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コッペリアの手紙  作者: 八千草夏日
マイルズ
6/10

アジサイは散っていく


「マイルズ様。」

「なんだ、リンク。……あの娘が何かしたのか?」


マイルズは、妻となった人間の名前を呼べずにいた。彼女をいつか処刑台に送らねばならないことは、決定事項だ。だから、親しくなるのは己の首を絞めることになる。

マイルズは、この改革が終わった暁には、王女を降嫁してもらおうと思っていた。陛下は一度だけ、マイルズに王女を降嫁してもいいとポロリとこぼしていた。

マイルズがラツィアーナを妻にするという憎まれ役を買って出たのは、そのためだ。この国の王女に、マイルズは憧れを持っている。恋人同士とは言えないけれど、王女も自分にそれなりの好意を持っているのは確かだと思った。

だから、この娘を一時的に妻にした。それは、マイルズにとって、正解とは言えない選択だったかもしれないが。


「いえ。着替えを手伝った侍女から報告が。足に古い傷があるようで。」

「……傷、」

「ええ、引き連れたような傷と、鞭の跡が。」

「娘にまで手を挙げていたのか。」


リンクは気まずそうに俯いた。少し前の時代なら、子どもが鞭を振られることは珍しくない。家庭教師だって鞭を持っていたし、そういった教育方針の家は珍しくなかった。だが、今はもう時代が変わったのだ。いたずらに子どもを傷つけるやり方は、受け入れられない。


「おみ足を偶に、気にされていたのはそれが原因かと。すぐに隠されてしまったようです。」

「そうか。わかった。」


マイルズは、リンクの報告を自分自身の中で消化しきれずにいた。彼女はマンソン家に生まれた。それは、確かな事実で覆しようがない。だから、前時代の象徴として処刑台に送らねばならない。それも、結婚前のマイルズはしっかりと理解して、結婚を決めた。

だが、彼女には罪はない。彼女は、何もしていない。マンソンが昔のやり方に固執し、今の王家のやり方にそぐわなくなったのは、マンソン家の罪だ。だが、それは彼女が償わなければならないことに、思えない。

そこまで考えて、マイルズは首を振った。もう、決定事項だ。彼女を処刑台に送って、やっとこの改革は終わりを迎えるのだ。


「あまり、あの娘にかかわるな。お前たちの主は、変わるのだから。」

「……承知、しております。」


リンクはその白髪を乱すことなく頭を垂れた。リンクも、ここの使用人もしっかりと次の主が誰になるか認識している。今の主に心を移せば、自分たちが苦しむことも、理解している。それなのに、あの娘はそれを乱そうとした。朝晩に挨拶をし、ビルハルツ家の紋章の入ったハンカチを渡してくる。何も知らない無邪気な娘のように。使用人にも挨拶をして、話をして、心の底から笑うのだ。

それを知って、マイルズはあの娘が何も知らないことに心底安心した。あの娘は、処刑台に向かっていることを知らない。彼女は、この先に恐怖が待ち受けていることをまだ知らないでいてくれる。マイルズは彼女を処刑台に送りたいけれど、怖がらせたいわけではなかった。

それは、都合のいい身勝手な考えなのだろうけれど。


「マイルズ様!お帰りなさいませ。」


娘の鈴を鳴らしたような声が聞こえた。マイルズの帰りを知って慌てて玄関に来た娘。

微笑んでいる彼女は、自分の足を気にするような所作はしない。夜も更けているのに、娘は着替えも終えていなかった。


「まだ、起きていたのか。」


不自然なほど、自分の声が固くなるのが分かった。先ほどまで、報告していたリンクも壁際に下がっている。親しくなってはいけない。この娘に何の感情も抱いてはいけない。

親愛も、同情も、何もかも。そう思えば思うほど、ますます声は冷えていった。

それなのに彼女は笑っていた。まるで、マイルズのよそよそしさなど気づいていないかのように。


「お夜食の準備は出来ていますが、いかがなさいますか?それともお湯を?」

「何度も言うが、君は先に寝ていていい。」

「ええ、でも、」

「リンク、湯の用意を。」


すたすたと歩く。この速さでは、古傷のあるラツィアーナは追ってはこれまい。それに、ひどく安心した。これ以上、彼女と関わってはいけない。自分も、この家のものたちも。

みな、それを自覚しているのか、この屋敷はひどくよそよそしいものになった。ラツィアーナに対してだけでなく、自分に対しても、この屋敷はとても居心地の悪いものになった。




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