ。

 長年あっていないのに、その観察眼は大したものだと感心する。

 だが、それ以上に、見透かされ――揶揄われていることに直登は腹が立った。


「あの野郎……何もしてないくせに……」


「やっぱ、まだまだ、勝てないねー」


「てか、本当にあいつは何しに来たんだ? 結局、役に立つ情報も教えてくれなかったしさ」


 思えば赤岬の助けに応じてやって来たのだが、なにも残していかなかった。

 直登はただ、馬鹿にされただけだ。


「それは勿論、直登のことが心配だからに決まってるじゃん。孫なんだから当然じゃん!」


「心配? 俺を? するわけないな……」


 直登は大げさに手を振って否定する。

 下手したら十年近く顔を見せてないのだ。

 そんな人間が心配なんてするわけがないと直登は笑う。


「そんなことないよー。今まで連絡なかったのも、直登に早く一人前になって欲しかったんだと思うよ? ほら、「高いところにいる馬鹿は突き落とす」って、よく言うじゃん」


「……言わねぇよ。どんな勘違いしたらそうなるんだよ」


「え? こういう諺あるよね!」


「ねぇよ!」


 恐らく、赤岬は「馬鹿は高いところが好き」と「獅子は我が子を谷に突き落とす」を混ぜて考えてしまって要る。どうやったら、そんな風に覚えるのか分からないが……。

 赤岬の願望だろうが。

 だとしたら、止めなけば。

 直登は自身も突き落とされない様にしようと注意する。


「まあ、当てもなくても、どっちでもいいか」


「良くないよ。俺、バカ扱いされた上に、殺されかかってるんだからな」


「なっはははは」


「笑うな!」


 ソファの上に胡坐を掻いて座りなおす。

今日は流石に日曜日だからか、制服ではなく私服であった。薄紅色のホットパンツに白いシャツといった簡単な格好。

 白くスラリとした足が、強調されている。朝早いとはいえ、そんな無法日な格好で外を歩いてきたかと思うと心配してしまう。

 当の本人は、子供向けのアニメに熱中し始めているのだが。


「はぁ」


 直登はキッチンに向かう。

 インスタントのコーヒーを取り出し、カップに容量を図りながら入れていく。ティースプーン二杯に、ハチミツを大匙一匙を入れるのが直登の拘りであった。

 沸かしたお湯を冷ましてから、カップに注ぐ。

 コーヒーの香りが部屋の中を優雅に漂った。


「ほらよ」


 自分の分だけでなく赤岬の分も作ったようだ。

 赤一色のマグカップを手渡す。


「サンクー。直登の入れるコーヒーは美味しいんだよねー!」


「……インスタントだけどな」


 直登もソファに座り、テレビへと視線を向けるが、何が面白いのか、あまりよく分からなかった。きっとそれは、子供の時から、こういった番組を見たことがないからだろうなと、自信を分析する。

 赤岬のように、ずっと見ていれば面白味が分かってくるのだろう。

 しかし、だからと言って、テレビのために、日曜日に朝早く起きる気には直登はなれなかった。


「……」


「……」


 テレビに熱中している赤岬は、直登に話しかけることなく見続ける。

時折、コーヒーカップに手は伸ばすものの、それ以外の動作はない。これなら、一緒に見なくても良かったのではないかと、直登は赤岬に言う。


「……俺、ちょっと下に行ってくる」


「ういー」


「やっぱり、一人で良かったじゃんか……」


 小声で文句を呟く直登。

 聞いているかも分からない返事をされたら文句の一つも出てくるだろう。


「……早く起きたんだ。朝から修行も悪くないか」


 文句を言うよりは、前向きに考えようと自分に言い聞かせる直登。

 日本刀を手にして淡々と素振りを始めるのだった。


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