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魔女の遺産〈レガシー〉  作者: 誇高悠登
プロローグ
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「ああ。これが『愛』と呼ぶ感情なのかしら。もしもそうだとしたのなら、悪くない。全然悪くないわ」


 夕日を背に丘の上に立つ一人の女性は、誰に言うでもなく呟いた。

 黒い布を纏っただけの、服とも呼べないような格好で――彼女はただ、一人の男に思いを馳せるのだった。

 しかし、思えば思うほどに、自分の犯した罪が恐ろしくなる。


「あなたは共に背負うと言ってくれたけど……、これは私が背負うべき罪――誰にも背負うことはできないわ」


 何故ならば――すべての元凶は私なのだからと儚く笑う。

 自分の愚かさと、それでも後悔はしていないと力強く叫ぶ心の声に、破壊された彼女の心は脆くなっているのか。


「あなたに会うために言葉を覚え――そして『世界』の壁を破った」


 世界の壁を壊すことで、いずれ、こうなることは分かっていたのに。

 彼女は空を見上げる。

 太陽と月の狭間。

 そこに巨大な黒円が空に浮かんでいた。


「ふふふ。まさか、この私が『死』を意識するとは思わなかったのだけど」


 彼女の見つめる黒円は――一つの『黒』ではなかった。

 円の中に真っ黒な異形の姿をした『化物』が、個としての境が分からなくなるほど犇めいていたのだ。


 その一匹一匹が人間を凌駕する力を持っている。これまでにも、壊れた壁を使って、何匹かは地球に『侵入』してきていたが、今回は桁が違う。


 世界の壁を壊した彼女――『魔女』でも、守り切れない。もし、このまま空に浮かぶ化け物たちが地球に来れば、被害は甚大になるだろう。

 世界が混乱に陥る。

 世界の終わりだ。

 だが――、


「あなたが『世界の平和』を祈らなければ、私は死ななくてもいいんだけれど」


 自分と愛すべき男の二人だけなら守り切ることは出来る。

 世界を捨て、自分を選べば死ぬことはない。


「ふふ。そんな答え、私は望んでいないけども」


 もしも想い人がその選択をしたならば、彼女の思いは消えることだろう。会ったこともない人間を愛し、自分が騙されようと相手を許す彼だからこそ、気になったのだ。

 『世界』の壁を越えて話してみたいと思うほどに。


「だから、きっとあなたは、悩むでしょうね。私と『世界』――どちらを選ぶべきか。悩むでしょう。私はそんなあなたを見たくないわ。ですから、こうして自ら『死』を選ぶ。それだけのこと」


 この言葉が届くことはないけれど、それでも言葉にしておきたかった。


「破れた『世界』の壁を治せるか分かりませんが、何があっても成功させるわ」


 彼女はそう呟くと、重力に逆らい、フワリと静かに空に浮かんだ。

 後は黒円に飛び込み――自分の世界に帰ればいい。

 そして、自身の持つ『魔法』で扉を塞げば――、


「×××××」


 もう二度と。

 もう二度とその顔を見ることはないと思っていたの彼女の前に――最愛の想い人が現れた。

 彼女の下で必死に叫ぶ。

 決して声が聞こえる距離ではないが――彼女の耳には、確かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「井伊さん……」


 ここに来ないよう、身動きを封じる『魔法』を使った。

 動けるはずがないのに――間違いなく井伊と呼ばれる男はそこに居た。

 彼助けに来て欲しいと願う彼女の思いが『魔法』の完成度を下げたのだが、『魔女』自身はそのことには気付かない。

 『魔法』をかけられた井伊は理解しているが――。



「じゃあね、井伊さん」


 最後に愛する人間の声が届いて良かった。

 『魔女』は優し笑みと共に、黒円の中に消えて行った。

開かれていた黒き扉が徐々に薄く消えていく。『魔女』は自分の存在を使って『壁』の役割を果たしたのだ。

 だが、一度繋がった世界の扉は、『魔女』の命だけでは、完全に閉じてはいなかったのだ。

 井伊は『魔女』が遺した力と共に化け物と戦う。

 しかし、『魔女』の持っていた『力』は井伊には受け継がれなかった。


 愛する人に戦って欲しくない。


 それが『魔女』の望みだったから。

 人間離れした『魔女』の実に人間らしい願いだった。

 

その強き願いは――時が過ぎた現在も、強く遺されていたのだった。

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