09
「多分、あの二人のどっちかだと思うんだよなー。でも、だとしたらなんで嘘を付いたんだ?」
ここと司と会話をした直登は、『魔女の証』を探すことを諦めて、『機関』へと戻ってきていた。初めての女子高生――しかも、二人と話したのだ。
直登はどっと自身にのしかかる疲れに耐えていた。
「……やっぱり見られていたのか」
『魔法少女』や『侵入者』の話題は何一つ出していない。それなのに直登を避けるように言葉を偽ったということは――『侵入者』に恐怖したのか。
それしか考えられない直登。
「…………」
直登が目を瞑り二人の女子高生について考察をしていると、扉が勢いよく開け離れた。
中に飛び込んでくる元気な女子。
赤岬だった。
「たっだいまー! 三日ぶりに戻ってきたぜい!」
赤岬も司や桂葉と同じく、学校に言っていたようでいつもと同じく制服姿だった。
しかし、赤岬は部活は入っていなかったはずだ。
一体、何しをしていたのだろうと気にはなるが、プライベートまで踏み込むのは違うと直登は疑問を飲みこんだ。
「ああ、久しぶりだな」
直登は顔だけ赤岬に向けて三日ぶりだけどなと言う。
「って、うわっ!なんでまた、上半身裸なんだよ。露出狂なのか、直登は!」
赤岬は直登の姿を見るなりそう言うのだった。直登は、ランニングで休憩を挟んだとはいえ三時間外にいたのだ。運動量からしても大量の汗を搔いているのは当然だった。
直登は『機関』に戻るなり、シャワーを浴びて身体に纏わりつく汗を落とした。
そしてそのまま、パンツとズボンは履いて、ソファにへとダイブしたのだった。
「そんなわけあるか。運動後にシャワー浴びてただけだ」
そんなことで驚くのであれば、事前に連絡するべきだという直登の言い分に対して、「だとしても、普通、服着てからにしてよね……」と赤岬。素肌でソファに触れるなと言いたいようだ。
「あー。びっくりしたー……」
赤岬は持っていた鞄で顔を隠しながら、そろりと足元だけを見てキッチンを目指す。『機関』の中には調理をする為の器具はそろっているし、シャワールームも完備されている。
ここで寝泊まりが出来るようにと、最低限の生活環境は整えられていた。
キッチンにたどり着いた赤岬は、直登を見ない様に素早く背を向けた。キッチンに視線が移ると、慣れ た手つきで棚の中からパスタを取り出した。
どうやら、少し遅めの昼食を作るようだった。
「お昼作るけど、直登も食べるよね?」
「頼む」
直登もまだ昼食を食べていなかった。
何か帰りに買ってこようと思ったのだが、余りに汗を掻きすぎたために、店に入るのをためらってしまったのだ。
このまま夜まで待ってもいいが、折角ならば作って貰おうと、直登は依頼する。
「りょーかい! なら、私が調理している間に、服は着といてよね!」
「はいはい」
昼食を作る代わりの条件として、上を着るように指摘された直登。
まだ、身体は熱いが仕方ない。
直登はソファから立つと、家から持ってきていた着替え用のシャツに袖を通した。
そして、再度ソファに座り、赤岬の登場にによって遮られた、司と桂葉についての思考を始める。
だが、『魔法少女』かも知れない人間と接触できたことを知らない赤岬が、呑気な声で言う。
「運動してたって、朝から修行してたの? 頑張るねー」
普段の赤岬からは想像できないが、調理しているときの赤岬は、口が動いても調理をする手が止まるということはない。
ナスを切り、玉ねぎを切りと、流れる動作でこなしていく。
「……違う、修行じゃないさ。また『魔女の証』の気配を感じて――それでちょっと、探しに行ってたんだよ」
「へー。でも、まあ、その顔を見ると、収穫なしってとこかな?」
どうせ何もなかったのだろうと決めるける赤岬。
だが、今日は確証こそないものの、かなり近い所まで近づいた自身が直登にはあった。二人目の『魔法少女』の『覚醒』は近いと。
それでも、赤岬に余計な期待を与えないほうが良いだろう。
『魔女の証』を持っていても、必ず『覚醒』するという訳ではないのだから……。
「いや。たぶん、出会った二人のうち、どっちかが、『魔女の証』を持っているんだと思う」
「ん? 二人? 二人も『魔女の証』を持ってるの?」
「そういう訳じゃない……。候補が二人に絞れたってことだ」
「おお! 直登にしては珍しい! 『祝福』がちゃんと機能したから?」
赤岬は野菜を切り終えたのか、フライパンの中に油を入れて、野菜たちを炒め始めた。
油の香りが直登のいるソファにも漏れてきた。
運動後の空腹には堪らない。
「『祝福』はいつも通りさ。ただ、暗くてはっきり見えなかったんだけど、あの夜に見た制服は、俺の記憶が間違いなければ――「繰間工業高校」の制服だと思うんだよね……」
直登が確信を得たのは、二人が来ていた『制服』を見たからだった。
「……よく分かるね。私なんて、どこの制服かなんて全然気付かなかったよ。暗かったしねー、スカート履いてるってだけは分かったけど」
「……ふん。こんなこともあろうかと、繰間市にある小中高の制服は、全部頭に入ってるからな。といっても、『女子限定』だが……」
「……うわー。キモっ」
「おい。俺の聞き間違いじゃなきゃ、いま、お前――「キモっ」って、言ったか?」
赤岬の発言に対して心外だと直登の怒涛の弁解が始まる。
「これは別に趣味とかじゃなくて、『魔法少女』を見つけるための手段であって、好きで覚えた訳じゃないんだよ。全ては『侵入者』から世界を守るためだ。それなのに……そんな風に言われるなんて……」
「わかってるって。言い間違えたんだよ」
必死な言葉に、赤岬は直登を宥める。
「そこまでムキにならなくても分かってるよ」
調理する手を一度止めて直登へと振り返った。
そして、朗らかな笑みを浮かべて言う。
「本当は「キモっ」じゃなくて「凄い」って言おうとしたんだけど……。なんでだろうね。無意識のうちに言っちゃった」
それだけ言うと調理に戻る。
直登の言葉は受け付けませんと態度で示しているようだった。それでも直登はその背に言う。
「それは、無意識でキモいって俺のこと思ってるってことだよな! 普通、凄いとキモいを言い間違えることなんてないからな!」
「まあ、いいから話を続けてよ。直登の趣味は聞いてられないからさ」
「……そう言われて、続けられるかよ。ここで引いたら、俺は女子の制服に詳しい変態になっちゃうだろう」
「大丈夫だよ。もう変態なんだから」
炒めた具材を一度フライパンから取り出した。
野菜の抜けたフライパンにケチャップやオイスターソース、牛乳などを混ぜ合わせていく。どうやら炒めた油を使って、そのままソースを作るようだ。
中に入れた調味料が、完全に混ざったところで、火をつけて、中火で煮込んでいく。
ふつふつと煮えてきたところで、先ほどの野菜をフライパンに投入した。
野菜とお手製のソースをさっくりと絡めて赤岬は火を消した。
後はパスタがゆで上がるのを待つだけなのだろう。そのわずかな時間を使って、直登のいるソファに移動した。
直登の肩に手を置いて言う。
「自分の好きなことには自信を持たないとダメだよ? それが、それが例え女子の制服だったとしても」
「全然大丈夫じゃねぇ! 思いっきり変態扱いしてるだろうが!」
「あっ、パスタも茹で上がったみたい」
「俺の話を聞け!」
「うん、聞いてる聞いてる!」
直登の叫びに適当に答えながら、茹で上がったパスタをそのままフライパンの中に移した。
そして、ソースと馴染ませるために菜箸をゆっくりと動かす。
麺とソースが全体的に馴染んだところで、二枚の皿を取り出して盛り付ける。
皿の上にパスタを乗せて(トングでクルリと捻る)、チーズを上から振りかけた。
「完成―!」
作っていたのはトマトソースのパスタだったようだ。
完成した品を思って赤岬がテーブルにへと運ぶ。
「はい、どーぞ」
「……ありがとうな」
どれだけ直前に変態扱いをされようとも、しっかりと礼を言ってしまうのが、直登の良い所でもある。
皿を受け取り自分の前に置く。
赤岬が直登の隣に座った。
「いただきます」
二人は声をそろえて言うと、フォークでパスタを巻き、口へと運ぶ。
ソースがよく絡んだパスタは絶妙な弾力で口の中で解けていく。
「上手いな……。流石、赤岬だ」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよね!」
美味そうに口に運んでいく直登の姿を見て、満足げに頷いた赤岬は、自分も食べ始める。
「直登の変態性は置いといてさ」
と、赤岬が途中で終わってしまっていた話を再開させる。再開も何も中断させたのは赤岬ではあったのだけれど……。
「で、倉庫から逃げた子が、『繰間工業高校』だったとして、それが何になるのさ?」
逃げた相手と今日の相手が同じだったからと言って、疑いが確信に変わることはないだろう。一つの高校に、どれだけの生徒がいるのか。
学年も分からなければ、見つけることは出来ない。
だからこそ――下手に動けなかったはずなのだが。
「……簡単だよ」
「なにが?」
「赤岬も知ってると思うけど、「繰間工業高校」に女子生徒がどれくらいいるか知ってる?」
「あっ!」
赤岬は直登が何を言いたいのかが伝わったようだ。
言われるまでもなく――気付くべきだった。
「……直登の変態さに混乱してた」
「……変態ネタ引っ張らなくていいから」
未だに変態扱いをする赤岬に釘を刺しつつ直登は言う。
「『繰間工業高校』にいる女子生徒は、一学年に五、六人しかいないはずなんだ。ほかの学校と比べれば、遭遇率はかなり低い。それなのに、二回連続で会うって、かなりの確率だと思うんだよね」
「確かに……」
元時代に置いて――工業高校に通う女子の割合は非常に少ないのだ。
最近は工業系女子と言って、スポットライトを浴びることもある。昔に比べれば、人数は増加している が、それでも、まだ、多いとは言えない。
ましてや、地方である『繰間工業高校』では、相変わらず、男子校に近いの実態である。
3学年合わせても20人に満たない女子生徒。
他の学校と比べれば、その差は明らかだ。
そんな工業系女子に、二度続けて会うことがあるのだろうか。
「じゃあ、その出会った二人に直で聞けばよかったんじゃない?」
「あのさ、どうやって聞くっていうんだよ。あなたは『魔法少女』ですかって言っても通用しないでしょ。『覚醒』が近いかも知れないけど、『覚醒』したわけじゃない」
仮に『侵入者』の作った空間で意識を保てていたのであれば、『魔法少女』へと進化する可能性は高い。
だからこそ、余計慎重にならなければいけないのだ。
『侵入者』に怯えているのだろうから……。
「そうだった」
故に桂葉と司に、遠回しな質問をしたのだが。
直登の問いに二人とも違うと答えた。
これが他の高校の生徒ならばまだ、納得が出来たのかもしれないが……。
直登は二人の答えを素直に受け入れることが出来ず、辿り着いた答えが、司と桂葉――どちらかが嘘をついている可能性だった。
「嘘ねぇ。でも、いきなり初対面の男に、三日前何してたって聞かれたら、嘘ついちゃってもしかたないんじゃない?」
「お前がいうか? 赤岬なら、何してたかすぐ教えるだろ」
「教えないよー。私、そんなガード甘くないもん」
「いや、お前だったら、絶対教えるよ。昔、ホームレスの人から、お菓子貰って喜んでたじゃんか……」
「もー、いつの話してんのよー。子供の時の話は止めてよね」
「……一年前なんだけどな」
どうすれば彼女たちに上手く説明できるのだろうか。
考えてみれば――自分で『魔法少女』を探すのはこれが初めてである。
初めての経験に戸惑う直登。
だが――そんな直登に救いの手が差し伸べられる。
「なーに、悩んでおる。男は攻撃あるのみ!」
『機関』の玄関が赤岬の登場以上に勢いよく開かれた。
そして、ゆっくりとした足取りで、一人の老人が入ってくる。
M字に薄くなった髪の毛に、皺の増えた顔。
それでも、いい年の取り方をしたと、自負しているだけあって、迫力のある顔と体つきは健在である、
直登はこの人物が、適当な人間であることを知っているので怯むことはなかった。
差し出された手が救いでも何でもないことを直登は良く知っていた。
その手は――変態なのだと。
老人は満面の笑みを浮かべて、赤岬の名を呼んだ。
「久しぶりだね――りょうちゃん」
「……久しぶりの挨拶は……まずは、孫にしろっての」
入り口に立つ老人の名は、井伊 利男。
直登の祖父であった。




