クレオメの閉じた時間
『リンク、これをまとめておいてくれ。私は支度してくる。』
久しぶりに、朝食に誘われた。そもそもマイルズが食卓に着くこと自体が珍しいのに、ラツィアーナを呼ぶなんて明日は大雪かしら。そう思っていたけれど、マイルズの意図が分かって、ラツィアーナは落胆した。
このあとマイルズが席を外したら、リンクはラツィアーナに書類をまとめておくよう言うだろう。
『ラツィアーナ様、これをお願いできますか。私は他の用意をしてまいります。』
夫と仲良くなれるチャンスだよ、そう言わんばかりにリンクがラツィアーナに書類を進めた。
「そうね、ありがとう。」
やっぱりね。ラツィアーナはそう思いながら、リンクが去ったあと、一通り書類に目を通した。鉱山の収支があっていないことに関する報告書だ。黒幕の名前が記されているが、トカゲのしっぽきりに国王サイドは気づいていないようだ。いや、気づいていないふりをしているのだろう。それをラツィアーナに見せて、父親に報告させて、油断させる作戦なのだろう。とんだ茶番を朝からやるために、みんなで演技していたのか。なんだか、虚しくなりながら、ラツィアーナは、書類をまとめて、封筒に入れた。
『今日は何をして過ごす。』
玄関までついていくと、マイルズは無機質な声で問いかけた。そんなこと、一度だって聞かなかったくせに。
「そうですね。そろそろ実家に手紙を書きます。」
『そうか。』
あからさまに安心したように、そして、罠にかかった獲物を見るようにラツィアーナをマイルズは見た。ああ、やっぱりね。
「いってらっしゃいませ。マイルズ様。」
安心してください。あなたの作ったニセの情報、ちゃんと報告しておきます。だから、おしえてほしいのです。私はいつまで生きられますか。
ラツィアーナは黙って笑ってみせた。
断頭台は、驚いたことに静かな場所にあった。民衆に石を投げつけられると思っていたのに、意外だった。足が痛んで登りづらい。悪戦苦闘していると介錯人が手を貸してくれた。
「嫌な仕事を任せてしまってごめんなさい。」
腕に触れながら、微笑んで言った。先程よりは上手に笑えていると思う。
「最後まで気遣ってくださってありがとうございます。あなたはとても親切な人なのね。」
『…これからあなたを処刑する人間ですよ、私は。』
「そうね。」
少し高くなっている台の上から空を見上げた。そうすると自分がひどくちっぽけな人間に思える。民衆もいない、静かな場所。誰も、み届けにも来ない、ラツィアーナの死。でも、それがラツィアーナにはふさわしいのかもしれない。
「今、あなたが処刑人で良かったと思っていたところ。」
にっこり笑って、ラツィアーナは処刑台に跪く。渡された絹で目隠しして、処刑台を探した。男が手を貸してくれて首台を触らせてくれる。先ほど借りた手よりも少し柔らかく感じたけど、気のせいかも知れない。
『最後に言い残す言葉は。』
「いいえ、ありません。」
『そうですか。』
男の言葉が、ラツィアーナの世界の最後だ。
どこからか、美しく咲き誇る花の香りがした。