樹の国20
僕は新たに薬効煙を魔術でつくると、同じく魔術で火をつける。
「…………」
煙をプカプカ。
薬効煙を吸いながら悠々と螺旋階段を登っていくのだった。
本当は階段じゃないけどね。
「はあ……! はあ……! お兄ちゃん……ペース速すぎ……」
天上へと伸びる螺旋の道のおともとしてイナフが僕についてきていたけど、酸素が薄いことも手伝ってか息を切らしていた。
「鍛え方が足りないね」
煙を吸いながらそう言う僕に、
「なんでタバコ吸ってるのにそんなに息が切れないの?」
不思議そうにイナフは問うてくる。
金髪が風に靡き、碧眼は疑問をたたえる。
「これ、タバコじゃないから」
「そうなの?」
「そうなの」
「じゃあ何?」
「薬の一種」
「煙で吸う薬って……まさか麻薬?」
「違う違う。麻薬としての側面が無いとは言わないけど、薬効煙自体は健全なモノだよ。要するに鎮静効果をもたらす薬」
「誰が吸っても大丈夫ってこと?」
「それはそうだけど鎮静効果があるから一応精神的な依存性はあるよ? 肉体的依存性は無いけど」
「ふーん」
感心したようにイナフ。
「しかして」
僕は天に向かって伸びる螺旋の道を踏破しながら感嘆の吐息をつく。
「言葉も無いとはこのことだね」
見渡す限り雲の大地が広がっていた。
澄み切った空には太陽が輝いている。
「だいたい高度六千メートルってところかな?」
オーラを広げて確認する僕に、
「なんで半径六千メートルもオーラを広げられるのかがわかんないんだけど……」
「全力を出せば半径一万メートルまで広げられるよ。カロリーの無駄使いだから滅多に使わないけど」
「一万……! 十キロメートルってこと!?」
興奮するようなイナフに僕は頷くことで答える。
「無茶苦茶だよ……」
「まぁ僕は異常だから」
カラカラと笑う。
さて、説明が遅くなったね。
僕とイナフが何をしているかといえば……一言でいうのならば木登りである。
極太のツルが螺旋上に天へと伸びる世界樹の幹に沿って世界樹を登っている最中なのである。
そして今は高度六千メートルまで到達しているというわけだ。
オーラで確認するに世界樹の天辺は一万メートルといったところだろう。
ただしそこまで行くとツルも細くなって歩けるわけもない。
実質世界樹になっている果実は八千メートルからとれるらしいから、僕とイナフの目標は八千メートルということになる。
まぁちょっと過酷な山登りとでも思えば気苦労は無い。
「お兄ちゃん……ちょっと休憩……」
「それは別にいいんだけどさ」
「はあ……!」
息を吐いてイナフさんじゅうななさいは世界樹の幹に座り込む。
僕もその隣に座る。
煙を吸って吐いた。
「お兄ちゃん」
既にイナフにとって「お兄ちゃん」という呼称が既成事実化している。
別に訂正する必要も感じないため放置してるけど。
「何さ」
煙を吐きながら僕は問う。
「イナフにも一本」
「そりゃ構わないけどね」
そう言って僕はイナフに薬効煙を渡す。
イナフは薬効煙を受け取ると、
「我が身を火の気に捧げたもうなればソレを以て世界に願い奉る。ファイヤー」
そう世界宣言をして魔術で火をつけた。
煙をスーッと吸って、
「ゲホッゲホッ」
とむせ返るイナフ。
それから咳き込みながら無理矢理薬効煙を吸うイナフは、
「よくこんなの常習的に吸えるね、お兄ちゃん」
変に感心したようだった。
「慣れだよ慣れ」
僕はフーッと煙を吐く。
「それよりハーフエルフとはいえイナフはエルフでしょ? 魔術なんて使っていいの?」
魔の国で教わったことだ。
魔術は唯一神デミウルゴスを介して世界に宣言することで宣言通りに世界を変革する技術。
つまり一神教が思考の下地にあるのだ。
「精霊教の君が魔術を使うのは禁忌だと思うんだけど」
「別にいいよ。どうせ精霊教を熱心に……盲目的に信仰したってイナフは耳無しって責められるだけだから」
「でも……もしイナフが一神教を支持するなら、それはつまり君への排斥も神の仕業ということになるよ?」
「しょうがないんじゃない?」
イナフは苦笑した。
煙をフーッと吐く。
「ふーん」
僕も煙を嗜む。
「君がそれでいいならいいんだけどさ」
それ以上は関わるべきではないだろう。
それから僕とイナフは薬効煙を一本吸い終ると立ち上がって世界樹を再度登り始めるのだった。