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月読戦記 特騎体Ⅱ  作者: アレス02
1/2

序幕 赤と写真と

 ―――もしもあの時この手を離さなければ。

 ―――もしもあの時この手を離していれば。

 ―――君は今も僕と笑えていたのだろうか。


 月が光り、雲が流れ、風が吹きすさぶ。

 神の加護なき大地、ティファレント・デイは今日も無情に時が流れていく。

 そしてそれはその中の小さな街であるビアンカも例外ではない。

 伝統的に高い建物のない街に、しかし高く差す影がある。

 その影は重装殻。古くから人と共にある人を助けるための鎧。

 だが、今は違った。

「そこの重装殻の装着者ー。おとなしく降りてきなさーい」

 衛兵長の慣習的な声が街中に木霊する。拡声器で歪んだ声は果たして重装殻に届いたか。

「うるへーバーロー!! どこで何しようと俺等の勝手らろー!!」

「いやだから。街中で重装殻を乗り回しちゃいかんて」

 飲酒装着。駄目絶対。というポスターが工事現場に貼られているが、それはともかく。

 酔っぱらいの重装殻の足取りはフラフラしていて非常に頼りない。すでによろけて壊れた家屋が数軒。これ以上は放置できそうにない。

 衛兵長の横に立った男が紫煙を吐き出す。黒いジャージに身を包んだ男――レッドは衛兵長に愚痴っぽく尋ねる。

「もういんじゃね。メンドイし」

「……そうか。そうだな」

 衛兵長は二回頷くとレッドの肩をポンと叩く。すると彼は待機状態の重装殻に向かいつつ、無線機に叫んだ。

「おーい、ブルー。聞こえっかー」

「はいはーい。聞こえるっすよ、センパイ」

「仕事だ。真面目にな」

 はーい、という軽薄な声を聞きつつ重装殻を装着するレッド。まあブルーはああ見えて仕事で手を抜いたことはないし、大丈夫だろう。多分。

 重装殻は巨大な鎧である。装着者の動きをトレースして騎体にフィードバックさせる。故にその機動にはクセがあるのが特徴だが、レッドは自分の手足のようにそれを動かす。

 そして酔っぱらい重装殻の前に立つレッドの重装殻。

「おいたが過ぎたなおっさん。今すぐ降りれば賠償金の額は比較的少なくて済むぜー」

 やる気なさげなレッドの説得は、しかし酔っぱらいの火に油を差す行為。

「あんだー?! てめ偉そうに!!」

 気づけばレッドの後ろにももう一騎重装殻がにじり寄る。ブルーではない、前にいるのと同系の作業用重装殻。

「アニジャ。やっちまおうぜ!」

「おう! オトートジャ」

「「行くぜ! クロスボンバー!!」」

 前後の重装殻が腕を横に突き出し突っ込んでくる。作業用らしい太い腕で敵を挟み込む必殺技。相手は死ぬ。

 ―――しかし、その技が完成することはなかった。

「……~~♪」

 街はずれからブルーが放った一発の銃弾。それは建物の隙間を抜け、レッドの後ろの重装殻の脚部を破壊した。

「お―――っ!!」

 それを見ていた前方の酔っぱらいの動揺をレッドは見逃さない。脚部に収納されていたナイフを両の手に取ると、

「―――っ!」

 一瞬即斬。四肢が切断された重装殻はそのまま地面に頭から滑り込んだ。

 そこにすかさず殺到する衛兵たち。それを見て嘆息すると、レッドは静かに重装殻を着脱する。

「いやー助かった。いつもすまんな」

「ま、人手不足だからな。お互いに」

 衛兵長がレッドに煙草を差し出す。それを遠慮なくもらいながらレッドは無線機のスイッチを入れた。

「おう。今終わった。イワは重装殻をいつものとこに。俺たちはこのまま事務所行くわ」

 そして忙しそうに部下に指示を飛ばす衛兵長にいつもの挨拶を。

「―――トイレ掃除から重装殻の片づけまで。今後ともどうか株式会社『翁の会』をご贔屓に」


 ということがあったのがほんの数日前。

 今薄暗い部屋で行われているのは、男女4人の狂騒劇。

 彼らの目つきは常軌を逸したそれであり、時折漏れるのは呪文めいた言葉のみ。

 そう。ここで行われているのは黒ミサ―――。

「ロン。リーチ、タンヤオの5200」

「やられた~……」

 ではなく只の麻雀だった。

 ここは『翁の会』南東支部・事務所の応接間。そこでジャラジャラと牌を掻きまわすのはやはりその社員である4人。

「やっぱツキは俺にあるってな。今日の晩飯は豪勢に行けそう~♪」

 一人はレッド。20代半ばの見た目からは想像できないが、この支部の最古参の一人である。生まれ持った強運で当たり牌を引き当てるタイプ。

「うかつだった~。イワの方ばかり気にしてた~……」

 そして青ツナギを着た男がブルー。そこそこ長いことレッドとコンビを組んでおり、仕事上では阿吽の呼吸。が、こういう場では逆に踏み台にされがち。役を覚えきってない、なんとなくで牌を揃える初心者タイプ。

『惜しかったです。今の国士待ちだったんですけどね』

 首からぶら下げたメッセージボードでそう言うのはイワザル。幼い頃の怪我が元で、喋ることができない少女。会社では専らパシリとして扱われる。勝つためならイカサマも辞さないタイプ。

「おいイワ。冗談は止せ。今のは数牌待ちだろ。多分五,六」

 最後の一人はこの支部の長であるレンガン。着込んだスーツがパツンパツンになる程の巨体で、同期のレッドからは『ゴリラ』とも呼ばれる。各自の当たり牌や得点を綿密に計算・コントロールして、最終的にトップに躍り出るタイプ。

 ちなみに4人ともヘビースモーカーなので煙いことこの上ない。しかし本人たちは気にせずに牌を並べなおす。

「……にしても最近重装殻関連の仕事多くねえか?」

「いや、それはすまんと思ってる。それチー」

『いちいち運ぶのも面倒なんですよ。私レッドさんたち専属じゃないんですけど』

「ま、仕方ないっしょ。あ、それポンで」

「でもなあ……」

 重装殻関連の仕事が増えるということは、重装殻の普及がそれだけ浸透したということだろう。

 しかしそれを取り締まるはずの衛兵隊の許容量を上回ってしまうのはどうなのか。これだから反帝国勢力とかが増えるんだっつーの。

 悶々としていく思いとは裏腹に揃っていく牌たち。そして、

「よし。リー―――ヂっ!!」

 声と共に沈み込むレッドの顔。しかしてその後ろで分厚いファイル片手に仁王立ちしてるのは、鬼の形相をしたこの支部の看板娘。

「~~っ! 手前え、フォトン!! いきなりぶつな! 許可をとれ、許可を!! あと殴るならチョップでお願いしますっ!?」

 抗議するレッドなどどこ吹く風。凄まじいオーラの笑顔で皆を睨むフォトン。その視線を受けて、レッド以外の三人はそそくさと卓を片付け始める。

「お前、もっと先輩に対する敬意とかはねえのか?! 今月5回目だぞ?! やる気のない新入社員でももう少し遠慮するってーの!!」

「昼間から遊びほうけてる人に敬意も敬いもありませんが、何か?」

 凄味のある笑顔と涙混じりのグヌヌ顔が睨みあう。今にもつかみ合いそうなので、まあまあまあと間を取り繕う三人。

「まったく支部長も支部長です。遊んでないで仕事してください、仕事」

「申し訳ない……」

 プンプンと怒るフォトンは可愛らしいが、意外とその腕力は侮れない。身を以ってそれを知ったレッドは、心の中で悪態を吐きながらも渡されたファイルに目を通す。

「……ふ~ん」

「あれ? これなんすか?」

「最近の……まあ色んな事件のファイル。フォトンにまとめてもらってたの」

 なるほどー、とアホ面で返す相棒に頷きつつ、とりあえずファイルを懐に入れる。

 そこでイワザルが窓を開けたことで、ようやく外の空気が室内に。気を取り直してそれぞれの机に座りなおす。

 『翁の会』南東支部は少数精鋭がウリである。なので常駐する社員も一桁しかいない。しかしその割には面倒な仕事が多く来るので、いつもてんてこ舞いなのである。

 そして今日の仕事もそうであった。

「……なんだ。仕事あったんだ。がっかり」

「今日は珍しくないのかと思ったっす」

「そんなことはあり得ません」

 そう断言するフォトンにビビる支部長が差し出すのは一束の書類。それは一見いつもと同じ依頼書だが、

「―――っ。これは……」

「? なんすか?」

「まあその、なんだ。そういうこと、らしい……」

 そこに書いてあったのは確かに依頼であった。この会社は基本的に何でも仕事を引き受けるのが特徴だが、これは流石に。

「……何かの間違いなんじゃないか?」

 依頼内容を見ようとするブルーをかわしつつ、支部長に尋ねるレッド。しかしその問いを返すのは我らが受付嬢。

「いいえ。正式な依頼です。それも本部から回ってきたものですよ」

「………」

「しかも前金ももらってます。前金ですよ、前金!?」

 いい笑顔で金マークを作るフォトンはさておき。

 本部から回ってきた依頼でいい目を見たことがないレッドは、露骨に嫌な顔をする。しかし一つ大きなため息を吐くと覚悟を決めた。

「……わあーったよ。やるよ、やります」

「あ。センパイがやるなら俺も」

 どのみち本部からの仕事に拒否権はない。ごねても時間の無駄だということを、レッドは嫌って言うほど知っていた。

「……よろしく頼む」

「あ。残業代はでないのでよろしく。領収書もちゃんと切っといてください。経費は必要最低限で。あとは―――」

 いつまでも続くフォトンの小言にうんざりしつつ、ブルーに書類を放り投げる。その一番上の書類にはこう書かれていた。

『依頼内容:セラーネ・デモニアスの殺害』


 一度ブルーと別れて自分のアパートに向かうレッド。

 今回の仕事は長丁場になりそうだ。それなりに準備しなければならない。

「でねぇ。うちの流しの水漏れがねえ」

「あー、おばちゃん。今度やるから、今度」

 大家のおばちゃんの世間話に適当に付き合いつつ階段を上る。築年数が相当長いのでいちいち音が鳴るのが何とも言えない。

 まあ贅沢は敵だしなー、と思いつつ自分の部屋に入る。

「ただいまー……」

 と言っても待ってる者は誰もいないのだが。読み終わった雑誌や重プラの空箱を蹴散らしながら手早く身支度を整える。

 ふと棚を見るとズラリと揃った重プラたち。

 ちなみに重プラとは巷で大人気の重装殻のプラモデルのことである。

うむ。今日も素晴らしいレイアウトだ。その出来に満足しつつ、大きめのバッグを肩にかけるレッド。

 そして部屋を出る前にちらりと机を見る。そこには作りかけの重プラと額に入った一枚の写真。

「……行ってきます」

 そう呟くように言うと、レッドは誰もいない部屋を後にした。



 続く

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