樹の国21
世界樹を登り始めて一日が経った。
高度は七千五百メートル。
既に僕のオーラは五百メートル上になっている世界樹の果実を捉えていた。
「ところで世界樹の果実って美味しいの?」
はっきりと「いまさら」だけど、そう言えば聞くのを疎かにしていた。
「美味しいらしいよ?」
イナフは肩をすくめた。
「イナフは食べたことないの?」
「ないよ。イナフは村の爪弾き者だから」
「…………」
胸糞悪くなる答えだった。
何より不条理なのはそれをイナフが諦めていることだろう。
つくづくイナフは僕と同じだ。
イナフは言葉を続ける。
「でも聞くに世界樹の果実は濃厚で美味しいだけじゃなくて栄養もたっぷりと入っていて……食べれば三日は満腹感が続くらしいよ?」
「それは……」
是非とも食せねば。
僕は薬効煙の煙を吸いながらさらなる高みへと登っていく。
「ねえお兄ちゃん」
「なにさ?」
「お兄ちゃんたちは観光旅行をしてるんだよね」
「僕はそうだね。ツナデは僕の傍にいたいだけでフォトンには別の目的があるけど」
フーッと煙を吐く。
「イナフも駄目かな?」
「?」
僕は足を止めてイナフへと振り返る。
「どういうこと?」
「だからさ……イナフもお兄ちゃんたちの旅についていっちゃ駄目かな?」
「それは逃避なのかな?」
「うん。それは否定しない」
真っ正直なイナフだった。
「イナフはここでは嫌われ者。だから逃げ出したいって気持ちはいつもある」
「…………」
無言で煙を吸う僕。
「でもそれ以上にイナフはお兄ちゃんに惹かれてる……」
「…………」
無言で煙を吐く僕。
「あのね。あと三十年もすればきっと立派な淑女になれると思うの。お兄ちゃんにとっては魅力的に映らないかな?」
「三十年後となれば僕はおっさんだよ?」
「でも若い女の子に愛されるならいくつになっても本望でしょ? ツナデお姉ちゃんは今が旬なだけでイナフより早く劣化するよ? フォトンお姉ちゃんは死なないから天国まで一緒に行ってあげられない」
「…………」
僕は煙を吸って吐くと、言った。
「まぁついて来たいというのなら僕から言うことは何も無いけどね。でもハーフエルフが人里に下りたら狙われるんじゃない?」
「大丈夫。イナフの耳は尖ってないから」
その理論もどうかと。
無論言葉にはしないけど。
「三十年自身を鍛えてきたから足手纏いにはならないと思うよ。自衛の手段は持ってる。それに魔術とエルフ魔術だって持ってる。戦力になれると思うんだけどな」
まぁそれはわかる。
魔術が使える。
エルフ魔術……遁術も使える。
観察するに体術も僕には及ばないもののツナデとは拮抗するだろう。
むしろ経験値だけで言うのなら僕とツナデの二倍強の時間を生きているのである。
足手纏いにはならないはずだ。
「ま、好きにすればいいさ。歓迎はしないけど拒否もしないよ。君が里を降りたいというのならそれを押し留める権利は僕には無いからね」
「ありがとうお兄ちゃん!」
パァッと向日葵のように華やいだ笑顔でイナフは僕の腕に抱きついてきた。
そして僕とイナフはついに世界樹の八千メートル付近まで上りきるのだった。
そこにあったのは虹色の果実だった。
光の当たり具合で様々な色に変化する果実だった。
大きさや形はリンゴに似ている。
僕はその果実を見やる。
「これが世界樹の果実……」
「そうだね。食べたことはないけど見たことはあるから間違いないよ」
イナフも肯定する。
僕はその果実に触れると、
「闇を以て世界に命ず。空間破却」
魔術を行使した。
次の瞬間フツリと世界樹の果実がその場から消え去る。
「何をしたの?」
「世界樹の果実を地上に空間転移したんだよ」
イナフの疑問にさっぱりと僕は答える。
それから数十となっている世界樹の果実の内、三つほどを地上へと空間破却する僕。
「じゃ僕たちも地上に帰ろうか」
「え? お兄ちゃん……食べていかなくてもいいの? ここから地上に戻るとなれば一日以上かかるよ? 腐りはしないけど劣化するのは目に見えてる」
「大丈夫。地上の座標は既に記録してるから」
そう言って僕はイナフをお姫様抱っこして、想像創造を行ない、
「闇を以て命ず。空間破却」
と世界宣言をした。
そして僕の宣言通りに世界が変容する。
僕とイナフは一瞬で地上……エルフの里へと転移したのだった。
「お帰りなさいマサムネ様……!」
「お帰りなさいませお兄様……!」
フォトンとツナデが歓迎してくれた。
僕が見やると世界樹の果実も無事地上へ転移されていた。
ニッコリと笑う。
「じゃあ世界樹の果実を食べよっか」
反対意見は出なかった。