日の本の国05
結局、処罰は放課後に職員用のトイレを掃除することで決着がついた。
げに恐ろしきは不良の態度と教師の対応を瞬時に判断し自ら先に手を出したツナデの先見の明。
もしも僕だけが……しかも最初に手を出していたら僕だけ停学と云うこともあり得ただろう。
「また助けられちゃったね」
と僕が言うと、
「貸し一つですよ?」
とツナデは悪戯っぽく笑うのだった。
いやまぁいいんだけどさ。
そんなこんなでトイレの清掃も終えて加当の屋敷に帰宅すると、待っていたのは使用人だけだった。
何でも主人……ここで言うのは僕の義父のことである……は公安調査庁に顔を出し、明日まで帰ってこないらしい。
故に使用人を除けば今ここにいるのは僕とツナデだけということになる。
「やれやれ」
ツナデに貸しを作ったのは失敗だった。
「お兄様……っ」
慕うような情熱の瞳で僕を捉えるツナデは、
「今日は二人きりですね」
破顔してそう言う。
「まぁそういうことになるかもね……」
僕はうんざりと返した。
義父も上の義兄も下の義兄も養子である僕に対して良い感情を持っていない。
僕は排斥される身である。
そしてそんな中でツナデだけが僕の味方だった。
ツナデは僕の味方で、そして時は経ち慕情を抱く相手になった。
無論のこと僕はツナデに手を出す気はない。
そんなことは養子として育ててくれた加当への裏切りである。
そしてツナデもそんなことは理解しているのだ。
そしてそれ故に……まるでロミオとジュリエットのように……禁じられた愛故に情熱に身を焦がすツナデなのである。
まぁ血は繋がっていないから正確には禁じられてもいないのだけど。
とまれ、
「あー」
と僕は声を間延びさせて後頭部を掻くのだった。
それから僕は屋敷に入り、私室で胴着に着替えると、屋敷内の道場に赴いた。
ツナデは部屋着となって僕の後ろをヒョコヒョコとついてくる。
ツナデは呆れたように言った。
「父がいない日まで訓練をしなくても……」
「そうはいっても日課だしね」
そう言って僕は道場の隅っこで人差し指だけを以て逆立ちをすると、道場を一周、二周、三周する。
それが終わると人差し指だけの逆立ちを親指だけに変えて、そのまま腕を曲げて伸ばす。
逆立ち状態での腕立て伏せである。
ちなみにこんな無茶な訓練をやっているのは僕だけで、ツナデは道場の中央で座禅をしていた。
精神統一である。
僕は腕立て伏せをしながらツナデのオーラを感じる。
ツナデのオーラは加藤の屋敷を覆うほどの広さまで拡大する。
拡大と縮小。
それを繰り返すツナデ。
ツナデは女の子なので筋力トレーニングは行わないのだ。
そもそも忍としての訓練なぞ受けたらツナデの豊満なわがままバディは生まれることはなかったろう。
エロオヤジみたいな言い草だけど事実である。
ツナデが忍としての戦闘能力が僕に敵うのは未来予知にも似た状況判断と先見のおかげである。
そっちに関しては僕は門外漢なので、本気を出せない状況では骨法の訓練でツナデに勝てないというわけだ。
僕は力に頼って骨法を行ない、ツナデは先見をもって骨法を行なう。
どちらも欠陥ゆえにほぼ互角。
まぁツナデがムキムキバディになるのも嫌だからこれはこれでいいんだけどさ。
そんなこんなで夕食まで訓練を己に課した後、僕とツナデは使用人の作ってくれた夕食を食べて、風呂にて身を清め、それぞれの私室に籠った。
さすがに風呂の後まで訓練する気はない。
汗を流すのは避けたいものね。
僕は学生鞄から教科書とノートを取りだすと、薬効煙を吸いながら明日の予習をすることにした。
薬効煙。
見た目は紙巻きタバコで、要するにジョイントした素材に火をつけて煙を吸うという意味ではタバコや大麻と変わらないが、実のところは加当の家に伝わる術の一つだ。
薬術の範囲に属する代物。
ハーブや麻をブレンドした鎮静薬である。
肉体的依存症はゼロ。
ただし鎮静薬としての効果か精神的依存症は多少なりともある。
そんな薬効煙に火をつけて煙をスーッと吸ってフーッと吐きながら僕は勉強をする。
ちなみにツナデはというとオーラを操る訓練をしているようだ。
部屋は違えどツナデのオーラの拡大は半径五百メートルを軽く超える。
屋敷のどこにいてもツナデのオーラを感じることが出来るのである。
あくまでオーラに精通している者なら……という条件でだが。
そしてこのオーラが遁術……忍術を扱う要なのである。
ま、いいんだけどさ。
ツナデのオーラを心地よく感じながら僕は勉強をし、そして終えると薬効煙の火を消して寝巻に着替えて布団にダイブした。
同時にツナデのオーラが消えた。
ツナデも訓練を終えたのだろうと思っていると部屋の扉がノックされる。
「もし、お兄様。いらっしゃいますか?」
「ツナデに対して閉ざす扉は無いよ。どうぞ」
「失礼します」
ツナデは恐る恐ると云った様子で僕の私室に入ってくる。
ツナデはパジャマ姿で枕を持っていた。
それだけで僕は事態を察する。
「あの……お兄様……一緒に寝ていいですか?」
「あー、義父に怒られるよ?」
「本来ならあんなお兄様を排斥する人間のご機嫌伺いなんてする必要がありません。それでもお兄様の立場を悪くするからいつもは言い出せませんが、父親がいない今なら許されるでしょう?」
「それを言われると痛いなぁ」
本音である。
そして僕は嘆息する。
「いいよ。おいでツナデ……」
「お兄様……!」
パァッとチューリップのように笑うとツナデは僕の布団へと潜り込むのだった。
僕とツナデは同衾する。
そして僕は照明を落とす。
真っ暗闇の中で、ツナデの手が僕の手を捕える。
「お兄様……お兄様はツナデの体を好きにしていいんですよ? お兄様にはその権利があります……」
暗闇の暗殺を得意とする忍は夜目が利く。
僕は暗闇の中で恥じ入りながら僕の手を握るツナデを見ていた。
当然ツナデも僕が見えているだろう。
そしてぼうっとした情熱に浸ったツナデの瞳が僕を捉える。
次の瞬間、僕の唇にツナデの唇が重ねられる。
そして僕の口内はツナデの舌によって蹂躙される。
ディープキスだ。
「ん……お兄様……」
ツナデは熱情の赴くままに僕に愛情表現を示す。
僕はディープキスを終えると、
「困るよ……」
と、ツナデを制した。
「何故ですお兄様……ツナデの体では不満ですか?」
「そんなことはないけど僕は加当の家の汚点だからツナデを抱くわけにはいかない」
「それこそ馬鹿げています。ツナデとお兄様が愛し合っておかしい道理はありません」
本来なら……ね?
「とにかく寝るよ。明日も早いんだ」
「むう。抱いてくださって構わないんですけど……」
そりゃ興味が無いと言えば嘘になるけどさ……。
ともあれ僕はツナデに腕枕をしてあげる。
それでは、
「また明日……」
そう言って僕は眠りにつくのだった。