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彼の居場所と水面下で蠢く者



 先生に話を聞いてもらった私は、いい加減何か食べろとうったえるお腹を食事で満たした後、シャワーを浴びて床につきました。ベッドに入り、私の使い魔と刺繍されたハンカチを握りしめ、ワクワクした気持ちでこれからどうしようか考えます。


 明日は魔石図書館に行って、魔物図鑑とダンジョンの情報魔石貸りよっと。それで今彼が何処にいるか探すんだ。


 魔石図書館とは、この学園が誇る情報魔石図書館のことです。あらゆるジャンルの情報が書き込まれた魔石が箱に納められ、棚に並べられてます。腕輪にはめ込まれたステータス魔石を外し、情報が書き込まれた魔石をはめ込み魔力を流す。するとステータス画面と同じように目の前に現れ読むことができます。もちろん紙でできた本もあるけど、魔石に書き込まれた情報量は本と比べて膨大にあります。

 魔石に書き込み閲覧できる発明のおかげで紙の消費が無くなりとっても自然に優しくなりました。魔石の質にもよりますが、本何十冊分の量が書き込まれているものもあり、貸出期間内にすべて読むのが難しいのもあります。まぁ大抵は辞典などですが。


 でも明日からは進路を何にするか決めるって言ってたなぁ。すぐに探しに行きたいんだけどな。本当だったら今頃使い魔と一緒に戦いの訓練一緒にしようねって話してたのかな。

 そ、そういえば使い魔は基本同室か外で好きな場所に住むんだよね。か、彼はどこに住みたいって言うかな。


 顔が急に熱くなってさらに鼻の奥もツンとしてきました。もしも一緒に住みたいって言われてその後に……


 「やーん、迫られたら断れないよぅ」


 ゴロゴロ、ゴロゴロ……


 ハァ ハァ そ、それより他の進路は魔法の訓練に、武器を扱う戦闘訓練に、魔法石の製造や研究か。


 夕方まで寝ては起きてを繰り返したせいで全く眠気が来ない。でも今は使い魔召喚成功と分かって、明日からどうするかをあれやこれや考えるのが楽しくてしょうがなかった。ハンカチを無い胸にギュッと握りしめ、ベッドの上でコロコロ転がる。

 今は眼帯をつけていないから楽しげな、時々煩悩を含んだピンクなオーラが動きに合わせてユラユラと漂っていた。


 魔法石の製造や研究にして彼にプレゼントするステータス魔石を造ろう。店で売られてる基本的で味気ないものより全部手造りのほうがきっと喜んでくれるはず。文字も全て私の筆記体にしよう。はうー、全ての文字を書き込まなきゃいけないからきっと大変だなぁ、でもこれぐらいのこと使い魔の為なら頑張れる。あ、あと一番大事なのは壁紙だよね。白い背景じゃつまらないし、一目で私と彼のものだって分かるようにしよう。そうすると彼の名前が読めないのが悲しいなぁ。他には……


 やりたいことを全て詰め込むとかなり純度の高い魔石が必要になります。それも冒険者ギルドで依頼を受けて頑張ってお金を稼ごうと思いました。


 そんな事を考えながら転がっていたらいつの間にか私は眠りについていました。


 



 『ぐぁあ』


 それに気づいたのは、彼の左目が傷つけられた瞬間だった。


 「これは……夢? 」


 目の前では緑色をしたトカゲ種のような魔物。それに向かって我武者羅に剣を振るう彼の姿。

 何度も攻撃されボロボロの彼、状況についていけない私。ついにトカゲが口を開け、尾っぽを天井に向けてピンと立たせる。

 彼に向けられる攻撃的な色はもはやこの細い通路を埋め尽くす大きさ。


 「だめぇ、はやく逃げて! 」


 彼に通じたのかは分からないけど、くるりと反転し、後ろの広場にすごいスピードで走り出した。


 「うそ」


 その速さにも驚いたけどその広場に待ち構える者を見て愕然とした。ソードウルフ、知ってる、1体の強さはDランクだけど群れで行動するから依頼ではCランクになる。

 頭がよく、力強く動きも速い。B、Cランクの熟練冒険者がパーティーを組んで何とか死人を出さずに倒せるという魔物。仕事に慣れてきたころの冒険者が改めてこの仕事は危険なんだと再確認させてくれると有名な魔物、さらに何故か倒してもあまり経験値が入らないという嫌われた魔物なのだ。


 「そんな、無理よこんなの」


 そんな彼に2体のウルフが跳びかかる絶望的な光景、さらに後ろからトカゲの魔法が発動される。


 「これは、エアハンマー! 伏せてぇ! 」


 エアハンマー、風属性の中級魔法。風を圧縮し、大砲のように撃ち出す魔法。直撃すればバラバラにされてしまう。

 それをどうやって感知したのか彼はとっさに地に伏せてやり過ごし、跳びかかっていたウルフ2体に直撃し息絶えた。


 「すごい……ねぇ、私の声聞こえてるの? ねぇってば! 」


 二度叫んだ通りに動いてくれたことから聞こえてるのかもと話しかけるが、どうも聞こえていないのか立ち上がった後、後ろのトカゲに向かって「お、覚えとれよーー! 」 と叫び広場を突っ切っていく。


 そこに待ち受けていたウルフ達が一斉に彼に襲い掛かっていくが、ボロボロになりながらも彼はすごいスピードで避けては捌いていく。でも敵もDランクの魔物、次々と彼に斬りつけ彼をさらにボロボロにしていく。


 「やめて、やめてよぉ! ファイアアロー! 」


 彼に跳びかかる1体に向かって手を伸ばし押しのけようとするも体がすり抜けてしまう。それなら魔法はどうかと炎の矢を放ってもすり抜けた。彼に全方位から向けられる攻撃色。それを紙一重で避けていくが致命傷では無いというだけで傷を増やしていく。


 「何とか、何とかしなきゃ、えーと、えーと……やみ、『闇よ、彼の者たちの視界を覆い尽くせ! ブラックアウト! 」


 忌避していた扱える数少ない闇の魔法を発動し、黒い靄がウルフ達の視界を覆い始める。でもそんなものは関係ないと言わんばかりに彼に攻撃を続けた。


 「どうしてよ、ヒック、いやぁ、もうやめてぇ」


 涙でぐちゃぐちゃになりながら立ちふさがり、駄々っ子のようにぽかぽかと殴るけどそれをすり抜け彼が傷ついていった。

 それでも彼は必死の形相で捌き続け、とうとう細い通路にたどり着いた。どうやらここにはウルフは来ないみたい。


 とうとう力が尽きたのか彼は倒れてしまった。


『ハァ ハァ ハァ ハァ……ハァ、ぅ、ぅああ……』


 彼に恐る恐る寄り添い大きい背中をさすろうとするがすり抜けてしまう。私は彼を慰めることもできない、その事実にまた新たな涙が込み上げてきた。


 私は何を浮かれていたのだろう、彼が使い魔と分かっていても傍で助けることもできない。出てきたら自作のステータス魔石を造ってあげる? 今まさに必要なのに何を言ってるの私は。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 私は只々謝ることしかできなかった……







 …

 ……ょーぅ」

 ………「お嬢ーーーーーーう!! 」


 「ごめんなさい! 」


 ガバッと布団を跳ね除け目を覚ますと窓の外からは朝日が差し込んでいた。

窓の外からは毎朝の名物になっているシルビアさんを起こそうと叫んでいるシャン君の声が聞こえる。


 「ハァハァ、朝……」


 寝起きのせいで頭がよく働かない、さっきまで見ていた夢が遠ざかる感覚がする。

 でも手に強く握りしめていたハンカチを見てすぐに鮮明に思い出した。


 「ふぐぅ、ごめんなざい、ごべんなざいぃ」


 今、彼は訳も分からず突然生きるか死ぬかの状況に突き落とされているのだ。

その事に改めて気づかされた。それなのに私は使い魔召喚に成功した事に喜びはしゃいでいたのだ。今この瞬間にも彼が傷つき血を流しているというのに。

彼の居場所は分からないし、助けることもできない。何かできることはないかと

ハンカチを顔に押し付け聞こえない彼に謝る。意味のない行為だけどどうしようもない想いでそうすることしかできなかった。



 『彼はどこかの洞窟で戦っているといいましたね?未契約とはいえユアナさんのテンションが影響を与えないとは言えませんね。だからユアナさんは彼が最高のコンディションで居られるために元気でなければなりませんね』


 ふと昨日のバーバラ先生との会話を思い出した。そうだ、今私にできるのは元気であり続けること。

 もう、泣かないから……元気でいるからどうか、どうか


 「死なないで」


 暗い視界のなかでは、彼の弱々しいオーラの残照だけが漂っていた。







  


 ひとしきり泣いた後自分に気合を入れ、私は制服に着替え眼帯をつけ魔女帽をかぶり食堂に向かう。こういう時も魔女帽は役に立つのだろう、涙で泣きはらした顔を見られないで済むよう目深に被っていた。廊下を歩く途中も窓の外からシャン君の声が響いてきます。シルビアさんは朝に弱くなかなか起きないようだ。

 でも私にはそんな事どうでもよく静かに気合を入れ続けます。


 (元気に! 元気に! )フンス! フンス!


 そうやって歩いてると廊下の向こうからバーバラ先生が歩いてきました。


 「おはようございますユアナさん」


 「……おはようございます」

 

 慌てていつものクールな表情を作り上げる。


 「シルビアさんにも困ったものですね、このままだとシャン君の喉が潰れてしまいます」


 「はぁ」


 起きないシルビアさんを起こしに行くのだろうか、でも私には彼のことで頭が一杯でどうでもいいことでした。

 私は気のない返事をしてそのまますれ違い、食堂に向かった。


 そして食堂が見えてくるあたりで一度立ち止まり、再びフンスッと密かに

気合を入れ入室した。食堂は女子寮の1階にあり100人は余裕で食事がとれるほどの広さです。

 

 楽しく談笑していた女生徒たちが私が食堂に入った途端に静かになり、その後こちらを見ながら隣の子とヒソヒソ話してはクスクスと笑いあう。所々で見えるその光景を無視し、如何に気にしていない風情を装い背筋を伸ばして歩く。食事はビュッフェ形式になっており、その端に女生徒の為に情報石が10個ほど置いてあります。

 それはサザンフォート王国や世界中のニュースが無料で読める魔石です。昔は沢山の魔石が週に1度更新されては置かれてましたが、女生徒たちは談笑に忙しいのか利用者が少なく10個になったそうです。


 私はパンにコーンスープにカリカリベーコンとサラダ、そして少しでも情報が欲しいので魔石を取って食堂の隅、私の定位置になっている入り口近く、朝日の届かないテーブルに向かい食事をとります。


 何か、ダンジョンに関しての情報は……


 腕輪からステータス魔石を外し、情報石をはめ込み魔力を通す。すると目の前に半透明な画面が浮かび上がりここ1週間のニュースが出てきました。

 内容は、どこかの貴族様が結婚するだの、新種の黒い魔物が出現しただの、映写魔石を使って撮られた今週一番綺麗な庭の花壇が映し出されていたり、今週の占いに、今話題のキマシーネ歌劇団の演劇の告知。様々なニュースが画像と文章で表示されます。


 お行儀が悪いですが片手にパンを持ちモキュモキュと食事しながらダンジョンに関係したニュースはないかとスクロールバーを流していきます。

 するとそれなりに有名なのかある冒険者がSクラス昇級試験を受けることや、このダンジョンではこの魔物が危険だなどの項目が出てきたから見落としがないよう集中して読んでいきます。


 そんな姿を遠目に見ていた他の女生徒たちは相変わらず此方を見ては隣の子とクスクス笑っています。普段の私なら無表情を装いながらも内心寂しい思いでしたが、今は全く気にならないくらいに集中していました。

 

 すると廊下のほうから。


 「……ォーホッホッホ!オーホッホッホ!」


 と、高笑いを上げながらズダダダダと走ってくるのが聞こえてきた。他の女生徒は珍しく早く起きてきたことに驚いていたけど私は朝から一気に憂鬱になってしまいます。ッハ! いけないいけない、元気に元気に!


 とうとう食堂にたどり着いた人は


 「んみなさんごきげんよーーーーう!」


 何やら急いで起きてきたのか髪は少しボサボサなシルビアさんが仁王立ちで挨拶して入ってきました。


 「皆さん楽しそうに談笑しておられますわねぇ、……いったい何のお話をしていたんですの?」


 シーン……


 「?」


 私は入り口近くの席でシルビアさんの背中を見る形なのですがなぜだろう? 何のお話か聞いた途端女生徒たちは黙り込み目を逸らしていました。

 なんだろう? そんな彼女たちを見渡した後突然ぐるりと此方を向きました。


 「あらぁ、そこに居ましたのねユアナさんごきげんよう。一昨日ぶりですわね! 朝食ご一緒してもよろしいかしら? 」


 嫌だと言っても聞かないだろうシルビアさんは食事をお皿にとり私の向かいに座ってきました。うわぁ来たぁ……。


 「改めましてごきげんよう」


 ニッコニコとした顔で私を見てくる。


 「……ごきげんよう」


 挨拶しなければいつまでも返してくるのを待つので挨拶をする。早々に立ち去りたい気分ですが相手は侯爵の娘、ぞんざいにしすぎると後が怖いのでいつものように無表情で聞き流しておけばいいやと思いニュースに目を移しました。


 「今朝は随分と食べるのですね、いつもはカーフィしか飲まないのに、さてはその貧相なお胸に栄養をとるためですの?」


 「……」


 人が気にしていることをシルビアさんはグイッと自分の巨大な胸を見せつけるかのように話してきますが無視無視。頬を引き攣らせながらニュースを見ます。


 「今日もいい天気ですわね、こんな日は闘技場で思い切り魔法を放ちたい気分ですわぁ」


 「……モキュモキュ(ベーコンおいしい!)」


 それからも他愛もないことを延々と話しかけてきました。キマシーネ歌劇団の演劇一緒に観に行ってもよくってよだの、周りの女生徒の会話から拾ったのか、15歳組に編入生が入ってくること。身長も高くイケメンだとか本人も興味無いだろうことまで絶え間なく話しかけてきます。


 それを無視しつつ食事をしながらニュースを見ているとダンジョンとは関係のない項目に興味が湧きました。


『盲目お婆さん占い師倒れ入院』


 学園に入る前に一度占ってもらったのを思い出しました。盲目と聞いて私の容姿を見られないという理由からです。

 魔族と思われている理由は何も闇属性と赤い目のオッドアイだけではありません。この漆黒のような黒髪からもそう思われています。

 町中に黒髪の人が居ないというわけではありません。ですが私のような、まるで闇のような漆黒の髪の人は居ないのです。

 だからこのお婆さんには見られることはないだろうと安心して占いをしてもらいました。内容はただ一つ、使い魔の召喚がうまくいくかどうかです。

 

 返ってきた言葉は一言「信じなさい」でした。思わずズッコケてしまいそうになりましたがお金はいらないと言われ何か世間話をしたのを覚えています。

 普段他人と会話らしい会話をしない私はお母さんの次に沢山話したのはこのお婆さんだったのです。

 だからこの項目を見たとき、あ、あのお婆さんだと確信しました。


 お婆さんはかなり高齢で盲目、黒いフード付きローブを着ており街角で小さな椅子とテーブルを出して占いをしている。机に水晶玉を置き見るからに怪しい姿をしているが実際には人当たりが良い。だが占の的中率は正直当たらない。

 

 悩みを親身になって聞いてくれるし他愛のない世間話もしてくれる。昔()れてすさんでいた青年を諭し、親身になって話を聞いてあげました。

 その青年は大商人にまで出世したという。そんな事実があるためこの国ではかなり有名な人だ。本人もどちらかというと占いより色々な人と話すのが楽しいという人のようだ。

 残念ながら占は当たらないが。


 その人が昨日突然豹変したのだという。一人水晶に集中していると思ったら突然立ち上がり騒ぎだし何事かを喚き散らした後気を失い病院に運ばれたという。 このサザンフォートの町中で有名で人気のあるお婆さんが入院し、しばらく占ができないこと。お見舞いは遠慮してほしいことなどが書いてあった。


 どんなことを喚き散らしていたのかは終始書いていなかった。


 「あら、それを読んでいらしたの?」


 いつの間にか隣に回り込んでいたシルビアさんが私が見ていた記事を覗き込んできました。


 「まだ情報石はあります、それを見てはいかがですか?」


 「いいじゃありませんの減るものじゃなしに」


 「私の魔力が減って「そんな事よりお婆さんが言った事気になりませんこと?」


 肩がぶつかるほどグイグイくる上に人の話を遮って私の腕を掴んで画面を自分にも見えやすいように向けてきます、腕痛い……


 「知りたいでしょう?知りたいわよねぇ、ワタクシ実は昨日使い魔の登録でギルドに向かいましたの。その途中にお婆さんが居たのですわ」


 「別にいいで「ワタクシがお婆さんの前を通った時……」


 人の話も聞かずに語りだしました、ほんと元気な人だなぁ。話の内容はこんなことだった。

 何やら必死に震える手を水晶にかざしぶつぶつと呟いていたお婆さん。すると突然椅子から立ち上がり大声で、


 「あああああぁぁぁああう、死がぁあ! 黒い死が迫ってくるぅう! 世界が死に染まってゆく! もう、もうおしまいじゃぁあ! 」


 突然の豹変に近くまで来ていたシルビアさんの手を掴み体を震わせながら、


 「逃げるんじゃぁ、いや逃げ場などない、あぁ、あぁぁ……」


 涙をボロボロ流すお婆さんに通りかかった人たちとシルビアさんは突然の奇行にどうすればいいか分からず見守ることしかできなかったという。

 すると急に震えがピタリと止まり、先ほどまでとは打って変わってどこかホッとした落ち着いた顔になり、


 「おぉ、おおぉ、……神竜様」


 と呟いた後気を失ったのだという。


 「そしてワタクシがお婆さんを病院へ連れていったのですわ」


 と、病院へ連れていき後から連絡を聞いて駆け付けたお孫さんにとても感謝されたこと、お礼がしたいと言われても人として当然のことをしたまでですわーとそのまま帰って行ったワタクシはなんてクールなのかしらさぁ褒めなさい褒め称えなさぁい。

 などと隣で喚いてるシルビアさんはとうとうお婆さんが喚いていた内容にはちょっと何言ってるのか分かんないと言って早々に終わらせた。

 お婆さんの占いは会話を楽しむオマケ程度で当たらないので有名です。しかも最近では高齢なせいかボケてきていたという話も噂に聞いていました。これでは誰も信じないのではないだろうか。


 ふと気になり私は画面をスクロールして先ほど目に入った項目を探す。えっと確か、あった。


 『新種の黒い魔物が出現した』


 この項目を流し読みしてみると、国境沿いの村の森に黒い影が目撃されたこと。新種の魔物か、覚醒種の可能性がある為注意ということが書かれていた。覚醒種とはレベルに関係なくある条件を満たした時、種として覚醒することがある。

 例に挙げれば人間種では男性限定で、ある条件を満たした者が30歳になった時に大魔導士の称号を得て覚醒し、魔力値が2倍になります。

 たとえ魔法の素質が無くても覚醒します。だがどのような条件なのか分かりません。大魔導士となった男性たちは何故か必死でその条件を隠しています。何故でしょう?

 他にも様々な覚醒があるし、まだ未知のものもあります。


 思考が逸れました、この項目とお婆さんの占いと照らし合わせると共通点はただ黒という部分だけ。もしかしてこの魔物のことを言っているのかな?


 まさか……ね


 「そんな事よりユアナさん、召喚を失敗したにも関わらず随分元気そうですわね」


 ピクッ


 「あなたも成功すれば模擬戦を申し込もうと思っておりましたが無理ですわよね!なんて言ったってレベルが違いすぎますもの、ワタクシのフェニックスの力見せて差し上げたかったのですが勝敗なんて火を見るよりも明らかですわねオーッホッホッホ!」


 私を見て思った以上に元気そうに見えたのか使い魔の話を嬉々として話してくる。私が本当に失敗していたら触れられたくもない傷を抉ってくるような内容です、本当にデリカシーの無い人です。今はただここに彼が居ないというだけで成功はしています。そのことがあるので傷つくことはありませんが鬱陶しいことには変わりありません。


 「これからはどんな専攻にいたしますの?なんだったら将来ワタクシのメイドにしてさしあげてもよくってよ」


 「ごちそうさま」


 メイドなどと言われバカらしくなり空になった食器を片づけ食堂から出てゆきます。「ちょっとお待ちなさいな」とシルビアさんが追いかけてきます。

 学園へ向かう道すがらフェニックスの素晴らしさを語ってきます。魔力の大きさや美しいフォルム。性格に少々難ありまど楽しそうに話してきます。

 模擬戦をするつもりはありませんが楽しそうに話す彼女を見て早く彼に会いたい、探しに行きたいという気持ちがそのまま歩く速度に現れ早歩きになってしまいます。


 早歩きのまま学園の廊下を曲がったとき誰かにぶつかってしまいました。

ドンとぶつかった衝撃でかぶっていた帽子が落ち漆黒の黒髪と眼帯姿が晒されてしまう。


 「大丈夫だった?」


 その人はすらりと背が高く目にかかるほどのサラリとした金髪の青年で、ひょいと帽子を拾って爽やかな笑顔で渡してくれました。


 「あ、ありがとう」


 「……へぇ」


 なんだろう、お礼を言った後じっとこっちを見つめて、へぇなんて。


 「失礼します」


 全身を嘗め回されるような視線に寒気を覚え耐えきれなくなり早々に立ち去りました。

 思い出しただけで鳥肌が立つ。だから必死で夢に見た彼の姿を思い出します。どうせなら彼に嘗め回されるように見られたい。

 妄想しただけで顔が熱くなりさっきまで感じていた寒気も消えました。我ながらなんという妄想をしてしまったのか、はぁ兎に角早く会いたい。


 「さっきの彼15歳組の編入生ですわね、イケメンと聞いてましたが少し背が高いぐらいでヒョロヒョロでしたわね。やはり男性はガッチリした方ですわよね~」


 「どうでもいいです」


 彼の妄想中に後ろのシルビアさんが現実に引き戻してきました。まぁガッチリの所は同感ですがさっきの人はどうでもいいです。

 黒髪からまた魔族かなどと思われるかもしれませんが本当にどうでもいい。兎に角ダンジョンの情報が欲しい。

 

 教室に着くと先に来ていた生徒たちが此方をみて少しざわついたけど気にせず自分の席に着き時間が過ぎるのをひたすら待ちます。


 (はぁ、早く始まって終わらないかなぁ、放課後は魔石図書館で情報を集めよう。いや、それよりもギルドに行って何か情報が無いか聞きに行こうかな)


 確か今日はこれから主に学ぶジャンルを決める日だった。やはり彼の為にステータス魔石と顕現石を手造りで送りたいから補助科にしよう。


 そんな事を考えていたらクラスメートの男子生徒から気になる会話が耳に入ってきた。


 「昨日姉さんが言ってたんだけどアルフェルドダンジョンの入り口に結界が張られてたんだってさ」


 「え!? あのダンジョンにか? じゃあ誰か召喚士が挑戦しに行ったのか?」


 「いや、どうも申請はされてないらしいんだ、そもそも最上級の召喚士でも国から許可貰わない限り行ちゃいけないんだよね? 申請しただけで話題になるのに何の前触れもなく結界張られてたんだ。たぶん英雄になりたがりか」


 「自殺希望かな?」


 「かもね、やだやだ、自殺するにしても最高難易度ダンジョンですら簡単に感じるダンジョンで自殺とか考えたくもないよ」


 「違いない、ハハハハ」


 そんな話を聞いて私は男子生徒に思わず話しかけてしまった。


 「今どこのダンジョンと言いました? その話は本当なのですか?」


 私はこの学園に入ってから自分から生徒に話しかけたことがない。あまりにも珍しい光景にクラスの人たちは全員驚いた顔で私を見ていた。

 でも私にはそんな事に気づかず男子生徒に顔を近づけ懇願するように問いかける。


 「アルフェルドと言いましたか? その情報はどこから?」


 顔を間近にまで迫られた男子生徒は驚いた後顔を逸らし話した。ユアナは怖がられたと後で思ったが男子生徒は愛らしい顔が上目づかいで見つめてきて照れてしまっただけなのだが。


 「あ、ああ、僕の姉さんがサザンフォートの南東のスリング領でギルドの受付やってるんだけど。どうもアルフェルドダンジョンの入り口に巡回しに行った人から報告があったみたいなんだ。」


 その巡回の人は毎日ダンジョンの入り口を見に行くのだという。すると挑戦者が入らない限り張られることのない結界が張られていたこと。

 あと何故か結界の向こう側の通路が瓦礫で埋まっていたことを彼の姉から通話石で連絡があったという。


 「王都のギルドで母さんが受付主任やっててさ、誰か挑戦した人の情報は無いかって聞いてきたんだ」


 (そんな、まさか……)


 フラリと思わずよろめいてしまう。


 「ユ、ユアナさん大丈夫ですの?」


 シルビアさんの声も届かない。そんなはずない、彼がそんな所に行ってるはずがない。

 でも、もしも、あんなところに行っていたら。


 居ても立っても居られない、思わず教室から飛び出し他の生徒の目も気にせず自分の部屋へ走った。

 とてもじゃないけど授業なんて受けていられない。もつれそうになった足を何とか動かし寮へ戻り自分の部屋に入った。


 「ハァ ハァ」



 アルフェルドダンジョン


 かつて竜族でありこのサザンフォートの王、テネス・マリー・サザンフォートが倒しきれずに邪竜アルフェルドを封印した場所。

 テネス王がその身を犠牲にしてサザンフォートの東にある広大な山脈内に封印した。

 そしてテネス王は封印する直前に言ったという。


 「この邪竜は我らの手に余る。異界より召喚した者と力を合わせいつの日かアルフェルドを討つのだ」


 その言葉を最後にテネス王はその山脈内の洞窟の最奥に封印し、今もアルフェルドを力で抑えながら眠っているという。 

 山脈内は元々高難易度のダンジョンであった。だが邪竜アルフェルドを封印したことにより完全には封印しきれなかった魔力が漏れ出し、ダンジョン内の魔物に影響を与え狂暴化したのではないかという。おかげで他にないほどの難易度のダンジョンとなったのである。


 封印される前から召喚の儀式はあった。でも封印後はアルフェルド討伐のため召喚に力を入れている。

 魔法の才がある若者を学園に集め召喚を行っているのはこのためだと言っても過言じゃありません。

 強い力を持って呼び出された召喚獣を持った召喚士は国中に喜ばれる。その代りいつの日かアルフェルドダンジョンに挑戦しなければならないという重すぎる責任も付いてくるのだ。


 そしてアルフェルドが封印されて300年経った今、誰も討つことはできないでいる。入り口はどこにでもある洞窟の入り口になっている。

 だが一度入ると自動で結界が張られるのだ。その結界は内外からどれだけ魔法や物理的な攻撃でも消えることは無い。

 その結界を解く方法は二つだろうと言われている。一つはアルフェルドを討伐すること。そしてもう一つは力尽き死ぬこと。

 

 だろうというのは挑戦者が入れば結界が張られることからアルフェルドが生きてると思われること。そしてもう一つはある日結界が消えても挑戦者が出てこないこと。死体を調べたいとは思うが、中に入った途端挑戦者とみなされ結界が張られる。だから誰も確認に行けないのだ。

 

 未だかつてアルフェルドの姿どころかダンジョン内の情報すら分からない。それが300年あり続けたおかげでこの世で一番難易度の高いダンジョンなったのだ。


 そんなダンジョンに彼が居るかもしれない。しかもステータス魔石や顕現石無しどころか装備すら満足に無い状態で。



 「ハァ ハァ ハァ ハァ」


 頭がおかしくなりそう、この息は走ってきたせいで切れてるのかどうかすら分からない。この瞳からボロボロ落ちている滴は何なのかすら分からない。自分は今立っているのか?座っているのか?


 「う、あ、アア……」


 彼は装備どころかこの世界の知識すら無い。魔法という概念さえ無いのではないだろうか。この国の最高峰の召喚士ですら忌避しているダンジョンに居るかもしれない。でも確証は無い、でも、


 もし居たら?


 「イヤァアアアアアアア」


 気が遠くなる気がして私はそのまま遠のく意識に抗えずその身を任せた。











 学園の校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を一人の青年が歩いている。他の生徒の前では微笑み、爽やかな好青年の顔をしていた。

 だが今は口角を吊り上げ何とも嫌らしい笑みを浮かべ歩いていた。


 ふと外に気配を感じ言葉を投げかけた。


 「ライラか?」


 「はっ!若様、ライラでございます」


 渡り廊下の外、姿は見せず茂みの中から若い女性の声だけが響いてくる。


 「うまく入り込めましたね」


 「ああ、これから1年周りの人間どもと過ごさなければならないと思うと憂鬱になりそうだ」


 「若様自身がこの様な所に来なくとも、他の者でもよかったのでは?」


 「俺だからこそ意味がある。他の者に任せてたまるか」


 (そう、1年後の召喚の儀を必ず成功して見せる!)


 口角を吊り上げさらに嫌らしい笑みへと変わる。


 (ああ、あの全てを蔑んで笑う若様のお顔……ステキ!)


 青年はふと振り返り先ほどぶつかった少女を思い出す。


 「さっきぶつかった女「殺しますか?」待て待て! いきなりだなお前は、いきなり騒ぎを起こしてどうする」


 「(私の)若様に触れたメスは万死に値します!」


 「落ち着け、それより召喚の間は見つけたか?」


 「見つけました、ですがかなり強力な封印の魔法が掛けられています、解くには長く見積もっても半年はかかるかもしれません」


 「十分だ、召喚は1年後だからな、最悪召喚に成功すれば召喚陣などに用は無い」


 召喚陣はこの学園にただ一つ存在し門外不出であり人間だけが独り占めしている。ヤツ(・・)の言うことが確かならば、魔法の才がある者は種族関係なく召喚できるらしい。


 「クックック、1年後が楽しみだ!」


 笑いながら青年は渡り廊下を歩いていく。そしてやはり気になるのか先ほどの少女を思い出す。


 (人間にしては変わった魔力を感じた。漆黒の髪といい珍しい、まぁ……俺には関係ないか)


 そのまま青年は15歳組のクラスへと向かっていった。

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