ブレインイーターは乙女を喰らう08
ヒュン。
姿勢低く、回し蹴り。
ツナデの物だ。
避ける、掣肘する、迎撃する。
一瞬で幾つかの選択肢が浮かんだ。
僕なら迎え打ちを選んだだろう。
イナフも同様のようだった。
勁を練って回し蹴りに足裏を合わせる。
「――――――――」
ミシィ。
軋んだのはどっちの脚か?
ヒュンと風を切る音が鳴る。
受け止められた蹴り脚を軸に、ツナデは更に回転して逆の脚で蹴りを放つ。
要するに軸足を地面から離したわけになるのだけど、それだけで姿勢が崩れるほどヤワな鍛え方をツナデはしていないし、イナフもそれに関しては疑ってもいなければ驕ってもいないだろう。
「――――――――」
呼吸が聞こえた。
腕でツナデの二段目の蹴りを封じ込めると、逆の手で手刀を放つ。
反射的に反応したのは、思考能力の結果だ。
地面に付けていたツナデの手が、そのまま軸足代わりに急制動を起こし、イナフの手刀から逃れる。
「うん。まぁ。そうなるだろうね」
流石にどちらも鍛えられている。
義兄としては嬉しい限り。
次に仕掛けたのはイナフから。
「疾!」
拳が飛んだ。
顎狙いの……ボクシングで言うスマッシュに近い。
ツナデはむしろ、その美貌を拳に向けた。
顎を打ち抜かれる……と思った瞬間、首を捻って致命的を回避する妹。
その前進の分だけ加速した身体の……肩から先が更なる加速を呼ぶ。
「――――――――っ」
瞬間の動揺。
されどもイナフも然る者で、躱されたスマッシュも飛燕のように引っ込める。
脚は盤石。
どちらも地に着けていた。
蹴りがないなら、腕か、肩か。
加速したツナデの拳はイナフの丹田に吸い込まれる。
呼気一つ。
空気が爆ぜて、暴力が硬直を起こす。
――突き抜ける。
気の満ち方は、ツナデが上だった。
慣性の法則もある。
受け止められた拳が、そのまま気の要領で波拳となり、イナフを打ち据える。
合気の応用だ。
「が――っ!」
呼気の逆流。
「そこまで」
僕は止めた。
だがツナデは止まらない。
更に……軽くトンと掌底を放って、イナフの体内で荒れ狂う気の流れを清流へと静めてしまったのだ。
事後処理まで完璧とは……我が妹ながら頭が下がる。
「おおう?」
近接戦闘ではツナデに比肩するイナフだけど、ことこの技術は僕でも不可能。
ここで求められる技術はツナデの方に一日の長がある。
僕だったら、そのまま打ち貫くんだけどね。
「お姉ちゃんチート過ぎ」
「こうでもしないとお兄様には勝てませんから」
「あー」
分かるなぁ、とイナフも頷いた。
…………分かるんだ。
「大変なんですから」
「だね。要修行」
ツナデとイナフは、疲れた笑みを交して、気を静める。
「仲良きことは、美しき」
「お兄ちゃんもアレできる?」
「やろうと思えばね」
ツナデの練度には及ぶべくもないけど。
「多分イナフが出来る程度だよ」
「そうなるとリミッター外さなかったらお姉ちゃんの方が強い?」
「かもね」
「いえ、お兄様の方が強いですよ」
そーかなー?
「普通に積み重ねてきた武の量が違います由」
「日頃の動きからして鍛錬だもんね」
そりゃま、武身一体ですから。
「さて、そろそろ昼食か。さすがに全員分を作るのは大変じゃないかな? ツナデは毎度どうやってるの?」
「最初の内は効率を取っていましたけど、最近はもう他の女子に任せても支障が出ませんし」
「うーん。シンクロ率急上昇」
「なのであまり苦労も掛かりませんしね。もちろんお兄様にはツナデの料理を食べて喜んで欲しいのですけど……」
「実際美味しいよ」
「ツナデ自身も食べてくださって宜しいのですけど……」
「食事前に下ネタとは。中々心臓だね」
「乙女心です」
単なる性欲だと思うけども。
「お姉ちゃんたちって毎度そうなの?」
「慣れたモノでしょ?」
僕は肩をすくめた。
「イナフも別に否やは無いんだけど」
「ちょっと犯罪臭いんだよね」
「年齢は上だけどね」
さすがのエルフ。
難老長寿の種族だ。
「お兄ちゃんは孕ませたい?」
「…………ノーコメントで」
場合によっては乙女大戦が起こる。
優勝賞金マサムネ。
愛の重さはプライスレス。
「ツナデの場合はカノンも付き纏うからなぁ」
「アレなら消しますよ?」
流石に止めて……ね?




