竜の国10
谷に沿って長く続く市場は竜の国の門前市らしい。
無論何の門前かといえば竜王会議。
七竜王が座す王城の……だ。
ちなみに市場には人化したドラゴンだけでなく……むしろ人化したドラゴンは少数派なのだけど……人間も存在する。
ドラゴンは文化というモノを基本的に持たない。
食事もせずに永き時を過ごす。
……らしい。
全部フォトンの受け売りだけど。
そりゃ哲学に奔るよね。
閑話休題。
ドラゴンは竜王会議によって決まったこと以外は自由奔放に過ごしているのである。
まれに人間社会に興味を抱くドラゴンもいて、そういうドラゴンは気に入った人間とバーサスになるらしい。
ただしドラゴンと人間は基本的に険悪だ。
ドラゴン狩りと呼ばれる集団のせいらしい。
無論、言葉通りドラゴンを狩る集団だ。
この大陸の人間は一神教が主だ。
全知全能の神デミウルゴスが世界を創ったというのが通説である。
僕はまた違った解釈を持っているのだけど、それを口にすれば人類を敵にまわしてしまうので口を閉ざす。
とまれ、一神教も一枚岩ではなく旧教、新教、原理主義、大神崇高教、ハルマゲドン教などその内約は様々だ。
そしてそんないくつも派閥を持っている一神教信者の中でドラゴンの評価は分かれているようなのだ。
曰く、
「ドラゴンはデミウルゴスの使い……天使である。そを崇め奉り崇高なる信仰の対象としようではないか」
との意見がある。
曰く、
「ドラゴンは魔王の使い……悪魔である。そを排斥し、聖絶し、ドラゴンの魔の手から人類を守ろうではないか」
との意見がある。
要するにドラゴンが一神教にとっての天使か悪魔かで、一神教信者の間で意見が割れているのだ。
「心底どうでもいい」
などと僕は思い、
「まぁ人間は三人いれば派閥が出来ますしね」
呆れた口調でツナデが同意する。
漆黒の髪を手で梳きながら、
「興味ありません」
と態度で示す。
「そもそも唯一神っていうのがありえないんだけど」
これはイナフ。
「精霊教の信仰者ともなればデミウルゴスは容認しがたいかい?」
問うた僕に、
「別に精霊教も信じてないよ。イナフが純粋なエルフだったらわからなかっただろうけどね……」
そりゃそうだ。
「だから信じてるのはお兄ちゃんだけ」
そう言ってイナフはニッコリと笑うのだった。
「フォトンは?」
「私は……ドラゴンは神の使いだと思っています」
「新教信者?」
「はいな」
一神教におけるデミウルゴスの遣いに肉体を持つのもは存在しないというのが旧教の考え方だ。
対して一神教におけるデミウルゴスの遣いに肉体を持った……この世界に現界している存在がいるというのは新教の考え方である。
さて、話がだいぶ逸れたけど……、
「つまり旧教や、それに派生する信者たちがドラゴン狩りを行なっていて、ドラゴンを警戒させているってことかな?」
そんな僕の問いに、
「そういうことですね」
フォトンが頷く。
「ドラゴンが悪魔だってのはわかるよ……僕の世界のクライスト教もドラゴンを悪魔と見なしていたし」
「クライスト教?」
「誤解を承知で言えば向こうの世界における一神教みたい宗教だね」
「ではマサムネ様の世界でもドラゴン狩りが?」
「いいや?」
僕は否定する。
「そもそもドラゴンなんていないし」
「ドラゴンがいないのにドラゴンを認識しているんですか?」
「ま、御伽噺だけどね」
深刻な言葉を僕は吐いた。
とまれ、
「じゃあ竜の国……竜王谷に人類が攻め込んだりするの?」
「はぁ、まぁ。何度も返り討ちにされて昨今はあまり聞きませんが」
「そりゃそうだ」
中竜で戦術レベル……大竜で戦略レベルの存在だ。
人類の軍隊など歯が立たないだろう。
「じゃあ何でドラゴン狩りが横行するのさ?」
「ひどく単純ですよ。ドラゴンの遺体は高く売れるんです」
「え? 宗教的理由じゃないの?」
「思想で腹はふくれませんよ。ドラゴン狩りを行なっている連中はドラゴンを悪魔だと言い張って、コレを討つは正義と偽って、ドラゴンを狩って回っているのです」
「ちなみにお値段は?」
「小竜一匹で人生遊んで暮らせるほどの額です」
なるほどね。
そりゃ欲に目のくらんだ人間には魅力的に映るだろう。
「最も……ドラゴン狩りを行なうのも命がけですからどうしたって一神教の教えと言い張って一般人を扇動する人間が存在しますけどね」
「それらがピンハネしていると?」
「そういうことですね」
因果な世の中だこと……。