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辛い戦い




 俺はゴブリンが居る場所へ向かうため細い通路を歩いていた。


 「最初はこの道を必死で逃げるように走ってきたんだよな」


 しばらく歩いていると広場が見えてきた。人恋しいとはいえ俺何やってるんだろうと途中から思い始めていた。まぁここまで来たんだし一目だけでも見てゴブリン達が元気そうならそのまま引き返して鬼と再戦だ。いくら仲良くなりたいからってゴブリンと友達になりたいとか無理でしょ。そんな軽い気持ちのまま広場に辿り着き、俺は愕然とした。


 居た。


 確かにゴブリンは居た。


 1体だけ。


 俺は呆然とその姿を眺める。そいつは広い空間の真ん中でいわゆる三角座り、体育座りともいうのか。その体制で頭を膝の中に埋めるように静かに座っていた。壁際には数本の篝火、何本か崩れて残骸が転がっているが、それは俺が戦ったときに崩したものだ。それ以外には何もない広場。火がパチパチと燃える音だけがなっていた。


 (え? なにこれ、どういうことだ?)


 ボケっと眺めていたら気配に気づいたのかゴブリンがゆっくりこちらに顔を向けた。その顔はおっさん顔ではなくまだ若い。どこか端正な顔立ちだった。

 その目が俺の存在に気づくと同時に潤み始めていた。


 俺がこの広場から逃げ出してどれ程の日にちが経ったんだ? 200日か、300日か? それとも1年ぐらいは経っているのかもしれない。

 俺も一人で寂しかった。しかし一人とはいえ色んな敵と戦うことで寂しさを紛らわしてきた。でもこいつはどうなんだ?


 「おまえ、ずっと、一人だったのか」


 「フゴ、フゴゴ……」


 ゴブリンの目からポロリと涙が流れおちた。ヨロリと立ち上がると足元に落ちていた剣も拾わず俺に向かって両手を広げて走ってきた。

 敵意が感じられない、言葉は分からないけどこのゴブリンの姿から何が言いたいかが俺には分かる。


 さみしかった。


 「フゴオオオ」


 「うおおおお」


 抱きしめた。ゴブリンもかき抱くように、すがる様に抱きしめてきた。今までの孤独感を埋めるように人と魔物はお互いを抱きしめ合った。

 ここに来てよかった。でなければずっとこいつは一人ぼっちのままここにずっと居ることになっていたのだ。


 「ごべんなー、ひどりぼっぢにしでごべんなー」


 「フゴ、フゴオオ」


 孤独の恐怖は痛いほど分かる。心の中にぽっかりと穴が空いているような空虚感。それを埋めるように暫くの間二人は号泣しながら抱き合っていた。



 

 こいつとなら仲良くなれると思った。言葉は通じずとも心で繋がったような気がする。

 ひとしきり抱き合っていたゴブリンに俺は言った。


 「なぁ、ゴブ(勝手に命名)一緒にここから出ないか?」


 しかし泣き止んだゴブリンは俺の言葉を聞くと、俺の胸を押すようにして体を離し、背を向け離れていった。


 「ゴブ?」


 どうしたんだ? やはり言葉は通じないのだろうか、そう思って歩いていく後ろ姿を眺めていたら、落ちていた剣を拾い上げ、空いた手でぐしぐしと涙を拭うしぐさをする。

 すると空気が変わったような気がした。ピンと張りつめた空気。まるでこれから戦いが始まるような緊張感が伝わってきた。


 ゴブは剣の先で地面に円を描くようにしてこちらに振り向き、ゆっくりと剣を構えた。その顔はりりしく引き締まり、戦士の顔をしていた。



 「ど、どうしたんだよ。なんでそんな顔するんだ? ここから一緒に出ようぜ」


 俺はその行動が信じられず一緒に出ようと呼びかける。しかしゴブリンは一瞬悲しそうな顔をするが、すぐにかぶりを振る。そして意を決するように剣を振り上げ向かってきた。


 「フゴオ!」


 「なんで!」


 咄嗟に片手剣をアイテム内から一本出して振り下ろされた剣を防ぐ。その瞬間あまりの強さに片膝を地面に付けてしまった。それだけでは衝撃はゆるまず、付いた膝を中心に地面がひび割れた。


 「ぐうう、重い」


 ダンジョンの最初の敵だったゴブリン。その一撃は軽いものと思い、ただかざすだけの防御をとった。しかしその一撃はただのゴブリンの一撃とは思えない攻撃力。キシリトロール鬼を超えるほどの力を感じる。


 あまりのギャップに瞠目していると、つばぜり合いしていたゴブリンが掻き消えた。後ろに回り込み剣を振ってくる。

 慌てて剣を背中に回し受け止めた。またしても腰の入っていない防御のせいか俺の体は浮き上がり、壁に向かって吹き飛ばされる。

 咄嗟に壁に足をつき激突は免れたが、未だにこの攻撃力の高さと攻撃されるという状況に翻弄されていた。


 「何でだよゴブ、戦う必要無いだろう? 何で向かってくるんだよ!」


 それでもゴブは向かってくる。いくら普通のゴブリンよりも強いとはいえ今の俺なら大したことはない。だが戦いたくない俺は攻撃することができない。防戦一方になりながらも何度も一緒に行こうと呼びかけた。あまりにも言う事に耳を傾けてくれない為、俺は広場から離脱してしまった。


 とりあえず落ち着いて話そう、そう思ってゴブを見ると息を切らしながらこちらをどこか切なそうに見ていた。

 

 そこで俺は失念していたことに気づいてしまった。


 (そうだ、そうだった。こいつらは広場から出てこれないんだった)


 地面にあるうっすらと浮かぶ魔方陣のおかげで、今まで死にかけるたびに逃げ出しても追ってこなかった。

 しかしそれが当たり前すぎて忘れてしまっていたのだ。逃れるためには有難い結界。しかしこの瞬間は必要ない結界の効果に悔しい想いが吹き出してきた。


 (そうだよ、なんで忘れてたんだ。これじゃ鬼も一緒に出れないじゃないか)


 今更になって広場中に広がる様々な魔方陣を仰ぎ見る。この一つ一つの魔方陣の意味を俺はまったく考えてこなかった。

 それぞれに何かしらの効果があるんだろう、しかし考えても分からない。だがもしもこの魔方陣に『自分の陣地に入り込んだ者を攻撃しろ』という

命令の効果があるとしたら? 戦いたくなくても戦わせられていたら?


 そんな効果があるかもしれない、でもチーターラビットは向かってくることもなく穴倉に逃げている。だからそんな効果は無いかもしれない。

 なのになんでゴブは向かってくるんだ? ただ単に実力差が開けばその効果が薄れるとかか?


 答えの出ない思考に陥りながらも何とかゴブを外に出せないか模索する。


 (この魔方陣を造ったのは誰だ?)

 

 最終的に行き着いた思考がこれだった。


 「ダンジョンのボス」


 それ以外に考えられなかった。俺がここのボスさえ倒せればこの魔方陣が消えるかもしれない。そうすればゴブも鬼も自由になれるはず。

 ゴブだってきっと俺とは戦いたくないはずだ。でなければいくら寂しいとはいえ抱き着いてこないだろう。現に戦っている間ずっと辛そうな顔をしていたじゃないか。


 「ゴブ、ここのボスを倒してくるから。それまでもう少し待っててくれ。そしたら一緒に外に出よう」


 ゴブの目を見つめ俺はそう言った。後ろ髪を引かれるがボスを倒すためには離れなければならない。俺は背中を向け歩きだした。


 「フゴ……」


 その声に思わずチラリと振り向いてしまった。そして視界に入ったゴブを見て驚愕した。

 ゴブは自分の剣を首元に添え目を閉じていた。今にも自害しそうな光景に一気に血の気が引く。


 「おまえ何やってんだよ!」


 咄嗟に体が動いた。慌てて近づき今にも自分の首を斬りつけそうな剣の柄を掴んだ。間に合ったと思った。しかしゴブの力は異常に強く。剣は振りぬかれてしまった。


 ゴブの首が宙を舞い、地面に落ちて転がり、首の無くなった体は力を失い、どさりと地面に横たわった。


 「……、ば、バカヤロー! 何やってんだよおまえ!」


 俺は慌ててボトルを出し水をぶっかけた。しかし即死のせいか効果が無い。頭では分かっていても水が無くなるまでかけ続けた。


 「何で、なんでなんでナンデ……」


 待っててくれと言ったのに、やはり言葉は通じなかったのか。また置いて行かれるとでも思ったのか。今となってはもう分からない。

 抱き上げた体にポタポタと涙が落ちる。するとゴブリンの体が光の粒子となり消えていき、いつもの声が頭の中に響いてきた。


 『ハイゴブリンの耳取得シマシター』『ハイゴブリン魔石取得シマシター』『ハイゴブリン魂取得シマシター』


 そんな声が聞こえた。俺はハイゴブリンの耳をアイテム内から取り出した。掌には他のゴブリンと変わらない見た目の耳があった。

 仲良くなれると思ったのに。友達になれると思ったのに、止められなかった。悔しい気持ちでまた涙があふれ出す。


 「ゴブぅ、ゴブぅう……」


 広場中に暫くの間、小太のすすり泣く声が響いた。 




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