樹の国22
「ふんふんふふ~ん。らんらんら~」
軽快に鼻歌を奏でながらイナフは器用に包丁を使う。
シュルシュルと世界樹の果実の皮がむかれる。
虹色の皮の下から出てきたのは純白の身。
芯も種もない。
そもそも世界樹は子孫を増やす必要もないだろうから種が無くて当然だ。
とまれ、イナフは三つの果実の皮をむいて一口大に切り分け、皿に乗せて僕らに出した。
「どうぞ、お兄ちゃんとお姉ちゃん」
なんてイナフに、
「こりゃどうも」
と僕が答え、
「ありがとうございます」
とフォトンが答え、
「お兄様の妹はツナデだけなのに……」
とツナデが渋った。
ある意味でこれが……世界樹の果実を食べることこそが樹の国での観光の第一番と言えるだろう。
「ではいただきます」
と言って手に持った針で果実を突き刺し、口内に放り込む。
次の瞬間感知した味は想像を絶し、形容しがたいモノだった。
眩暈を覚えるほどの濃厚な甘みが口に広がる。
どんなに熟した果実でもこうはいかないというほどの甘みである。
ちょっと例えからは外れるけど濃厚という意味ではバターにも匹敵する。
それほど強烈にして鮮烈な甘みだったのだ。
それでも眩暈を覚えなかったのは、甘みの中にも柑橘類にも似た酸味が絶妙な割合で含まれていたからだ。
その酸味が濃厚な甘みを引き締めて完成させていた。
総じて極上の味だった。
「これは……」
「すご……」
「こんな……」
「美味しいね~」
僕たちは手が止まらず次から次へと世界樹の果実を口に運び、あっという間に食い尽くした。
「これ……美味すぎて下手すりゃ依存性があるんじゃない?」
「たしかにそうですね……」
「賛成です……」
僕とフォトンとツナデはその美味しさに参っていた。
樹の国の樹になる果実と比べても比較対象として強すぎるのだ。
あまりに衝撃的な味。
そして数分後には世界樹の果実の効果だろう……急速に血糖値が上昇し満腹感を覚えるのだった。
リンゴ大の果実三つを四人で分けて食べていながら、である。
「たったこれだけしか食べてないのに何でこんなに満腹感が……」
そんなツナデの疑問に、
「世界樹の果実を食べると三日は満腹感から逃れられないらしいよ?」
イナフが答える。
「ちょっと効果が尖りすぎですね……」
フォトンも驚いたようだった。
「まぁ栄養は十分あるらしいし……架空の満腹感じゃない事はエルフが証明してくれているしね」
僕は肩をすくめる。
けぷ、と満足の吐息をついた後フォトンが言った。
「では世界樹も拝んで……その果実も食べたことだし……次の国に行きましょうか……マサムネ様……」
「そうだね」
僕も肯定する。
「あ、ちょっと待って。旅の準備をするから」
イナフがそう言った。
「「……は?」」
ポカンとしたのがフォトンとツナデ。
「ゆっくりでいいよ」
「ありがとうお兄ちゃん」
「「どういうことですか!?」」
フォトンとツナデが僕に迫った。
「どういうことって何が?」
「なんでイナフまで旅の仲間になってるんですか!」
「お兄様はロリコンですか!」
そんなつもりはないけどね。
「いいじゃん。当人がついてきたいって言ってるんだから。それにロリコンじゃないよ。イナフは三十路越えじゃん」
「肉体年齢の話です! お兄様はロリに手を出すつもりですか!」
「幼女を抱く気はないよ。たとえ合法ロリだとしてもね」
「ではツナデを愛することにかわりはないのですね?」
「ちょっと待って。マサムネ様は私のバーサスの騎士ですよ? まずは私に唾をつけて手を出すべきです」
「お黙りなさい。お兄様があっちの世界で迫害されていた時もこっちの世界でのうのうと暮らしていた十把一絡げが」
「じゃあツナデにはマサムネ様は救えたの?」
ことの核心をつくフォトンに、
「……っ!」
絶句するツナデだった。
せざるをえないだろう。
僕の態度も相まってツナデは結局加当の家から僕を守ることはしなかった。
それが引っ掛かった魚の小骨のようにツナデの罪悪感をチクチクと痛めるのだろう。
わかっていて僕は口を出さなかった。
ま、ツナデの暴走が止まるならこれくらい許容範囲だろう。
「大人気だねお兄ちゃん」
旅の準備……とは言っても外用の服装に着替えるだけなんだけど……をしていたイナフが苦笑する。
僕は肩をすくめてみせた。
「望んだ結果じゃないけどね」
「あはは」
とイナフは笑う。
こうして僕とフォトンから始まった異世界観光旅行は義妹であるツナデとハーフエルフのイナフを連れるちょっとした所帯になった。