キスツスの花を添えて
この手紙をあなた様がお読みになっているということは、きっと、私は、この世にはいないか、牢の中に繋がれているのでしょう。
父の罪は、父一人で贖えるものではございません。覚悟はとうにできております。
悲しくないといえば、少し嘘ですが、怖くはありません。
この手紙には、恨み言など書きません。だから、どうか、最後まで読んでほしいのです。
私があなた様と初めてお会いしたのは、婚約の場。でも、本当は違うのでしょう。私には記憶がございませんが、赤ん坊の私をあなた様が抱いてくれたのだと、死んだ乳母が言うておりました。私はそれを知ってから、幼いあなた様のお話を、乳母にせがんでは聞いておりました。
私にとって、あなた様はきっと憧れだったのでしょう。
ご想像の通り、私は、父に命を受けてあなた様と結婚いたしました。新興派のあなた様の動向を探り、父に渡せというものでした。父の命に逆らうことは、私にはできません。だから、あなた様が用意してくださった情報を父に渡しました。あなた様の手腕は素晴らしく、父はその情報を鵜呑みにしておりました。だから、今日があるわけですが、その手腕が次の世には民のために使われるのだろうと思うと、私は嬉しゅうございます。
私は、何もかもを承知してあなた様と結婚いたしました。
父の思惑、あなた様のお考え、国のこれから。すべてを知っていました。
旧候派の父を処刑台に送らねば、この国は変わりません。そして、父の一族もみな同じ運命をたどることになることは、易く想像できました。
英雄と言っても過言ではないあなた様が、これからどんな道を歩み、どうされていくのかも、知っておりました。
私と結婚する時、陛下は、あなた様に王女殿下の降嫁を約束されたのだそうですね。かねてからのお望みが叶うこと、お慶び申し上げます。政敵の娘、お父君の敵の娘である私を妻に娶る、その御不快は筆舌を尽くしがたいものです。だからこそ、陛下もご決断なされたのでしょう。
愛は無かった。あなた様にとって御不快以外の何物でもなかった結婚でした。でも、私にとって、最初で最後の幸せな時でございました。だから、お礼を申し上げたくて、筆を執りました。
結婚してくださってありがとうございました。
私のそばにいてくださってありがとうございました。
父も継母も数え切れないほどの罪を重ねました。私は、それを止めなかった。鞭を打たれることも、赤く燃えた鉄を押し付けられることも怖くて、私は、それを止めませんでした。
だから、私は、処刑台に歩まなければならないのです。
本当は、あなた様との結婚式で歩いた祭壇への道が、私には処刑台への道に見えておりました。でも、思っていたよりも、ずっと長くあなた様の妻でいられた。その幸福だけで、私は十分でございます。
死んでもなお、ご迷惑をおかけしたくありませんでした故、私の私物はすべて処分いたしました。
ただ、あなた様が下さった装飾品は、どうしても処分することができませんでした。
この手紙と共に、すべて、置いてありますゆえ、ご処分のほどよろしくお願いいたします。どれも、美しく、私には似つかわしくない豪華な品でした。どれも一度も身に着けたことはございません。せっかく、あなた様が選んだものそのまま捨ててしまうのは忍びなく思います。
ですから、もし、御不快でなければ、そのまま王女様にお贈りくださいませ。どの品もきっと王女殿下に、よく似合うことでしょう。
きっと、あなた様も、あの方を想像してお買い求めになったのでは?
王女殿下を愛しておられることは、知っておりました。
王女殿下もあなた様を愛しておられます。
きっとお二人ならば、幸せな家庭を築かれることでしょう。あなた様に笑顔が戻られることをお祈りいたしております。
長々と、つづった手紙、最後までお読みくださりありがとうございました。
お二人の幸せを願って。
ラツィアーナ・ド・ビルハルツ