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磯崎の堤防にて

作者: nkgwhiro
掲載日:2016/05/24

 あれはいつのことだったろうか。


 五十の手習いなどと方便を使って、釣りを始めてからしばらくたった時のことだった。私はよく車を飛ばして、茨城県の北部にある磯崎漁港の堤防に出かけていた。


 高い堤防の上から阿字ヶ浦を望む絶好のロケーションであることも、この堤防を好きになった理由である。主に釣りは深夜から明け方にかけて行っていた。明け方、阿字ヶ浦の浜辺方向に向かって、竿を出すと、そこに脂ののった大きな鯵がかかる。それが面白くて一晩中釣りをしながら、その時を待っているのである。


 夜中、魚は滅多に釣れない。

 その釣れないのをいいことに、堤防で、初めて会う釣り人と何ということはない世間話をする


 こんな会話をしたことがある。

 

 ……鹿島の火力発電所の排水口で釣りをしていたんですよ。そしたら、二人の警察官が来て、人を見なかったかっていうんですよ、と私が釣り人に近寄り、話しかける。

 鹿島のあそこ?とその釣り人がいう。

  ……彼もまたあそこでメジナを狙ったことがあるのだ。


 「あそこ」は発電所から勢いよく温水が流れ出ている。

 ちょうど、川のようになっていて、海に、その温水が注ぎ込んでいるのだ。その両端には狭い堤防があって、そこへは入ってはいけないことになっている。だが、釣り人たちはお構いなくそこで釣りをする。

 発電所から吐き出される暖かい水はプランクトンの繁殖に適しているのだ。

 プランクトンがいれば、小魚が寄ってくる。小魚がいれば、それを捕食する大きな魚もやってくる。大きな魚がいれば、強欲な釣り人たちが来るという寸法だ。


 私は規則を破る勇気がなかった。

 いや、強欲な釣り人の中に入ること勇気がなかったのだ。彼らは縄張り意識が強く、よそ者を受け入れないという雰囲気を持っていた。

 だから、私は流れにかかる橋の上から竿を垂れていた。


 橋からメジナを釣るには、中通し竿に、これも中通しの大きなウキのついた仕掛けとコマセが必要である。中通し竿は、糸が竿の中を通る。だから、糸が絡むことを減らしてくれる。急な流れの中では便利な竿だ。中通しのウキとは糸が貫通するウキである。これが流れに沿って見事な働きをしてくれる。

 まず、コマセを流れにたっぷりと乗せる。

 間、髪をおかず、釣り糸を急な流れに落とし込み、流れに任せて流す。30メートルほど流すと、段差があるので、流すのはそこまでである。それ以上流すと禁止されている堤防の釣り人たちのテリトリーに入ってしまう。入らないまでも、段差で仕掛けが絡まってします。


 だから、そのギリギリのところで竿を引き、巻き上げるのである。

 その間で、浮きがスーと沈みこめば、それはメジナがかかったということになる。そういう釣りであった。


 私のいる橋の上から、左方向を見ると、堤防が長く伸びている。

 そこが有名な鹿島の南堤である。

 そこは外海に面していて、高波をかぶったり、そのため、堤防はもちろん、テトラなども滑りやすいので立ち入り禁止になっている。

 しかし、大物に目がくらむ強欲な釣り人にはそんな禁止札など目に入らない。

 名うての釣り人になると、自転車まで持ってきて、そこに釣り道具を乗せて、はるか彼方の堤防の突先まで進んでいくというから恐ろしい。


 ……その南堤でね。昨夜、釣り人が波にさらわれたと言って、警察官がその釣り人の流れ着くあたりをパトロールしていたんですよ、と私はその釣り人に話をかけたのだった。


 気分がいいものではない。釣り針に溺死した人を掛けるなんてゾッとする。


 ……磯崎の堤防で、今晩のように夜釣りをしていたんですよ、とまた私が話しかける。

 大物が釣れましたかと相手がこちらも見ないで言う。


  そう、その言葉!と、私は意気揚々として言った。


 ……ふと、振り返ると女性が立っていて、「大きいの、釣れましたか」って言うんです。

 

  そこそこですよと言いながら、釣りを続けていたんですが、その後、ウンともすんとも、気配 

 さえも感じなくなったので、振り返ったんです。


 そしたら、その声をかけた女性の姿が見えない。

 夜目にあたりを見回しても、釣りをしている人たちに女性らしき人がいない。


 錯覚かなと思って、ふと足元を見ると、私の腰を下ろしている横に……。


 ……その灰色の堤防に濡れた足跡が二つ、左右きちんとあるではないですか……。

 

 その話を聞いて、釣り人は呆れかえった様子で振り返って私を見た。その様子を悟った私はそそくさと自分の釣り場に戻った。


 そんな何十年も前の釣りでの出来事を思い出したのは、実は、一つの新聞記事からだった。

 釣りに出かける前、読んだ新聞記事には、こうあった。


 東北にある大学の学生が、石巻市のタクシー運転手200人に聞き取りをした。

 そのうち7人の運転手が、「夏なのにコートを着た女性を乗せたが目的地に着くと座席には誰もいなかった」という奇妙な経験をしていたというのだ。

 学生は、被災し亡くなったのであろうそれらの女性に、恐怖ではなく畏敬の念を、運転手たちは持っているようだと述べているという記事であった。


 いうまでもなく、あの大地震の後の出来事である。


 私は極度の怖がり屋である。お化けの映画など見ると夜一人では寝られないこともある。しかし、この手の話が好きである。怖いもの見たさというやつかもしれない。


 もしかしたら、私は非科学的な超常現象というのを信じている一人かもしれない。

 そういえば、夢と現実を混同することもある。いや、強引に結びつけようとしているきらいがある。夢判断ではないが、こんな夢を見たから、今日はいい日になるかもしれないと何の根拠もないことに希望を託したりする。

 神頼みなどしょっちゅうである。

 そうするのは、きっと自分に自信がないせいだろう。


 空想することも好きである。

 帰宅の際、水元公園を一人で車を運転していて、後部座席に気配を感じることもあった。鬱蒼とした木々の間を運転していて、いつもの空想癖が出たのである。もしかしたら、このような樹木の陰には得体の知れないものが隠れているかもしれないと。そう思うことで、その得体の知れないものが、自分の車の中に入ってきてしまうと思ってしまうのである。

 それは明らかに根拠のない思いがなせる錯覚であるとわかっている。


 しかし、あの災害で、今まで一緒に仕事し、語り合っていた仲間、親、兄弟、友人が一瞬で姿を消す。あるいは、目の前で濁流にのまれていく。そうした体験をした人々の心には常人にはわからない心の傷がきっとあるはずである。


 いうなれば、不慮の死を迎えたものを思う生者の思いが、「あらぬ形」を目にし、それを受け止めていくのだと私は考えるのである。


 今年も春三月の季節が巡ってくる。

 そのような奇妙な気持ちが、春のおとづれを間近にすると、私にも思い出されるのだろう。


 それはともかく、磯崎の堤防で声をかけてくれた、あの女性は一体何だったんだろうか……。



                                                   了

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