別次元の戦い
・ユアナ・
私は重い瞼をそっと閉じて心地よい眠気に身を任せていく。
いつ眠りに落ちるのか自分では分からない。普通はいつの間にか眠りに落ちて目覚める。目覚めると同時に初めて、ああ、あの時眠ったんだと理解すると思う。
でもこの時は違った。眠気に身を任せているとふわりと体が浮かぶ感覚がした。目を閉じて視界は何も見えない。真っ暗だけど意識を保ったままどこかに急速に飛んでいく感覚がする。
(ああ、彼の所に向かってるんだ)
彼を呼び出してもうすぐ一年。決まってこの感覚がするときは彼の夢を見る時。この感覚に気づいたのはだいたい半年ほど前です。夢というとおかしいかな、彼はそこで実際に戦っているのだから。
最近の彼は王都の東の山脈内から順調に進み、今では山脈の最北端のコリンズ領近くにまで進んでいます。今では地響きがそのあたりから発生しているからです。
そのせいか半年前は一週間に一度は彼のもとに行けたのに、今では三週間に一度という頻度。しかも数分間と短くなり、トロール鬼戦以降は戦う姿はおろか、タイミングが悪いのかダンジョンの通路を目にも止まらぬ速さで走り抜けている時ばかりのようで、まともに彼を見ることすらできていない。こんなのはあんまりだ。
「ふえ! ま、待って」
と、必死で追いかけるけど追いつけるはずもなく、必死で走っている途中で目が覚める始末。でも、次こそ彼に会えるかも。この体が浮かび、彼の元に移動してる感覚がした時から、体が喜びで熱くなります。
(今度こそ、彼に会いたい。というか姿を一目見たい)
無事かな、ケガしてないかなと彼の身を案じていると移動する感覚が止まる。どうやら着いたようだ。はやく彼、タテチショータさんを見たい一心で重い瞼を上げた。
「ブヒィイイイイイ! 」
「キャアア!? 」
瞼を上げた途端目の前を突然巨大な何かが横切った。巨大な獣です。思わず耳を塞ぐほどの大音量の咆哮をあげ、突っ走っていきました。
大型の馬車ですら軽く蹴り飛ばしそうなほどの巨大な獣。体は紫色の毛に覆われたイノシシのような体躯。
筋骨隆々で額から黒く長い角が前方に伸びています。でも、その体中は血まみれで満身創痍に見えます。
豚の様な鼻から鼻血をまき散らしながら何かに向かって突進しているみたい。
「ブヒィイ、ゼェ、ゼェ、ブヒヒィイ! 」
「ごおおおおお! 」
ズドンッ!
獣の咆哮を覆い潰すほどの咆哮と衝撃音が聞こえたと思ったら、突進していた獣が吹っ飛ばされ、突進していった速度以上の速さでこちらに飛んできました。
私の顔の真横を恐ろしいスピードで横切り背後に消えていきます。
「はわわ……」
な、何がおきたのかな? 獣が突進していったほうを見ると……居ました。彼が拳を突き出した状態で立っていました。
「シィィイイ……」
口角を上げ歯をむき出しにして静かに呼気を吐く。鋭い目で飛んでいった獣を見て満足そうに笑っていました。
会えた。やっと会えた。久しぶりに会えたことで胸が高鳴る。凶悪な顔をしているけど微塵も恐怖は無くむしろ頼もしく感じる。
触れることも認識されることもないけど、少しでもそばに行きたくて駆け出そうとした時、彼の格好に気づいて思わず赤面する。
「パ!……パッパパッ!? 」
何ということでしょう!? 半年ぶりにまともに見た彼の姿は出会った時の妙な服装ではなく、男性のその……シンボル部分のみを覆う黒色の下着のみの姿だったのです。
思わず両手で顔を覆うが、指は開き、しっかり見てしまう。初めて見る男性の裸体に鼻の奥がツンとしてきた。鍛え上げられた筋肉、もりあがった胸筋、絞り込まれた腹筋と……どうせ認識されないことをいいことに半年間見れなかった分を取り戻すかのように嘗め回すように見る。
「お、お腹の筋肉って八つに分かれるんだ……」
いけないと思いつつもはぁ、はぁと息を荒くして見つめてしまう。これじゃただの変態だ。頭をぶんぶん振って目を閉じる。これ以上見たら鼻から何かが決壊しそうです。
私が彼をここに呼び出してもうすぐ一年。着替えすらない状態で来てしまったのだ。彼はここまで傷つきながらも五体満足でこれたみたいだけど、着ていた服はどうやら無事ではいられなかったようです。どうやら靴も履いておらず裸足です。彼がダンジョンから出てくるまでに服もなんとか用意しなきゃ。そうだ、採寸しなきゃ!
「ス、ススススンポウを……」
私は仁王立ちしてキョロキョロしてる彼の体にゆっくり手を伸ばす。こ、これは寸法を測る為、けしてやましいことではない!
そんな言い訳をしながら彼に近づこうとしていたら彼の後ろ、足元から伸びる影から突然血まみれの巨大な黒いヘビが出現し、大きな咢を開いて噛みつこうとしています。
影の中を移動できる魔法を魔族が使っていたと本で読んだことがあります。私は使えませんがこの黒ヘビも使えるなんて正直反則ではないでしょうか。
「あ、あぶ! 」
幸せな気分は一気に吹き飛び、あぶないと叫ぼうとした瞬間、バンッ! と空気が爆ぜるような音とともに彼の姿が忽然と消えました。
そしてさっきまで彼が居た場所に噛みついた黒ヘビが、手応えの無さにキョロキョロとあたりを見回している。
ズドンッ!
また、すごい衝撃音があたりに響いたと思ったら黒ヘビがあさっての方へ飛んでいきました。そしてさっき忽然と消えた場所には右足を蹴り上げた感じで彼が再び居ました。
「ピィィィイイイイ! 」
この広場にはイノシシのような巨大な獣と黒ヘビがいるのかと思っていたら、彼の後方上空に、巨大な怪鳥がいました。
これもまた血まみれの巨大な怪鳥が上空で翼を広げ奇声を発っすると、翼から大量の7色の羽が豪雨のように降ってきた。
赤い羽根は火の玉に変わり、青い羽根は氷の槍。緑の羽根は風の刃。茶色の羽根は石の散弾。光る羽根は光速で飛ぶ弾丸。黒い羽根は霧散し、闇の霧を拡散していく。そして無色の羽根は……分からない、フッと消えてどんな攻撃か私には分からない。どうやらあの羽根は全属性を帯びた魔法攻撃のように見えた。
ズドドドドド……。
「キャァァァアア!」
怪鳥と彼の対角線上に私は立っていたのでこちらにも降ってきました。避けるとか迎撃するとか思い浮かばないほどの弾幕とスピードで思わず頭を抱え込みしゃがんでしまう。
直後、自分の周りや足元に次々と着弾し轟音が迸る。大きな音に耳を塞いでいるとふと思い出した。
そういえば私の体は眠っている状態で、ここにいるのは精神体だけ。それでも魔法の攻撃に何かしら影響があると思われたけど、どうやら怪鳥の攻撃は私に当たることは無いようだ。
目を開けて恐る恐る立ち上がり周りを見るとさっきまでと地形が変わっていて、いたる所に巨大なクレーターができていた。
「あ、ああ……」
私が最大出力で扱える火属性魔法にファイアランスがあるけど、こんなに大きなクレーターなんてつくれない。いや、学園の先生でもこれほどの魔法は放てないんじゃないかな。そんな攻撃が無数に降り注いでくる。
ここはおそらくアルフェルドダンジョンの最深部近く。イノシシも巨大なヘビも全属性の魔法を放つような怪鳥も見たことも聞いたこともない。
魔法の弾痕から見積もってもAか、Sランクの魔物ではないでしょうか。それが3体いるのだ。あまりの格の違いに体の震えが止まらない。この場に生身の状態で居たら間違いなく成す術もなく体は粉々になっていただろう。
ハッとなって彼を探す。この場に生身で居る彼はどうなったのか。黒い翼から出た闇の霧のせいで広場の奥が見渡せない。
この霧は目くらましの効果があるようです。その霧の向こうから音だけが聞こえてくる。ズドドドドと、怪鳥はまだ翼の攻撃をしているようだ。
見えない。彼は大丈夫なの? 霧が晴れる所まで必死で移動するがなかなか晴れない。抉れた地面に足をとられ移動がままならない。
その間にも広場の奥からはブヒィィイイ! だの、シャァーー! だの、ピィイイ! だの聞こえてくる。それに次いで地面が爆ぜる音が広場に響き渡り、飛び散る無数の石や岩が私の体を通過していく。いったいどうなってるのか、やっと彼に会えたのに。
そうだ、私には他に見る方法があったんだ。
色心眼。
この目はそこに意思がある者ならばその心の感情をオーラで見ることができる。私は急いで眼帯を取り外し、赤い目を開いた。
すると霧で見えなかった広場の景色に彼と魔物達のオーラだけが浮かび上がった。まず驚いたのがこの広場の広さだった。広場全体を覆う青黒い光を放つ魔方陣を見ると、トロール鬼と戦っていた広場よりも随分広い。王都にある年に1度開かれる魔武闘大会が行われる闘技場ぐらいはあるんじゃないだろうか。
その中にあるオーラは五つあった。私から見て左後方に先ほど吹き飛ばされたイノシシの様な輪郭をした濁った赤いオーラ。右奥にはヘビの形をした、これも赤く濁ってるオーラ。それに寄り添うように同じヘビの形をした緑色のオーラ。緑色のオーラは癒しの色だったと思う。どうやら黒ヘビに回復の魔法でもかけているのだろうか?
そして広場の奥では今もなお轟音を響かせている怪鳥と思われる赤く濁ったオーラと、その攻撃をすごいスピードで避け続ける白く巨大なオーラ。
観察をしていたら霧は徐々に晴れて広場が見渡せるようになってきた。どうやら黒ヘビに回復をかけていたのは黒ヘビとは対になる巨大な白ヘビだった。魔物達は一体の回復約と三体で彼を攻撃する連携をとっているように見える。
今も怪鳥はヘビを庇うように、彼を牽制するように攻撃している。色心眼のおかげで無色の羽根の攻撃は彼へと追尾する魔弾のようです。魔弾が彼に届きそうになった時、彼が腕を振るようなしぐさをすると霧散していた。
白ヘビがどうやら黒ヘビの回復を終わらせたようです。黒ヘビは血まみれだが、傷は塞がったのか、白ヘビに向け首をイノシシの方にクイッと促す。コクリとうなずいた白ヘビがイノシシの方へ慌てるように地を這って私の横を通り過ぎていった。
それを目で追っていると広場の奥で羽を避けていたはずの彼が背を向けた白ヘビに向かって、音もなくいつのまにか肉薄していた。
(へ? )
バリバリチュドーン!!
彼のあまりのスピードに思考が追いつく暇もなく彼に向かって稲妻が放たれる。しかしすでに彼の姿は無く、地面に着弾する。
(ふぇ! 雷!? )
雷が来たほうに視線を向けると、イノシシの長い角の間でバチバチと雷が放電していた。その満身創痍のイノシシの元に到着した白ヘビが慌てるように回復をし始める。
しかしその2体に向かって何かが雨のごとく降ってきた。それは剣や槍、巨大な大剣にハルバードと様々な武器。その武器の雨から白ヘビを守るようにイノシシが巨体で防ぎます。
(武器はどこから? )
武器が降ってきた方に目を向けると黒ヘビがその長い体を竜巻のように回転させ尾っぽを振りぬいていた。
(え? 黒ヘビ? )
ドゴーン……
なんで黒ヘビがここに? と思っていると、遠い広場の壁から何か激突音が聞こえた。遠いうえにもうもうと砂埃が立ち込めて見えない。
そこに向かって放物線を描くように2本の液体が飛んでいく。今度は何? とそこを見ると、黒ヘビがむき出しにした牙から液体が出ていた。
毒液!? そう認識した時、白い巨大な塊が毒液を巻き込みながら飛来し、黒ヘビに激突する。そのまま塊の勢いに押されるまま黒ヘビは反対側の壁へと激突。
塊と壁にプレスされ、体の中の液体が逃げ場を求めるように黒ヘビの口からふき出された。白い塊はどうやら彼が放ったオーラの塊なのだろう。
おびただしいほどの血を吐き出し、苦しそうに地へズルズルと落ちていく黒ヘビ。あまりにも凄惨な姿から目を逸らすように彼が居るであろう方に目を向ける。
すでにそこでは彼に追いついた怪鳥が再び牽制するように羽根の攻撃を繰り出し、それを避け続ける彼の姿があった。
一連の動きに付いていけず呆然と立ち尽くす。目で追うことすらできない。認識した瞬間にはもう次の、その次の状況へと変わっていく。これから先どれだけ努力しても到達できないだろう高みの戦い。あまりにも次元の違う戦いに魅せられ体が寒くもないのにカタカタと震えていた。
そもそも彼らから魔力を感じないのです。以前トカゲの魔物、確かカラメレオンテという魔物がエアハンマーを唱えた時は確かに魔力を感じました。
しかし今は何も感じない。前の時のはただの勘違いだったのだろうか。それとも、彼らの魔力が桁外れに大きく、感知する感覚が麻痺しているのかもしれません。
その間も彼らは巨大な広場を余すところなく縦横無尽に駆け回り戦い続ける。
広場の隅まで下がり、全体を見渡せる位置まで移動する。その間にも、数秒と置かず様々な流れ弾が体を通過していった。強者でなければこの場に居ることすらできないだろうなと、頭の片隅で思った。
怪鳥が傷つけばイノシシと黒ヘビが牽制し、白ヘビが癒す。怪鳥が復帰する頃にはイノシシか黒ヘビのどちらかが大きなダメージをくらい、それを白ヘビがまた癒す。
そんな連携のとれた相手に彼は空中に無数の武器を出現させては敵に向けて放ったり、どうやっているのか、手も触れずに空中で操り振り回して奮闘していた。
きっと今まで倒してきた敵からドロップされた武器なのだろう。いったいどれだけあるのか、湯水のごとく出てくる武器はもはや広場中の地面や天井にまで突き刺さっている。柄の無い刃だけの物はおそらくソードウルフのものだろう。でも、剣や槍やハルバードはどんな敵から手に入れたのだろうか。考えても分かりませんが、どれも業物のように見えることからかなりの強敵だったのではないでしょうか。
圧倒しているように見えるがさすがに無傷ではいられず何度も吹き飛ばされては血を流していた。そんな姿を見るたび胸が締め付けられた。彼の傍まで駆け寄って庇ってあげたい。その傷を癒したい。そう思っても何もしてあげられない自分がもどかしい。
ここまでくる間にも傷ついただろう。でもどうやって癒してきたのか疑問に思っていたら、彼の眼前に何かが突然現れた。手で持てるほどの大きさの白い筒のようなもの。
それは宙に浮いたまま彼の口元に行き傾いた。すると役目を終えたのかフッと消える。何だったのだろうと思っていたら彼の体が淡く金と緑の色が混ざったようなオーラに包まれた。そのオーラが消えたとき、ケガ一つない常態で現れた。
(すごい、一瞬にして傷が消えた。しかも体力も完全に戻ったのかな、動きがさっきよりもよくなってる……と思う)
もともとすごい速さで動き回って目で追い切れなかったのに違いなんて分からない、でも気持ちさっきよりも彼の姿が目で捉えきれないからきっと回復したのだろう。
それよりも彼が飲んだものは何なのだろうか。傷を癒すにはヒール系の魔法かポーションとよばれる回復薬を飲むしかない。
回復薬を製作する時は作り手の癒しの緑色のオーラが含まれる。だからどちらかの回復方法をおこなった時は体が緑のオーラで包まれるのだ。まぁ私にしか見えないんですけど……。
でも彼が飲んだ回復薬であろうものを飲んだ時、金色が混ざっていた。生まれて初めて見た色です。今まで見た癒しの緑、活力に満ちた赤、落ち着いた雰囲気を表わす青。今まで色々な色を見てきました。でもこの色は誰かに教わったというわけではありません。
今までの人生でその人が発する雰囲気と照らし合わせて導いた私の答えです。正解かどうかは分からないけど、間違いなくお母さんが頭をなでてくれてた時の緑とピンクが混ざった色は優しい色です。
金色はどんな意味を持つのか。そんな思考に陥っていたら場に変化が訪れていました。縦横無尽に駆け回る彼と魔物達。その魔物達の動きが素人目でも明らかに動きが鈍くなっていました。魔物達の体に刺さった武器は白ヘビに抜き取られ回復している。体力までは戻らないだろうけど、まだ動けるはずの体がいうことを聞かず困惑しているように見えます。白ヘビも必死で回復をするけど、自分の体も含め鈍くなっていました。そんな魔物達に彼がニヤリと笑って口を開いた。
「へへ、やっと針が効いてきたか」
針? 針ってなんだろうと思い、一番近くに居た白ヘビに近づき見てみる。
(あ、針だ! これは見たことある。確か……デンジャーホーネットの針だ!)
大きな木や地面の中や洞窟の薄暗い天井などに一軒家ほどもある巨大な巣を造り生息する危険な魔物でCランクに位置ずけられています。
ただでさえ無数に居るのに、一本でも刺された人間は瞬く間に体が痺れ、呼吸困難に陥り、いずれ息絶えます。
その針が白ヘビの体にびっしりと刺さっていました。きっと他の魔物にも刺さっているのだろう。どうやら彼は無数の武器を隠れ蓑に針も少しづつ放っていたようです。
体に刺さる痛みは武器だけだと思いこんだ白ヘビは武器を抜き回復する。でも巨体なせいかその小さな針には気づかず、刺さったまま徐々に体を麻痺毒に侵されていったようです。
回復しても針を抜かない限り毒は回り続ける。その針も少しづつ増えていくからとうとう回復が追いつかなくなってしまった。
それに気づいた魔物達はなんとか針を抜こうともがく。でも人の指程度の大きさの針を抜くことができない。巨大な体が仇になってしまったようです。
「最初はマジリスクの目でもばら撒こうと思ってたんだけどな、俺まで石化しちまうから却下した」
慌てふためく魔物達をしり目に、余裕な表情で彼はまたあの筒を取り出しグビリと喉を鳴らす。そして筒がフッと消えた時、真顔になった彼は言った。
「わりぃな、きめさせてもらう」
空気が変わった気がして、体がゾクリとしました。もがいていた魔物達も何かを感じたのか全員彼に顔を向けていた。
彼は胸の前で腕を交差し、スーと息を吸う。そして腕をバッと大きく広げ大声で言いました。
「銀環!!」
広場を光が埋め尽くし、彼を中心に衝撃波が広がり魔物達が吹き飛ばされた。間近に居た白ヘビが私に向かって飛んできて巨体が一瞬私と重なり後ろへ飛んでいく。
……綺麗。一瞬見えた何か赤黒いグロテスクな物が見えたけどそんなものがどうでもよくなるほど綺麗な光景。
広場全体が真っ白のオーラで埋め尽くされていた。元々彼の体の周り数十メートルほどのあったオーラの色が私や魔物を包んでいる。
その中心には銀色の太陽かと思われるほどに眩い環のオーラ。彼の胸の中心から銀色の輪に向かって大量の光の粒子がゆっくり飛び、環に触れて眩い光を常に放つ。その光景を周りの魔物達は私と同じように口を開けてポカンとしていた。
呆然としていると彼がゆっくりと右手の拳を真上に伸ばした。その動きにポカンとしていた魔物達も身構えるが私は何をするんだろうと少しワクワクしている。
そして彼が拳を地面に叩き付ける瞬間、広場の半分ぐらいはあるんじゃないかと思う巨大な白い拳の塊が突然出現し広場の中心を殴った。
ズドオオオオオオンンンン!!!
「ひぇわああああぁぁぁああ!?」
耳が潰れるんじゃないかと思うほどの爆音と振動。広場を埋め尽くす砂煙。一瞬で視界が塞がれた。しかし私の右目は銀の環を確認していた。
それも一瞬で消えたかと思うと次は私の真後ろから声が聞こえた。
「無痛拳」
爆音でおかしくなってた耳に僅かにそれが聞こえたと思った瞬間に続いて再び爆音。
「ぴぃい!? ヘブッ!」
爆風に影響しない私の体だけど思わず前につんのめ、顔から地面にこける。
確か私の後ろには白ヘビがいたんじゃ、と振り返ると、砂埃の中に溶けて霧散する巨大な赤黒い色とわずかな緑色のオーラ。その中にたたずむ銀の環が見えた。
(ああ……白ヘビが倒されたんだ)
たった一撃。あれだけ手こずっていたのに。これで魔物達は回復ができない。……というか針で動きを鈍らせた意味はあったのでしょうか。今まで目にも止まらぬ速さでしたが、今のはもはや目にも移りませんでした。で、でもきっと何か意味があったのでしょうきっとそうです。
消えていくオーラを見ていたら突風が吹き砂埃が消え視界が開けた。どうやら怪鳥が翼をはばたき吹き飛ばしたようです。
そしてやはり白ヘビが倒されたようで、彼の横には人の頭ほどはあるだろう巨大な緑色の魔石と真っ白な蛇革のようなものが転がっていた。
(すごく……おっきい……)
魔石を見て、私が半年かけて手に入れたBランクの魔石が路傍の石にしか思えません。見るからに純度も大きさも桁違い。ランクはどれぐらいなのかなと思っていたら魔石と革は彼の体に吸い込まれていきました。あぁ、もうちょっと見たかった。
仲間がやられて怒り狂ったのか怪鳥がピィィイ! と鳴き翼の攻撃を放つ。しかしそこには既に彼の姿は無く、私も探すように周りを見ると、いつの間にか広場の真ん中あたりの空間に立っていました。
(う、浮いてる?)
イノシシが角の間に雷を発生させ、彼に飛ばした。対して彼が両手の平を上に向けクイッと動かす動作をする。すると広場中にあった無数の武器たちが彼を中心に一気に集まり雷から彼を守った。武器は雷を纏ったまま竜巻のように回転し始めたと思ったら、魔物達に一斉に飛び始めた。
降り注ぐ武器は先ほどイノシシと白ヘビに放たれた時とは量が違う。豪雨のように避ける隙間も無く私の所にも降ってきて正直怖いです。
怪鳥は体を回転させ防ぎ、黒ヘビはイノシシの影に沈んで姿を消していた。しかしそのイノシシは防ぐ術も無く武器を全身に受けて倒れてしまう。
武器の雨が終わると完全には防ぎきれなかった怪鳥が悪あがきのように闇の翼をまき散らし、広場を再び闇の霧で覆い始める。
私の目にはまたオーラだけの世界になる。すると、イノシシの陰に隠れていた黒ヘビのオーラが闇の霧の中を移動し始め彼の背後へと回って行った。
空中に漂う霧から姿を現す黒ヘビの不意打ち。しかしその咢が彼を襲うことはなく、空中でピタリと止まる。霧が晴れたそこには空中に浮かぶ黒ヘビ。否、巨大な白い手に体全てを握られた黒ヘビだった。彼は背中越しにいつものセリフを言う。
「わりぃな」
グシャァ! と白い手が黒ヘビを握りつぶした。
「ブヒィイ!」
いつの間にか体に大量の武器を突き刺したままのイノシシが最後の力を振り絞るかのように大きく跳躍し、彼に体当たりした。そのまま彼を地上まで運びそのままの勢いで彼を壁際まで追い込み激突する。
「くっ」
彼にとってもイノシシの力は強いのかなかなか抜け出せないようだ。その間に怪鳥が翼を広げ全属性の羽根を嘴に集め、集中し始める。
どうやらイノシシは時間稼ぎで彼を足止めし、怪鳥はイノシシを信頼し最後の大技を放とうとしているのか魔力を一点に練っているようだ。
それを確認した彼はイノシシの巨体に白い手を時計回りに巻き付け固定し、それと同じ大きさの白い手をもう一つ出し、イノシシの顔に反時計回りに巻き付け固定した。
「御免!」
と、辛そうな顔で言った瞬間白い手を左右へ広げイノシシの頭をねじ切った。あまりにも残酷な光景で思わず顔を逸らしそうになったけど、全ては彼をここに呼び出した私の責任。ぐっとお腹に力を入れて私は見届けた。それを見ていた怪鳥も悔しそうな顔をしたが構わず力を限界まで溜めた。全属性を混ぜ合わせた、まるで虹色の塊を放とうとした瞬間、彼が言う。
「ありがとな、いい修行になった。これでまた先に進ませてもらう」
右拳を腰に構えた。
「コオオオオオオオ!」
気合を入れると同時に広場を埋め尽くしていた白いオーラが一瞬にして右拳に集中した。集中したオーラはもはや銀色と見まごうほどの光を放ち、広場を照らし地が震えだす。
それを見た怪鳥は一瞬目を見開き、次は諦めたかのように目を閉じた。しかし次に目を開いた時、最後の咆哮とともに塊を放った。
「ピィィィイイイイ!」
「ハァアアアアアア!」
怪鳥が放つと同時に彼も拳を突き出す。虹色の巨大な塊と銀色のオーラの塊が広場を眩く照らしお互いに向かって飛んでいく。
これで最後だとなんとなく悟りました。広場が光に包まれ。私の意識もなんだか遠のいていく感覚がし始めてきました。
(ああ……もう時間切れなんですね)
もっとあなたの姿を見たかった。もっとあなたを知りたい。あなたが何者なのか。銀の環のようなオーラはいったい何なのか。どれほど苦しい想いをしてきたのか。
早く出てきてほしい。よくもこんなところに呼び出したなと私を叱ってほしい。そして許されるなら。
私と契約してほしい。
塊が衝突する瞬間、虹の塊は僅かな抵抗すらみせることなく白いオーラに飲み込まれ、ついに怪鳥にたどりつきその身も光に包まれ、私の意識もそこで途切れた。
小太が履いてるのはボクサーパンツ