樹の国16
「ふわ……いきなり霧が濃くなりましたね。一メートル先も見えないです」
フォトンにとってはそう見えるだろう。
ある種当然だ。
ちなみに僕の視界には霧など見えず、木々はうっそうとしているものの見晴らしは良好だ。
山道に沿って頂上まで登るのも容易い。
が、こんなに濃い霧が展開されればフォトンは容易に僕やツナデを見失うだろう。
「ツナデ」
「なんでしょうお兄様?」
「フォトンの手を引いてやって。迷子になるといけないからね」
「お兄様は優しいですね」
「迷子の介護を促進することを優しいというのならそうだろうね」
「いいえ。そうではありません」
フルフルと首を横に振られる。
「お兄様はこの霧遁の術……もっというのならばオーラに敵性を感じてツナデに無限復元を適用させようとしています」
「誤解だ」
「お優しいお兄様」
目を細めて天使のようにツナデは微笑む。
それはとびっきり可愛い笑顔だったけど、今は言葉を慎むべきだ。
ともあれツナデは僕のお願いということもあって深い霧におたおたしているフォトンの手を取った。
「とりあえず僕が先行するよ」
僕はそう提案した。
「それは駄目だと思います。こんな霧の中で一人先行するなど」
「霧中だと思ってるのはフォトンだけだよ」
「どういうことですか?」
「君は今遁術にかかってるんだ」
「遁術というと……オーラで、ですか」
遁術の何たるかを既に知っているフォトンは正しく状況を理解していた。
「うん。遁術」
僕は頷く。
「霧を発生させるのは霧遁の術と呼ばれていてね。遁術っていうのは元々逃げるための術だから、その典型例と言えるかもね。何より他の遁術に比べてカロリーの消費が少ないのも魅力的」
「遁術にはカロリーを消費するんですか?」
「まぁ魔術と違って何も消費せずってわけにはいかないね」
「ということはマサムネ様とツナデにはこの濃い霧は見えていないのですか?」
「見ようと思えば見れるけど、別に不利な状況に身を置く必要もないしね」
「エルフが遁術を使うなんて寡聞にして聞いていませんよ」
「エルフ魔術が一般的な魔術と違うとかウッド王が言っていたけど、案外エルフ魔術って遁術の事なのかもね」
「どうやって対抗すれば?」
「まぁ日々の努力で」
それ以外の回答が無い。
「というわけで……」
僕は話題を収束させる。
「僕が先行してエルフを相手取るよ。フォトンとツナデは手を握って後背に陣取って。フォトンは霧に干渉されているからツナデの手を離さないで。ツナデは何が起きてもいいようにフォトンの手を離さないで」
「はいな」
「了解しましたお兄様」
そして僕とツナデは同時にオーラを展開する。
ツナデは直径一キロメートルの範囲。
僕は直径二キロメートルの範囲。
「いましたね」
「いたね」
ツナデと僕は頷き合う。
「じゃあフォトン……ツナデ……ここで待ってて」
そう言って僕は山道を歩いて二人から先行する。
ある程度歩いただろうか。
三人の警戒する耳の長いエルフをオーラの中で認めた。
向こうもこちらの事を感知しているのだろう。
向こうのオーラに飛び込んだのだから当然だ。
そのオーラの中でエルフたちが声を囁いた。
「ここから立ち去れ」
「疾く去れ」
「せねば敵対行為とみなす」
そんな言葉。
僕は山道を進みながら肩をすくめた。
当然その動作はオーラによって読み取られているだろう。
あながち無価値というわけでもない。
そして僕は口を開いた。
「敵対する意思はないよ。矛を収めてもらえない?」
無論声の届く距離にはエルフはいない。
だがオーラで口の動きを読み取ることはできる。
そもそも先のエルフの言葉も直接声を聞いたのではなくオーラで口の動きを読んだだけなのだ。
返事はかわり映えしなかった。
「「「疾く去れ」」」
そんな言葉。
「去らなかったら?」
問うた僕に、
「「「殺す」」」
物騒な言葉を口にする。
ちなみに僕から半径三百メートルの円周状にエルフは陣取っている。
二人は木々の中。
一人は山道の途中。
山道の一人は剣を構えており、木々の中に潜む……オーラに関知されているため潜むも何もないけど……エルフは弓矢で僕を狙っている。
「…………」
やれやれ。
僕はガシガシと後頭部を掻くと、
「話し合いの余地は無いのかな?」
そんな独り言を呟くのだった。
そして僕は袖からクナイを二本両手で持つように取り出した。
戦闘開始の合図である。