ようこそ神秘の世界へ01
「美味しいですねぇ!」
カレー。
カノンはガツガツと食べていた。
「学校は良いの?」
「事情の把握が先決ですぅ」
カレー食いながら言うことでも無いような気がするけども……とりあえずツナデのカレーが美味しかったなら、それは喜ぶべき事かな?
「どうですか、お兄様?」
「美味しいよ。家庭の味と言いますか。溶けたタマネギも良い味出しているし、向こうの世界ではツナデのカレーが食べられなかったから、その意味でも価値ある物なんじゃない? 事実、述べた様に美味だし」
「光栄です」
穏やかにツナデの笑う。
しばらく昼食が続いた。
それから全員が食べ終わると、
「さて」
僕は玉露を飲みながら、視線をカノンに振った。
「状況は説明できる?」
「そっちは事情を知らないのでぇ?」
「さすがにね。もっとまともな世界だと思ってたけど……何がどうすればあんな現象が起きるのさ?」
「嘘は吐いていないみたいですねぇ」
ふんふんとカノン頷く。
「何かあったのですか?」
フォトンが首を傾げた。
「グールに襲われた」
端にして要。
「は?」
まぁそうなるよね。
僕でさえ半信半疑だ。
正直なところ、白昼夢の方が、まだ納得も出来る。
「グール?」
「でいいのかな? 要するに死人が動いていて、コッチに襲いかかって……いたのかはわからないけど……首斬っても死なないのはちょっと異常だよね」
念のため鋼糸を持っていて正解だった。
「死人が襲ってきたって……ゾンビ映画みたいな?」
「ゾンビ映画みたいな」
コックリ頷く。
事実その通りだ。
「で、カノンが何か知っているみたいだけど……」
「そうなんですか?」
ツナデがカノンに問うた。
「えと……その……その件に関しては極秘事項でしてぇ」
伸ばした両手の人差し指で、ツンツンと双方をつつく。
「そんなファジーが有り得るのですか?」
「ええとぉ……」
「なるほど。あるのですね」
さっぱりと見抜かれた。
僕やツナデは表情筋で嘘を見分ける技能を持つ。
玉露を飲み干すと、僕は薬効煙をくわえて火を点けた。
ハーブの香りが肺を満たす。
「その前に一つ聞きたいんですけどぉ……」
「何か?」
「そちらのお姉様方は……まさか異世界出身でぇ?」
「言ったっけ?」
「いえ。予測でぇ」
「まぁそうなんだけど」
「やっぱりそうですかぁ」
「把握していたの?」
「こんなカラフルな髪の色はさすがにぃ」
デスヨネー。
「でも根拠としてはそれだけで? ウィッグや染髪の可能性は考えなかったの? むしろそっちの方が根拠として重いと思うんだけど」
「いやまぁ偶然ならそれで良かったんですけどぉ」
モジモジ。
「じゃあ話を戻そっか」
閑話休題。
「ツヅラも観たよね?」
「ゾンビでしたわね」
ばっちり記憶していたようだ。
「うー、特秘事項なのにぃ」
特秘事項……ね。
「つまりこっちの世界もファンタジーって事?」
「まぁファジーではありますねぇ」
そこが根幹だ。
「お兄様?」
「あー」
言いたいことはわかる。
「もしかして僕らが元いた世界とは違うって事?」
「そう相成りますね」
「それは違いますぅ」
むしろカノンがサッパリと言った。
栗色の瞳には確信が乗っている。
「ここは確かに基準世界ですよぉ」
基準世界……。
「そも別の世界なら別のお姉様とマサムネが居るはずですしぃ」
「それは……」
そうだね。
「基準世界」
「お姉様方がいた世界は準拠世界と呼ばれていますぅ。基準世界から……エヴェレット解釈で分離した別世界ですねぇ」
「エヴェレット解釈……」
ここでその話を聞くとは……。
「量子力学についてはぁ?」
「科学雑誌に載っている程度には」
「他世界解釈への理解はぁ?」
「まぁ知ってはいるよ」
「ウーニャー! 二重スリット実験」
ウーニャーが僕の頭で尻尾ペシペシ。
「ドラゴンですかぁ。つまりお姉様方はぁ」
「異世界に行っておりましたね」
苦笑……にしては苦い笑いだ。
殊更、僕らに責任は帰結しないけど、たしかにツナデにとっては有意義な時間ではあったろう。
僕は薬効煙を吸った。




