樹の国19
というわけで、
「お邪魔します」
と発声して僕たちは似非エルフの美幼女……イナフの家である茅葺小屋の中へと入っていった。
質素な内装だった。
当たり前か。
商業ルートから隔離されているエルフの里に何かを求めるのが間違っている。
地面でないだけマシと思おう。
「とりあえずくつろいでください」
似非エルフの美幼女イナフは金髪碧眼のそれはそれは可愛らしい笑顔でそう言った。
うーん……眩暈がするほど可愛い。
「イナフ……ちゃん……?」
「イナフでいいよ?」
「じゃあイナフ」
僕はイナフを呼び捨てる。
「なぁにお兄ちゃん?」
「なんでイナフはこの村にいるの?」
「いちゃいけない?」
「とは言わないけどね」
個人の勝手ではあろうけど、
「人間がエルフの里にいても息苦しいだけじゃない?」
そう思わざるを得ない。
「うん。まぁ。そうなんだけどね……」
歯切れ悪くイナフ。
金髪のショートが揺れて、碧眼が憂いに揺れる。
「これでも一応エルフなんだよ?」
「耳……他のエルフみたいに尖ってないじゃないか」
「イナフはハーフだから」
「っ!」
僕は絶句した。
それはフォトンもそうだったしツナデもそうだった。
「あはは」
と渇いた笑いをもらすイナフ。
「人間とエルフのハーフ……?」
「ん。そゆこと」
「金髪碧眼がエルフの血で丸い耳が人間の血ってことかな?」
「だね」
「どっちがエルフ?」
「母方」
「…………」
クシャリとした笑顔を見せるイナフ。
「だから村ではイナフの事は《耳無し》って呼ぶの……。耳の無いエルフ……欠陥品のエルフってね……」
自虐的な言葉には渇いた笑いがついてきた。
僕の喉は急速に干からびる。
「同じだ……」
僕はそう言った。
「同じ?」
イナフは僕の言葉を繰り返す。
「血によって優劣を評価される。イナフと僕は全くの同じだ」
雌犬の子と呼ばれていた過去のトラウマがジクリと痛む。
「お兄ちゃんも血に排斥されてきたの?」
「うん」
「そっか。えへへ……それならイナフだけが不幸ぶる権利は無いね」
「違う。そうじゃないんだ……!」
「じゃあ何?」
「イナフは泣かなきゃならないんだ。ここは辛いよって。幸せが欲しいって」
「でもそれを諦めなきゃここでは暮らしていけない……。三十年近くかけて得た結論がそれだよ」
相も変わらず干からびた笑みのイナフ。
「三十年……?」
「イナフは三十七歳だから」
そう言えばエルフの寿命は人間より長いんだっけ?
合法ロリだね。
「私より年上……!」
フォトンが驚く。
もしもし……フォトンさん?
「フォトン……不老不病不死って言ってたよね? 今何歳?」
「三十歳です。肉体年齢は十四歳ですけど」
おばはんの年齢じゃござんせんか……。
いやまぁいいんだけど。
それにしても外見なら「ツナデ>フォトン>イナフ」だけど実年齢なら「イナフ>フォトン>ツナデ」なのか。
いらん知識がまた一つ。
閑話休題。
イナフは果実を乾燥させたドライフルーツを僕たちにもてなして問うた。
「そう言えばお兄ちゃんたちは観光でここに来たんだよね?」
「そうだね」
「神道……だっけ? それどこの宗教? 別大陸?」
「いんや。別世界」
「別世界って……まさか異世界?」
「正解」
そして僕とツナデは代わる代わる僕たちを取り巻く状況を説明した。
要するに僕とツナデは闇魔術で異世界から召喚されて、それまでは向こうで暮らしていたこと。
飛行機や核兵器や月旅行の話などもしてやった。
こちらではない異世界の話はイナフを魅了してやまなかったらしい。
イナフは目をキラキラと輝かせて僕らに異世界への質疑を重ねた。
それに僕とツナデが淡々と語っていく。
フォトンも異世界の話に興味があるのか途中途中で話に割り込んできた。
そんなこんなで僕とツナデはフォトンとイナフに向けて異世界の何たるかを解説するのだった。
懐かしや。
そう言えばもう幾日も向こうに帰ってないね。
当たり前だけど僕はともかくツナデの失踪には加当の家は慌てているだろう。
それが少しおかしかった。