カンパニュラは涙を流さない
謁見を終えたマイルズを、家人一同が迎えた。その中に、ラツィアーナの姿はもうない。
マイルズは、全員の表情を見回した。
この家は暗い影を落としたように、静まり返っていた。
ラツィアーナはいつも花がほころぶような微笑みをして見せていたけれど、それは彼女が必死になって取り繕っていたものだった。マイルズはそれを知ってから、呼吸の仕方を忘れそうになった。
全員がマイルズの言葉を待っている。もしここで、マイルズが、王女を迎えると言えば、彼らはそのためにちゃんと働くはずだ。心の大切な部分を、傷つけられながら。マイルズは、静かに口を開いた。
「王女殿下は、レリオに降嫁が決まった。」
弟の名前を口にすると、使用人たちはパッと顔を上げた。その表情は信じがたいものを見る顔であったり、どこか悲しいものであったり、安心したものであった。
「私は、これから独り身を通す。」
この屋敷の女主人は、もういない。この先も迎えることはない。マイルズは、そう決めて、陛下に弟と王女殿下の結婚を願い出た。
「これが、せめてもの彼女への贖罪だ。」
マイルズにとって王女殿下は初恋の相手であり、心の大切な部分をすべて捧げた人だった。王女殿下を愛していたかと問われれば、愛していたと自信をもって答えることができる。
生涯の妻となったラツィアーナに対してどんな感情を抱いていたか、そう聞かれると答えに窮する。最初は憎しみだったはずだ。次には、同情だ。そして、最後は同志のように思えた。改革を終えるため、犠牲を払った同志。
手紙を読んで知ったラツィアーナの恋心に、申し訳ないが、マイルズは答えてやることはできない。
彼女を生涯の妻にするのは贖罪のため。彼女にマイルズの愛を捧げてやることはできない。
マイルズは、静かに歩き出した。
彼女が生んだ新しい時代を、育て上げることはマイルズの使命だと思った。