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魔女の遺産〈レガシー〉  作者: 誇高悠登
一章 二人目の『魔法少女』
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10

「孫? 孫は目に入れても痛くないなんてあれは嘘じゃの。実際に痛くないのは可愛い女子高生だけだじゃわい? だから、りょうちゃん。ワシの目の中に飛び込んでくるんじゃー」


 痛いのはお前だと直登が直登が言おうとするが、その前に、利男に呼ばれた赤岬が素早く行動に出た。


「うんー。久しぶりだね、おじいちゃん!」


 変態じみた発言をする利男に、平然と抱き着く赤岬。

直登は上半身裸になっただけで怒られるのに、抱き着くのはいいのか。

この差は一体何だと直登は疑問に思う。

――まさか、赤岬は、いわゆる枯れ専というやつなのか?

 抱き付かれ、だらしのない笑みを浮かべている祖父に、軽蔑の眼差しを投げかける。こんな変態が自分の祖父だとは思いたくない。

 だが、間違いなく直登は血を引いている。


「そりゃ、りょうちゃんが困ってたら駆けつけるのはワシの役目だからの」


「嬉しいよ!」


 赤岬は更に笑顔を輝かせる。


「はっはっは」


 頼りにされて嬉しいのだろう。だらしのない顔が更に蕩ける。そのまま顔の皺が深くなれと直登は祈る。

 だが、祖父が、何故、赤岬が困っていることを知っているのだろうか。

 考えられるのは一つだ。


「おい、ちょっと待て! 赤岬はこいつと連絡を取り合ってたのか?」


 自分の知らないところで、仲良く連絡を取り合っていたことに衝撃を受ける。

 利男は、直登が小さいときに、父にこの工場を任せると、早々と旅に出た。

 旅人となった利男は、殆ど家にいなかった。帰ってきても数年に一度だけ。それもたったの数日である。 最期に直登が利男の顔を見たのは中学生の時だ。

 それなのに――まさか、赤岬とは繋がりを持っていたとは。


「そーだよ。で、直登が『魔女の証』に困惑してたから、助けの連絡を送ったわけ」


「…………なるほどな」


 頻繁に感じる『魔女の証』に振り回されていた直登を見かねて、助けを求めたという訳か。

 女性に弱い祖父でも――一つの時代を守ったのだ。

 直登よりは……頼りになるだろう。


「本当はワシも赤岬ちゃんの頼みじゃなかったら、こんな場所に帰ってきたくはなかったわ! 憎たらしい息子にも、孫にも、ワシの知ってる知識や技術は与えたはずなのじゃが?」


 手を放した赤岬を名残惜しそうに指を加えて見ている利男。

 その言葉にある通り、赤岬以外に興味はないのか、戻ってから一度も、直登の名を呼びはしない。


「なら、教え方が悪かったんだろ」


 そもそも教わったのは子供の時であり、全てを記憶できるわけがない。

 それに、父は下手したら利男以上に――直登に興味がないだろう。

 殆ど独学で『侵入者』とここまで戦ってきたのだ。

 むしろ褒められるべきだろうが、井伊家には正当な評価をする人間はいなかった。


「ふん。すぐ人に罪を擦り付けてくる。軟弱に育ったのぉ。ワシは悲しいぞ、赤岬ちゃん!」


 チャンスとばかりに、今度は利男から、赤岬にへと抱き着こうとするが、スルリと両側から伸びてきた手を赤岬が交わした。

 行き場のなくした両手で、自分の体を抱いて、口を尖らせる。

 いい年をした――というか、天国に近い老人がする顔じゃないと、自分の祖父ながら直登は顔を引き攣らせた。


「いいから、ほら。教えて」


 文字どおりの魔の手を交わした赤岬が、情報を求める。直登がそんなことをしたら、またすぐに旅に出て行くだろう。

 ……そうなったほうがいいなと直登は思うが。


「うむ。しかし、一度に二人も『魔法少女』が現れたのは珍しい。初めてじゃないのか?」


「やっぱりそうなの?」


「うむ。少なくとも儂の時は一人ずつじゃったの」


 『魔法少女』と呼ばれるだけあり、少女でなくなれば、力は失われる。ただの人間に戻る。そうなったときに、新たな『魔法少女』が現れることはあっても、二人一緒にということはなかった。


「ただし……孫の『祝福』精度が正しければの」


 勿論、それが大前提ではあるのだが……。


「……ごめん」


「謝るな!」


 直登の探知が当てにならないことを知っている赤岬は即座に謝った。

 誤検出では済まされないレベルで感じていたのだから。


「それはさておき、『魔法少女』の可能性も捨てきれないがの……。今までが一人だっただけかもしれん。最近は仮面を付けたヒーローも二人、三人が当たり前。多い時には10人いるしのー。名前覚えきれんわい」


 何故か子供向けのヒーローで例える利男。

 恐らく赤岬の影響で見ているのだろう。


「あんたもニチアサかっ……!」


 直登の小さな声は無視された。

利男はソファへと両手を広げて座り、足を組んだ。どこぞのマフィアのような座り方だが、不思議とそれがさまになっていた。


「しかし、現実世界においては、ヒーローが増えるのは喜ばしいことじゃ。ドラマだからこそ文句を言えてることを忘れてはならんぞよ」


「……」


 最近は仲間が増えすぎだ。など、ネットで色々と話題になっている。

しかし、それは利男の言う通り、作りモノだからこそ言えるのだ。実際の世界では救いに来るヒーローが多いほうが安心するに決まっている。

 人数が増えれば苦戦せずに敵を倒せるし、複数に分かれて戦える。

 救われる人間が比例して増えていくのだから。


「そんなしょぼい風刺はいいからさ、どうやったら見つけられる? それがあれば、わざわざ探る必要もなくなる……」


 怪しいと疑ってる二人を嗅ぎまわらなくとも良くなる。

 無駄を省けるならば省きたい。

 だが、直登の期待は裏切られる。


「それは無理じゃな」


「は?」


「普通、『魔女の祝福』を受けた人間ならば、『魔女の証』を持った少女はすぐに見つけることができるはずなのじゃ。孫みたいに、『気配』を感じたり、感じなかったりということはない。現にワシも息子もそうじゃったぞ?」


「え……?」


「つまり、おぬしの才能がないのか、『魔女』に嫌われているかのどっちかじゃな」


 どちらにせよ――直登は『祝福』を使いこなせていないということだった。

 自身に才能がないのは分かっていたが、そこまで違うとは。

 直登のショックを隠せなかった。

「嘘だろ?」


「本当じゃ。だから、これはお前の問題なのじゃ」


「そんな……なら、あんたが気配を探してくれれば!」


 祖父を頼るのは嫌だが、直登はそうは言ってられない。

 もしも本当に『魔法少女』がいるのであれば、今すぐにでも交渉を行いたいくらいなのだ。仲間になって欲しいと。

 その為にならば祖父を頼る位、どうでもいい。


「それも無理じゃ。今じゃもう、『侵入者』の気配を感じるのも難しい。ただの役立たずの老いぼれじゃ。息子ならまだ、可能なのかも知れんがのぉ……」


「……」


「ま、まあ、でも見つけられるならいいじゃん? 問題はどうやって覚醒させれるかでしょ?」


「優しいのぉ、りょうちゃんは……。それに比べてどっかの孫は――情けない」


 プライドもなく、自身の才能の無さにショックを受けた直登を見れば――情けないとしか言えない。直登は言い返す言葉も思い浮かばない。


「才能がないくらいでなんじゃ」


「でも、それは事実じゃないか。先祖代々、すぐに『魔法少女』を見つけられたんだろ? なら、なんで俺だけ……」


「そんなこと儂は知らん!」


「……」


 励ます気もない祖父は、平然と直登を突き落とす。

 自分はしっかりとした『祝福』を受けていたのだと改めて発言する。『魔法少女』を探すことに苦戦などしなかったのだと、今の直登を小馬鹿にするように言った。


「でもさ」


 言い返せない直登に代わり、そう切り出したのは赤岬だった。

 キョトンとした仕草で利男にへと言う。


「才能とかって、ぶっちゃけ運でしょ? ならさ、『魔法少女』が二人いるもの、今までにないなら――その時代に生まれてきたことが、直登の才能になるんじゃない?」


「え?」


「なーんてね」


 いつものように冗談めした赤岬は、自身の皿に残っていた、冷めたパスタを一気に食べると、「ごちそうさま」と陽気に笑う。


「私が準備したんだから、片づけは直登がしてよね?」


 陽気に微笑む赤岬。

 その笑顔に、直登は自分の中で何かが軽くなったのを感じた。


「あ、うん」


「じゃ、私も久しぶりに特訓でもしようかな?」


 赤岬はそう言って、地下へと続く扉に手をかけたところで動きを止めた。

 背を向けたままの状態で赤岬は二人に、自分の思いを直登にへと投げかけた。


「私は、『祝福』を受けたのが直登で、本当に良かったって思ってるからね」

「…………」


 共に戦ってきた赤岬に言われるその言葉は――純粋に嬉しかった。

 認められた気がして直登は急に照れ臭くなる。

 それは言葉を発した赤岬も同じだった。


「よし! 特訓頑張るからね!」


 そそくさと訓練室に降りて行った。

 赤岬の言葉に、感慨深く利男は言う。


「りょうちゃんは本当に成長したのぉ」


「ああ。お陰で思い出したよ。劣ってるからこそ――頑張んなきゃいけないって、当たり前のことをな」


 余裕を持って『侵入者』を倒せるようになったのはいつからだっただろう。昔は赤岬に助けられてばかりだった。

 それが悔しくて努力して、今に至る。

 当時の思いが――湧き上がる。


「俺も特訓してくる……。後片付けは頼んだ」


 直登も地下へと向かった。

 自分にできることを最大限に生かすために。


「は? おい、お前……。祖父に仕事を押し付ける気か! それでも孫かー!」


 背中から聞こえてくる声が――どこか愉快だった。

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