希望の輝き
小太とライエルが最後の戦いに挑み奮戦している頃、サザンフォート王国の滅びは秒読み段階となっていた。
国庫は底をつき、生き残った都市へ運ぶ物資は無くなり、あとは手持ちの物資で切り抜けるのみ。
王都や各都市では結界魔法の媒体となる魔石を節約するため、結界範囲を縮小することで延命措置をとらなければならない状況まで追い詰められていた。もはや数日の内に、この状況を覆すほどの奇跡がおきない限り、人族に生き残る術はない。
王都の街は中心に城があり、その近くに結界の媒体となる巨大な魔石がある。そして城を囲むように裕福な者たちが住む貴族街。貴族街を囲むように平民街と広がっており、その全てを城壁が囲み、町全体を護っている。
今では城壁の外まで張られていた結界を貴族街まで縮小している。では外側の平民街の住民は見捨てたのかというとそういうわけではない。
縮小する旨を王都中に設置している放送魔石により全ての人々に伝え、数時間の猶予を避難に当てた。
人々は衛兵たちの指示に従い、貴族街へと逃れ、貴族の屋敷や、城の広大な地下室。本来ならば囚人を収容する独房。そして皮肉にも空になった国庫を納めていた倉庫に避難させていった。
たった数時間の猶予しかない。そう告げられた民たちはパニックに陥り、我先にと中心へと押し寄せ、その弊害から迷子やケガをする者が続出していった。
避難民に対して民を誘導する衛兵の数は少ない。全ての民を捌くなど無理があった。
いくら希望があるとはいえ、今自分たちを護る結界が縮小されると知り、パニックに陥るのは仕方のない事だろう。
せめて縮小するまでの猶予が1日あれば変わったのかもしれない。しかし、魔石を管理する者たちも正常な計測ができないほど疲れ切っていたのだ。
城壁の外側で奮戦していた召喚士や魔法士達の消耗も激しく。押し寄せる黒い魔物との長く苦しい戦いに、隙を見せた者が何人も取り込まれるという事が相次いでいた。
1年前、黒い魔物の目撃情報があった時に動いていれば。防戦一方になる前に、原因を掴むことができていたならばこんな状況にはならなかったかもしれない。
そんな後悔をしてももう遅い。長く続いたこのサザンフォート王国がこのままでは滅びを迎えてしまう。
この国を治める女王陛下は自分の不甲斐なさを嘆き、一人涙を流したという。
ユアナの居るイースネルでも結界魔法の範囲は縮小され、避難民たちは中心へと避難していく。しかしその行動は王都や各都市と違う様相を呈していた。
民たちはパニックには陥らず落ち着いた様子で行動し、衛兵たちの指示に従い行動している。
城壁の外で戦う者たちの士気は依然と高く、憔悴はしているものの諦めるという様相を浮かべるものは一人としていなかった。
長く苦しい戦いが続き、間もなく召喚の儀が行われるとはいえ決定的な打開策も無い。誰もが死を連想してしまう状況のはずだ。
それでも彼らは諦めずに魔法を放ち続ける。それもその筈、数日前に奇跡の一端を目の当たりにしたからだ。
ユアナとシルビアが束の間の休憩を終え、回復魔石を補充し、あてがわれた結界の外へたどり着いた時、やつらは居た。
今まで人と同じ大きさだった黒い魔物たちだけだったが、10メートルはあるだろう巨大な黒い魔物が何十体も押し寄せてきたのだ。
そしてその魔物達の更に奥。巨大な魔物と同じほどの大きさだろうか、一つの巨大な眼球が付いた魔物が一体居た。それには手足が無く寸胴であり、その場からは動かず、イースネルの街をただ眺めているように見えた。
「な、なんだあれは、あんなもの今まで見たことが無いぞ」
「でかい」
眼球の魔物も気になるが、今は徐々に近づいてくる巨大な魔物が問題だ。
ゆっくりと近づいてくる姿は異様で、皆が思わず攻撃していた手を止めて眺めてしまう。その場を指揮していた監督ですら呆けた顔を浮かべていた。
「何をしておりますの! 敵は変わらず押し寄せているのです、攻撃を続けなさいな!」
最初に再起動したのはシルビアだった。彼女の檄が場を支配する。それにハッとなった者たちが目の前に居る敵へ再び魔法を放っていった。
それでもその巨大な魔物たちは一歩一歩確実に近づいてくる。従来の魔物たちをそのまま大きくしただけの様に見え、ゆったりとした歩みだ。しかし巨大な分その一歩は大きく、数分もすれば結界近くまで到達するだろう。
「あんなもの、どうすればいいの?」
「分かりませんわ。とにかく、一発ブチかましてみますわ!」
ユアナの疑問にシルビアはそう言ってフェニーと融合。背中から炎の翼を生やし、止める間もなく敵の元へと羽ばたいていった。
近づけば近づくほどその異様さに怖気がはしる。冷や汗を流しながらもシルビアは先ほど魔物を一掃した魔法を目の前の一体に向かって放った。
「フレイムシャワー!」
無数の炎の雨が巨大な体へ降りそそぎ、全ての炎が着弾する。大小の穴が空くがすぐにふさがり、悠然と魔物は歩いていく。あまりの効果の無さに悔しさがつのる。
「チクショウ! ですわ!」
『後ろだ、避けろシルビア』
シルビアの耳から突然落ち着いた声が聞こえてくる。それを聞いたシルビアは後ろから迫るもう一体の魔物が自分へと手を伸ばしてくるのを見た。それを咄嗟に避けるシルビア。
「れ、礼を言いますわカーネル」
シルビアは耳に付けたイヤリングにそう伝える。それはカーネルから渡された小型の通話石が嵌められたイヤリング。フェニックスと融合し、自由に飛び回って奮戦する彼女に監督の声は届かない。だから前もって渡されていたものだ。
『離れていろ』
そう聞こえた直後、街の中心。司令部の拠点となる最も背の高い建物の屋上から魔力の高ぶりを感じた。
そこに立つはカーネル・コリンズ。左手に弓を持ち、風の魔力を身に纏い力を高めていき、彼を中心に竜巻が発生する。
彼の左手は、手の甲から肩までかけてまるで鷹の羽のようなものがびっしりと生えている。そして彼の瞳はまるで空高くから地上にいる獲物を狙う猛禽類の目をしていた。
使い魔である黒い鷹、ブラック・ホークと融合した彼の姿だった。
カーネルは左腕に生えた羽を一本抜く。それは瞬く間に一本の矢へと形成された。それを弓につがえ、数キロも離れた場所にいる巨大な魔物に狙いを定める。
「テンペストアロー」
矢が放たれる。その矢は荒れ狂う竜巻を纏い、一直線に魔物へと吸い込まれていった。融合することで新たなスキル『鷹の目』と風魔法により、数キロという離れた敵をも見通し、寸分違わず貫くことを可能にした。
矢が魔物の体の真ん中に着弾。爆風となって余波が周りへと吹き荒れる。それを見ていた人々はあまりの威力に感嘆の声を上げる。
「やったか?」
だれかがそう呟いた。
巻き上げられた砂埃が晴れていく。そこには胴から上が吹き飛ばされ、残ったのは地に着く足だけがあった。
誰もが歓声を上げた。これで消滅するだろう。誰もがそう思ったその時、両足の周りにいた大量の魔物たちが次々と足へと吸い込まれていく。そのせいで吹き飛ばされた足の付け根から徐々に再生し始めていった。
「ハァ、ハァ、……クソッ!」
現時点で撃てる最高の一撃。魔力の大半を持っていかれる為連発はできない。急いで回復し、二弾目を放とうとすが、耳にかけたイヤリングからシルビアの声が届く。
『あとはこちらに任せなさいな』
どうやら、シルビアがなんとかしてくれるようだ。その様子を鷹の目で見届ける。
自分の陣地へ戻ったシルビアはユアナの体を抱え、再び元の位置まで戻る。眼下には再生し始めた二つの足。
『ちょっ! どこ触ってるんですか!?』
シルビアの両手は明らかにユアナの胸を掴んでいる。
『ハァ、ハァ、いいですわ! テンション上がってきましたわ! さぁ放ちますわよ!』
シルビアの両翼から炎の羽が抜け落ち、二本の槍へと変わる。
『ファイアランス!』
槍がそれぞれの足へ突き刺さる。それは地面まで到達し爆発。土煙が晴れた時、二つの足は完全に消滅した。
倒せるという事実に歓声が上がる。
『も、もう降ろしてください……んっ、も、揉まないで』
『ハァ、ハァ、も、もうちょっと』
『いい加減にしてください!』
『分かりましたわよ、減るもんじゃなし』
二人は陣地へ戻って行った。通信を切らずに聞こえていた会話の内容とその光景をカーネルは冷めた目で見つめていた。
倒せるという事は分かった。しかし一体倒すのにカーネルの最強の一撃と中級魔法であるファイアランス二撃。あまりにも魔力コストがかかり過ぎる。
しかし巨大な魔物はまだ何十体も押し寄せてきているのだ。幸いなのはその魔物が北からしか出現していないということ。
とにかく近くに居るものからカーネルはテンペストアローを放ち、残った足を前線に居る魔法士達に任せる形をとった。
しかしあの眼球だけの魔物が気になる。近づく巨体を何体か倒してもそいつだけが微動だにせず此方を見続けていた。
『あの目は何なんですのん?』
「…………分からないし俺の矢もさすがにあそこまでは届かない。とにかく今は目の前の奴らに集中しろ」
シルビアの疑問にカーネルはそう答えざるをえなかった。
押し寄せる巨体は数が多く、徐々に押されていく。奮戦むなしくとうとう結界の所まで何十体もの魔物が到達してしまった。
ユアナにシルビア、他の魔法士達は結界の中へと避難する。魔物達は中へ入ろうと横一列に並び一斉に結界を殴り始めた。
ズドン! ズドン! と緩慢な動きながらも衝撃は激しく結界に響き渡る。結界の内側から必死に魔法を放つが、時間をかけてやっと一体か二体倒すのが限界だった。
「このままでは結界が、魔石が持ちません!」
結界の媒体である魔石を管理していた者がカーネルへ報告をする。
「手の空いている全ての無属性魔法士に魔力充填させろ」
「カーネル様。すでにやっております」
そう言われ、街の中心にある魔石に目を向ける。そこには宙に浮いた魔石に向けて手を翳し、魔力を充填する魔法士達がいた。その者たちの顔は憔悴しきっており、誰もが絶望の顔を浮かべている。
「どれぐらい持つ?」
「恐らく、もって半日かと……」
半日。そう告げられ、普段から物静かで落ち着いたカーネルの顔にも焦りと絶望の色が浮かび始める。
(どうすればいい、どうすれば……)
鷹の目で街の中を見渡す。何か希望となるものがないかと縋る気持ちでありもしない救いを求める。
結界の外では一列に並んだ巨大な魔物が結界を殴っている。
それを内側から必死に魔法を放つ者たち。
街中では結界を殴る衝撃に恐れ慄き泣きわめく子供たち。それを泣きながらあやす母親。必死に山へ震えながら祈りを捧げる人々。どこを見ても絶望的な風景。
残りの物資にも終わりが見えてきた。あの巨大な魔物さえ現れなければまだ一週間はもった筈だ。そうすれば召喚の儀が行われ、活路が見いだされたかもしれない。しかし、そんなものでこの状況をひっくり返せるとはカーネルも思っていなかった。
どのみちこの国は、我ら人族は詰んでいるのだ。
カーネルの目にジワリと涙が浮かぶ。父からこの地を任され誇りに思った。初めて現場を指揮し、皆が自分を信じてここまでついて来てくれた。
皆を守りたい。皆を救いたい。しかし敵は強大。無限に押し寄せる敵にもはや手の打ちようが無かった。
(チクショウ!)
男子たるもの涙は見せず! 目に浮かぶ涙を拭い、左腕に生える羽を数本むしり取り矢をつがえる。
「うおおおおお!」
何本ものテンペストアローが魔物に着弾する。とにかくやつらを滅せなければ活路は拓かれない。ならば命の続く限り矢を放て。
魔力が枯渇し目や鼻から血が流れ始める。回復をしては再び矢を放つ。魔物たちは一体、また一体と消滅していく。しかし、その開いたスペースに新たな魔物が並び結界を殴り始める。そんな光景を目の当たりにしつつ矢を放ちながら、カーネルは神に祈った。
(神よ、神竜よ、本当に居るのなら、どうか、どうか我らを救いたまえ)
手持ちの回復魔石が無くなり、とうとう膝を着く。左腕にあった羽は減り、数えるほどになってしまった。
「む、無茶ですカーネル様」
「無茶でもやるんだ。回復魔石が無くなった。持ってきてくれ」
「り、了解しました」
膝を着き、回復魔石を待ちながら敵を見据える。結界を殴りつけていた部分にひびが入った。すると媒体となる魔石にもピキキとひびが入る。
それを充填していた魔法士達はそれを目の当たりにし騒然となり悲鳴を上げる。
「もう駄目だ」
「おしまいだ!」
「神竜様……お助け下さい」
それを見ていたカーネルも苦虫を噛む。
(これまでか……)
ズッドォォォオオオオン!
誰もが終わりと思ったその時、しばらく鳴りやんでいた地響きが、これまでにないほどの響きとなり大地を揺らした。
ズゴゴゴゴゴ……
それだけではない。今まで聞いたことのない、何か地中を掘り進むような音まで響いてくる。誰もがその場所へ目を向けた時、山から何かが飛び出した。
飛んでくるのは銀に輝く一条の光。その光は音速を超えているのか、キィィーンと轟音を空間に響かせイースネルに向かってくる。
そしてそれは結界を一列に並んで殴っていた魔物達に到達。
ボボボボボボボボボン……。
それは一切の抵抗も見せず、横一列に並んでいた全ての魔物を貫いていった。貫かれた魔物は全て消滅し、空へと消えていく。
全ての魔物を貫いた光はそのまま徐々に高度を下げ地面に着弾。
チュドォォォォン!
その瞬間世界が光に包まれ、次いで耳を塞ぐほどの爆発音と、吹き飛ばされるのではと思うほどの突風が襲う。
銀の輝きが爆風となって広がり、イースネルを眩い光が包んだ。
やがて光が収まり、皆が着弾場所を眺める。そこにはどれ程の魔力を注いだ魔法を叩き込めばいいのか、どれほど強力な殲滅級魔法を叩き込めばできるのか分からない。そう思えるほどの巨大なキノコ雲。
誰もが呆けてその雲を眺めていた。
(何が起きた?)
呆けながらもカーネルは周りを見渡す。
ついさっきまで結界を殴っていた魔物や、後ろに控えていた魔物まで綺麗に消えていた。いや、それだけではない。元から居た小さな魔物まで鷹の目で見える範囲内には一体も居なかった。
「奇跡だ」
誰かがポツリと呟く。
「奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」
その喜びは次々と伝染し、街中が歓声に変わっていく。
「挑戦者よ! きっと挑戦者が助けてくれたのよ!」
「我らを救ってくれた。救世主。救世主様だ!」
ウオオオオオオオォォォォォ!
民たちの目に光が戻る。カーネルも喜びに声を上げそうになるがぐっと我慢し、状況確認と報告を指示した。
「目の届く範囲内に魔物の姿はありません。恐らくあの銀の光で全て吹き飛ばされたもよう」
「空間に漂う銀の魔力の残照をかき集め、結界魔石に充填したところ、5割回復しました!」
いい報告ばかりが入ってくる。俺は夢でも見ているのか? 本当に願いが神竜様へと届いたとでもいうのか。
この事を急ぎ王都に報告した。しかし返ってきた言葉は冗談はよせという返答だった。無理もない、実際に見た自分ですら未だに信じられないのだから。
それからカーネルは思いつく限りの指示を出していく。
今は魔物が居ないとはいえ、この戦いは終わってなど居ない。なぜならあの巨大な眼球の魔物だけは、変わらずその場に佇んでいるのだから。
魔物が居ないのなら結界を張る理由が無い。監視を置き、一旦結界を解いて魔石の消耗を抑える。
全ての魔法士に休息を与え、次の戦いまでに回復するように指示。
街の中にある全ての魔石を掻き集め、回復魔石用へと造り変えるよう技師へ指示した。
そして数日後、王都から通話石により指示が下る。
結界を縮小し、召喚の儀まで持ちこたえろと。
カーネルは結界縮小の旨を民たちに伝え、結界範囲内へと避難させる。
民たちの動きはとても落ち着いた行動だった。誰もが山を仰ぎ祈りながら移動していく。あれ以来、地響きが収まる時がほとんど無い。今でも大地が揺れるたびに山へ向かって応援する声も所々で上がっていた。
これまでの地響きに皆の捉え方は二つに分かれていた。挑戦者が奮戦して引き起こされるもの。邪竜アルフェルドの復活の兆しと思うもの。
カーネル自身、シルビアから告げられた事を完全には信じ切れていなかった。上に立つものは一つのことを信じて頼り切ってはならない。
どんな状況でも自分の力で切り抜けなければという責任感から来るものがあったからだ。
しかし数日前の奇跡に考えを改めようがなかった。もはや挑戦者が奮戦していることに疑う者は居ないだろう。
自分は弱い。どうしようもない状況の中で、あの一条の銀の輝きが全てを塗り替えた。
カーネルは右拳を左胸につけ、頭を垂れて山へ祈る。そして振り返り、縮小された結界の周りへと目を向ける。
そこにはこの数日で再び湧き出した魔物達がゆっくりと押し寄せていた。それを迎え撃つ魔法士や部下たちに指示を出す。
「間もなく召喚の儀が始まる。それまで持ちこたえるぞ! そして……」
救世主が出てくるまで。




