ブレインイーターは乙女を喰らう05
「ふむぅ」
春の月夜。
風の冷たい夜気の空。
「結界は張られていますねぇ」
竜脈に式を打って、確認するカノンだった。
「わかるものなんですね」
ジャンヌが呟いた。
「こうなると、まぁ襲ってくれば返り討ちで良いんでしょうけどぉ」
「ブレインイーター本体は出ないと?」
「そう相成りますねぇ」
ジャンヌとカノンは、そんな会話。
僕は竜脈を読む力がないので完全にフォロワー。
というか釣りの餌。
「ジャンヌお姉様は頼りにしていますぅ」
「任せてください。マサムネ様は私が守ってご覧に入れます」
「そう言う意味じゃないのですけどぉ」
「まぁ皮肉だよね」
僕が口を挟んだ。
街灯の明るい夜。
道路でのこと。
住宅街の深夜で、僕たちは神秘について話していた。
……それもそれでどうだろう?
「この場合はブレインイーター御本人と挨拶できる……そう考えて良いのかな?」
「どうでしょうぅ。あちらがマサムネを狙っているのは……まぁ癪ながら事実としても、こっちには私がいますしぃ」
カノン。
今までこの街で活動していた魔術師。
当然縄張りでの魔導災害の掣肘と駆逐は、生まれてからの業だろう。
その戦力は既に見ている。
詩詠いのカノン。
言霊解放が長いことを除けば『万能の御手』……そう呼べるかも知れないこちらの世界の魔術師だ。
「とすればチャイルドか」
ヒュンと鋼糸を振るう。
ヒュルッと力を入れて、収納した。
「とりあえずはぁ……」
カノンが言う。
「雑魚の掃討ですね」
パチンとフィンガースナップ。
世界の反転。
異世界への侵入。
全てが簡潔に行なわれた。
「――――――――」
ズズンと大質量が吠えた。
「ふむぅ。予測通りぃ」
「何が?」
「結界内の戦力も分析していましたのでぇ」
「……………………」
僕は敵方を見上げる。
全長二十メートルの超巨大ゴーレム。
今度のは金属製。
「メタルゴーレムですかぁ」
分かっていて言っているんだからカノンも案外タチが悪い。
もっともこの程度の不貞不貞しさがなければ、乙女の心は保てないだろうし、なによりこの街を守る魔術師には成れないのだろう。
こっちには関係ない話だとしても。
「で、どうするの?」
さすがに鋼糸ではどうにもこうにも。
陰陽五行に則るなら金は火に弱いけど。
「…………」
チラリとジャンヌを流し見る。
「可不可なら可ですけど。燃やしちゃっていいので? この辺の酸素を使い果たしてしまいそうですけども」
「となると……」
カノン次第か。
「では私がぁ」
ズイとカノンが前に出る。
「――――――――」
ズズンと鈍重に動くメタルゴーレム。
「大気吹きすさぶ風よ。我は其方に使命を授ける。理は剣。論は撃。その相成る擂り減らしを此処に顕現せよ」
詩詠いの言霊解放。
異世界で言うところの世界宣言。
「ウィンドブレイド!」
風の斬撃が奔った。
脚が膝元から切り裂かれる。
超常的な気圧の関係で、風のギロチンを作ったのだ……とは、後刻聞いた話ではあれども、その威力までは馬鹿にできない。
「この世を埋め尽くす水よ。その神は称えられ、尊ばれ、畏怖されしもの。三叉の槍は破滅を促し、此処に顕現せよ!」
詩を詠う。
「トライデント」
水の斬撃がゴーレムを襲った。
もう片方の脚まで切り裂かれる。
水の斬撃。
ウォーターカッター。
それは最硬のダイヤすら切り裂く。
「これで行動は封じたわけだ」
メタルゴーレムも脚がなければ歩けない。
僕にだって無理だ。
そう思っていると、
「――――――――」
メタルゴーレムが形を変質させる。
溶けた金属のように不定型に。
その形が定まると、
「やっば――っ!」
砲の形を取った。
アハトアハト。
八十八ミリ砲。
向けられるのはこちら。
その地面。
多分余波だけで死ぬ。
掠っただけで爆散するだろう。
普通の人間は。




