ラストバトル 捨て身
短いです。
アルフェルドの右手が振り下ろされ、自分を殺す爪が目前まで迫る。
ギュッと目を閉じ、間もなく来るだろう衝撃と痛みに恐怖した。しかし、いくら待ってもその衝撃が来ない。
「ガフッ!」
衝撃が来ないことを不思議に思っていたら、何かを吐き出す声と身に降りかかる生暖かい感触がした。不思議に思いゆっくりと目を向ける。
「!?……そ、そんな」
そこにはさっきまで魔物の壁の向こうで戦っていたはずの小太がこちらを向いて立っていた。私とカイを守る様に。
体中は傷だらけで血に染まっていた。随分と厳しい戦いだったことが伺える。しかしその中で、目を疑う、最も信じたくないものが目の前にあった。
小太の胸から、巨大な爪が生えていた。
それはアルフェルドが私たちに止めを刺そうとしていた一撃。それを小太は身を挺して防いでいたのだ。
「あ……が、ご……ゴメ……んな。外に……だせ……なくて……」
呼吸すらままならないのだろう、途切れ途切れに。
「ゴメン……な」
謝ってくる。
「し、小太、嘘じゃ、しょうたぁあ!?」
「オジチャ!?」
名を叫ぶことしかできない。
「ば、バカな!?」
小太を貫いたアルフェルドでさえ驚愕している。しかし、やがてつまらないというように投げ捨てた。
小太の体は地面を転がり、やがて壁にもたれかかる様に激突し止まった。
「フ、フン! つまらん。この二人を殺して悔しがる貴様を見て楽しみながら屠りたかったものを。自分より弱きものなど守って命を落とすとは、バカなやつよ」
アルフェルドは小太を見るが、もはやピクリとも動かない。
「だがこれで漸くこやつと同化できる、我は更に強くなれるのだ! ハハハハハ!」
私はアルフェルドの声が耳に入らない。小太からあれほど強く発せられていたオーラを感じない。あれほど傍に居るという安心感を感じない。遠目に見える、壁にもたれかかる様にうなだれているあの人型は本当に小太なのか?
「小太? 嘘であろ? また戦っておる最中にも拘わらず冗談言いながら立ち上がるのであろ?……ほれ……はよう! グス、はよう起きてたも」
「オジチャ」
カイが小太の元へ駆けていく。その後を私もズルズルと体を引きずりながら後を追う。やがて辿り着いたカイは恐る恐る顔を舐めながら必死に呼びかける。
「オジチャ、起きてよ、オジチャ」
どれだけ呼びかけても見開いた目はカイを見てはくれない。吹き飛ばされた時に腕輪をぶつけたのか、バチバチといわせながらステータス画面が点滅していた。
「もはや貴様らなど我が手をかけるまでもない」
アルフェルドは顕現した魔物たちを仰ぎ見る。最初に出した時から減っていないように見える軍団。
「一体も倒さず突破できるものか? まぁどうでもいい」
顕現された魔物は本来、一度命令を遂行すれば魂となり天へと帰るもの。しかしネクロマンサーの能力は魂を操ることができると言っていた。更にここは結界に密閉されたダンジョン。そのせいで逃げ場のない魂はさらに操りやすいということなのだろう。
「コロセ」
アルフェルドは私たちを見ながら無情に呟いた。体を引きずりながらもようやく小太のもとに辿り着いた私はその言葉を耳にし、振り返る。
アルフェルドがこちらを見下ろす。そしてその後ろから壁となって押し寄せてくる魔物たち。もはや抗う気力も失せた。
私は体でカイと小太を優しく包む。
「ゴメンねカイ。ゴメンね小太。ゴメンね……」
他に言葉が浮かばない。もっとかけてあげたい言葉があるはずなのに何も浮かばない。
「カアチャ……オジチャ……」
カイは私と小太の間に入り込む。1歳になったばかりの子をこのような目に合わせてしまった自分を恥じ、涙が絶え間なく流れる。
(ゴメンなさい、おまえ様……いま一度、おまえ様のお顔を見たかった……)
津波の様に押し寄せてくる魔物。その光景をただただ涙を流して見据えることしかできなかった。