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竜の国05

「理解したか?」


 湯に浸かった赤髪赤眼の美青年ことレッドドラゴンが僕に問うた。


「まぁ目で見たものは信じざるを得ないね」


 僕はそう答える。


「マサムネ……だったか?」


「ですです」


「マサムネは異世界から来たのだったか……」


「ですです」


「異世界にドラゴンはいないのか?」


「ですです」


「エルフは? エルフもいないのか?」


「ですです」


 いたらたまったものじゃない。


「では哲学もないのか?」


「それはありますけど……」


「あるのか?」


「ありますよ?」


「ドラゴンがいないのに?」


「何でドラゴンと哲学が結びつくんです?」


 意味がわからないと僕。


「こちらの世界では哲学とはドラゴンの教養なのだ」


「こちらの人間は哲学を学ばないのですか?」


「まぁ今を生きるのに精一杯だな。我らドラゴンのように千年単位の寿命を持たない人間が哲学を考察するには人生は短すぎる」


 そうかなぁ?


 少なくとも僕の元いた世界では人間は活発に哲学を学んでいたけど……。


 やっぱり魔術のせいで思考が停止しているのだろうか?


 そもそも七属性で全てのカタがつくというのが不自然な話だ。


「哲学は千年以上生き続けるドラゴンの教養……そうであるからこそドラゴンは崇高なものとされている」


 レッドドラゴンの言葉は陶酔に満ちていた。


「今はレッドドラゴンは……」


「レイフェルで構わん」


「レイフェルは何を定義しているのですか?」


「性善説と性悪説について……だな」


「っ!」


 僕は絶句した。


 まさか……。


「こっちの世界にも性善説と性悪説があるんですね……」


 驚愕せざるを得ないだろう。


「ほう?」


 とレイフェルが食いつく。


「ということはそちらの世界にもあるのか?」


「無論」


 そう言う他ない。


「あちらの世界で自意識を持っているのは人間だけですから。当然哲学は人間だけの命題ですよ」


「興味深いな」


「恐縮です」


 僕は肩をすくめる。


「それでマサムネ……きさんは性善説と性悪説のどちらが正しいと思う?」


「それは極論ですね」


 僕は質問そのものを否定した。


「そもそも性善説にしろ性悪説にしろ懐疑的な議論ですよ。どちらが正しいなどという二極化をする類のものではないはずです」


 僕がそう言うと、


「然りだな」


 くつくつとレイフェルは笑う。


「では改めて聞こう。マサムネはどちらに寄っている?」


「絶対的回答としては存在しえません」


「ほう?」


「まぁ支持すると言うのなら……性悪説が六割……性善説が三割……中立的立場が一割と言ったところでしょうか」


「完全にどちらかに与するというわけではないのだな」


「ええ、まぁ」


 頷く。


「しかして性悪説が性善説の二倍か。どちらかと言えば性悪説……という解釈で我の認識はあっているか?」


「まぁ性悪説の方が圧倒的に有利であることは否定しませんよ」


 はふ、とお湯に浸かりながら僕は言う。


「理由を聞いていいか?」


「だって人間の本質が善であるなら法律なんて必要ないでしょう?」


「ふむ……」


 考え込むようにレイフェル。


「しかして人の根源が悪と断じることはできまい」


「できますよ」


「何を以て?」


「自由な世界でなら殺人すら個人の自由です。すなわち人は法律と云う首輪を課さなければ悪に寄るモノでしょう?」


「マサムネは人の可能性を信じていないのか?」


「信じてはいますよ。性悪説は人の核が悪だとしても後天的に道徳や規律を覚え善なる者になれると説く考え方です。すなわち優しさは環境によって体得されるものです。僕はその可能性を誰よりも信じていますよ」


 言ってクスリと笑う。


「そう言われると性善説より性悪説を信じたくなるな」


 レッドドラゴン……レイフェルは悩ましげに口にした。


「性善説を否定するわけじゃありませんけど……それでも人の道徳は教えられなければ体得できないという意味では性善説を持ち上げる気にはなれませんね」


「言われてみれば納得だ。人は人に接してしか人になれない。ならば性悪説は人の人たる要素を環境に求めるということか」


「そういうことですね」


 僕は頷く。


「では我も性悪説を支持することにしよう」


「別にレイフェルを説得しようなんて根拠があって言ってるわけではないんですが」


「構わぬよ」


 レイフェルは笑った。


「きさんの考えは妥当だ。ならば支持するのも当然と言えよう」


「はあ……まぁいいんですけどね」


 僕は人差し指でポリポリと頬を掻いた。


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