桜の国08
僕は薬効煙をスーッと吸ってフーッと吐く。
旅の道中。
お天道様は最も高い位置へ。
僕たちは川のせせらぎを聞いて、川べりで昼食をとることにした。
フォトンの四次元ポケットから釣り具を取り出してもらって僕は川魚を釣っている最中である。
川に釣り糸を垂らしながら煙を嗜む僕。
「ウーニャー! パパ、お魚釣れた?」
「まだだね~」
僕の頭の上でうつぶせになっているウーニャーだった。
よほど僕の頭は乗り心地がいいのだろう。
僕は薬効煙を吸って吐く。
「マサムネ様、干し肉が焼けましたよ?」
深緑の髪をおさげにしている美少女……フォトンが串に刺さった干し肉を僕のところまで持ってきてくれた。
「うーん。あんがと」
僕は薬効煙を吸い終ると串を持って干し肉にかじりつく。
塩味と香ばしさが同居した中々の干し肉だった。
「美味しいね」
「竜の国で買ったドラゴンの干し肉です。味は保証されたようなものでしょう」
なるほどね。
「ところでさ」
「何でしょうマサムネ様?」
「ゴブリンやサイクロプスの肉って美味いのかな?」
「さあ? どうでしょう? 食用にするなんて聞いたこともありませんが……」
「ていうかそもそもなんだけど……ドラゴンやエルフは文化を持って人間と共存してるよね?」
「ですね」
「じゃあゴブリンは?」
「…………」
「トロールは? サイクロプスは? ヴァンパイアは?」
「それは……」
「人を襲う以上、人類と共存しているわけじゃないでしょ? あっちにはあっちの文化があるの?」
それにしては、
「箇所箇所で突発的に発生しているようにしか見えないんだけど」
そういう事なのだ。
人を襲う亜人が文化を持っているようには見えない。
どんなところにも生息し人を襲う……。
まるで狼や野犬と立場が変わらないのだ。
「…………」
フォトンは焼けた干し肉を咀嚼、嚥下して、それから口を開いた。
「この前出た村のことを覚えてますか?」
「堕天使のこと?」
「はい」
「まぁ覚えてはいるけど……」
「これは仮説なんですが人を襲う亜人は堕天使に影響されている、という話があります」
僕は黙って干し肉を食べる。
「天使と堕天使が現れる時に限り害的亜人が現れると」
「天使もなんだ……」
「天使と堕天使は作用と反作用のようなモノです。神は人を愛し、人を憎んでいる。その愛憎が天使と堕天使というマンデミウルゴスインタフェースを生み出すのだとしたら、天使が生まれれば同時に堕天使が……堕天使が生まれれば同時に天使が生まれないとバランスが取れないんです」
「でもあの村では堕天使しか出てこなかったよね?」
「大神デミウルゴスは気まぐれなんです。人を気まぐれに愛し、気まぐれに憎む。故にエネルギー体である天使や堕天使を生み出しはしますが等価ではありません。デミウルゴスの触角として生まれる天使や堕天使は人間への愛が大きければ天使が有利に、人間への憎しみが大きければ堕天使が有利に、それぞれ顕現するんです」
「それなら、あの時は堕天使が有利な条件で天使と堕天使が生まれて堕天使が勝った結果ってこと?」
「はい。しかしてあれはレアケースです。だいたいにおいて大神デミウルゴスの愛憎は五分五分です。生まれた天使と堕天使は対消滅して終わることがほとんどです。あれほどのエネルギー体を残したまま堕天使が天使に打ち勝ったというのは……あの時に限りデミウルゴスは人を愛するより憎んでいたということなのでしょう」
わからない話ではないけどさ。
「そして堕天使のエネルギーに呼応して自然発生的に亜人は生まれます。天使が堕天使に勝てば天使は余った力で生まれた亜人をも狩り尽くしますが、堕天使が勝ったり等価で天使と堕天使が対消滅した場合、亜人はコントロール不能のまま人を襲います。無論、文化を持つドラゴン、エルフ、ドワーフは例外ですが……」
「天使側に影響して亜人が生まれたりはしないの?」
「聞いたことはありませんね」
「ふーん」
僕は無気力に相槌を打つと干し肉にかぶりついた。
「先にも言いましたが先のことはレアケースです。本来デミウルゴスの人類への愛憎は五分五分なんですから。つまり仮に堕天使が勝ったとしても天使との戦いで保有するエネルギーを消費尽くしていることがほとんどです。我々でも十分対応可能なんですよ」
「まぁそこを疑っているつもりはないけどね。ウーニャーもいるし」
「ウーニャー! ウーニャーは別に大したことはしてないよ?」
「うん。まぁね。そう言うとは思ったけどさ」
僕は干し肉をかじる。
「つまり大陸中で天使と堕天使の争いが活発化して、堕天使の影響で人を襲う亜人が生まれるってことでいいのかな?」
「はい、マサムネ様。その解釈で間違ってはいません」
難儀だなぁ。
「パパ! パパ!」
ウーニャーが僕の頭上でパタパタと興奮に翼を羽ばたかせる。
「どうしたのウーニャー?」
「釣れてるよ!」
「あいあい」
僕はピッと釣竿を持ち上げる。
川魚が一匹釣れるのだった。
「じゃあフォトン……これよろしく。焼いて食べて」
川魚から針を取って串に刺すと僕はフォトンに川魚を渡した。
ノルマは後三匹……まぁほどなく釣れるだろう。
僕は虫を針先に突き刺すと川に向かって釣り糸を垂らした。