竜の国02
「あー……やっとついた」
何処に?
村にだ。
僕は煙をフーッと吐く。
それは安心の吐息でもあった。
樹の国を出てから歩いて三日目。
僕とフォトンとツナデとイナフは山道の途中にあるそこそこ大きな村へと辿り着いたのだった。
「今日はお風呂に入れますね」
僕の右腕に抱きつきながらツナデが言う。
「ツナデお姉ちゃんズルい! イナフもお兄ちゃんと一緒に入る!」
僕の左腕に抱きつきながらイナフも言う。
「もちろんマサムネ様はそんな手口に乗りませんよね? マサムネ様は私のバーサスですゆえ……」
ニッコリと暗黒微笑を向けながらフォトンが言う。
「全員却下。僕は一人で入るよ」
煙を嗜んで僕はそう答えるのだった。
「ええ!」
「そんな!」
「なんで!」
むしろ何で驚くの?
「誰と入っても遺恨は出るでしょ。なら僕は一人で入るよ」
僕は薬効煙を吸う。
「マサムネ様は私のバーサスの騎士なのですから遺恨の出ようはずもありませんよ」
とフォトンが言う。
「お兄様の運命の相手はツナデに他なりません。向こうの世界で禁断の愛故に愛し合い、そして今こうやって障害の無い世界で巡り合う。これが運命じゃなくてなんだと言うんですか……!」
これはツナデの言。
「お兄ちゃんの心の傷を本当の意味で理解してあげられるのはイナフだけだよ! 血統による排斥……それをわかってあげられるのはイナフだけ」
言うまでもなくイナフの言葉。
「全員の意見を却下。もし僕の入浴中に突撃してきた者はおしなべて嫌いになるから、その辺りの認識をよろしく」
僕はそう言って煙を吐いた。
喧々諤々ワンワンにゃんにゃんと僕の所有権を巡って言い争いをするかしまし娘を放っておいて、僕は村へと足を踏み入れる。
同時に、
「……っ!」
絶句した。
してしまった。
せざるをえなかった。
せぬほうがどうかしている。
入り口からでも見えるほど大きなモンスターが村の中央に鎮座していたからだ。
ギラリと光る赤い瞳はルビーの様。
深紅の鱗は玉石を削りだしたような美しさ。
並ぶ牙は狼でさえこうはいかないとズラリと凶悪に生え出ている。
筋肉は清廉にして強力に押し込められいて。
背中からは悪魔のそれにも似た翼が大きく主張している。
「ドラ……ゴン……?」
そう言って差し支えない姿だったのだ。
赤い鱗に赤い瞳。
レッドドラゴンと呼んでいい存在だった。
そのドラゴンは村の中央広場にてダラリと弛緩していた。
巨大なる翼も折りたたんでいる。
それでもその存在感は圧巻と言う他なかった。
だってドラゴンだ。
異世界の醍醐味の最上級と言ってもいい。
本物のドラゴンをこの目で見れるなんて何と気持ちを表現すればいいのか……!
言い争いをするかしまし娘を放置して、僕はドラゴンへと駆け寄った。
「オー! ドラゴン!」
この国が竜の国だということはフォトンから聞いていたけど、本当のドラゴンに遭遇できるとは僥倖以外の何物でもない。
と、レッドドラゴンは瞳に僕を映して、「グルル」と威嚇するように喉を鳴らし、
「そんなにドラゴンが珍しいか?」
と人語を発生した。
「へ? 喋れるの?」
ポカンと僕。
「我々ドラゴンはドラゴンと人とエルフの言葉を理解できる」
「マルチリンガルってこと?」
「そうとってもらっても構わないな」
くつくつと喉を鳴らすレッドドラゴン。
「それにしてもこの大陸にいながらドラゴンの存在を知らないきさんは何者なるや?」
「ああ、実はまだこの世界に馴染んでなくて」
僕はタメ口でドラゴンに話しかける。
「この世界に馴染んでいない……?」
「うん。異世界から来たからね」
「誰の手によって?」
「無限復元……セブンゾール……魔術師フォトンの手によって」
そう言って僕はワーワーギャーギャー口論するかしまし娘の中の深緑の髪を持つフォトンを指差した。
「無限復元……だと……! ソと共にきさんは旅をしておるのか……!」
「まぁ色々ありまして」
色々で片づけていい話ではないけど他に言い様もない。
「無限復元と話は出来ないだろうか?」
「そりゃ出来るけど僕を介す必要はなくない?」
「いきなり話しかけるなど無礼にあたろう」
「そんなものかな」
何はともあれ無限復元やセブンゾールの名刺は価値が高いらしい。
僕はかしまし娘の喧嘩の仲裁をした後、フォトンをドラゴンの前まで連れるのだった。