100 そして舞台はローファンタジーへ
「カレーの具材は揃ったかな?」
スーパーでの買い物。
何故か同行者はツヅラだった。
肉やジャガイモは家に在る。
根菜や牛スジが主な買い物。
「綺麗な女の子ばかりでしたわね」
「僕の自慢」
「ですからわたくしに興味がないと?」
「そりゃね。可愛い女の子はいっぱい見てきたから」
ガサガサとスーパーの袋を音立てながら歩く。
「勝てる気がしませんわ」
「勝つ見込みも無いしね」
「サラッと残酷なことを言いますわね?」
「最初から言ってるでしょ? 君にはヒロイン性が足りない」
「あんなカラフルな髪の乙女が良いんですの?」
「偏に」
別段ツナデ以外の黒髪撫子にはあまり興味も持てませんが。
「じゃあ」
何か抗議しようとしたのだろう。
その言葉は、
「――――――――」
春風にさらわれた。
ビュオッと風が吹くと、音が消えて静かになる。
「――――っ?」
時間帯は昼間。
そこそこ人通りはあり、喧噪もあったはず。
それが風の一薙ぎで沈黙した。
喧噪も、車のエンジン音も、住宅から聞こえた大音量のテレビ音声も、全て無音にかき消される……あるいは塗りつぶされたのか。
「なん……だ……?」
さすがに異常事態なのは分かった。
けれどこちらでオカルトはちょっと……。
そう思っていると、
「――――――――」
何やら不吉な吐息が聞こえてくる。
人の声にしては感嘆詞で、獣の咆吼にしては声帯が感じられる。
そちらを見やればゾンビが居た。
ゾンビ……ブードゥーでは洗脳した人間だから正確ではないか……この場合はヨーロッパあたりから言葉を借りてグールと称すべきか。
腐敗した人型だった。
サラリーマンなのか。
市販のスーツを身に纏い、頭から血を流して、視線は安定せず、口からは声になっていない呻きを上げている。
意識が在るのか無いのか。
まるで映画の中のゾンビやグールのように、よたよたと歩いてこちらに向かってくる。
ゲームでなら拳銃で倒すところだろうけど……。
その前に、
「ここは元の世界のはずだよね?」
少し首を傾げてしまう。
オカルトや神秘主義とは縁の無い世界……のはずだ。
遁術はどうなのかって話もあるけど、それはまた後刻。
「――――――――」
グールはこちらに襲いかかってきた。
呻きを咆吼に変えて。
ピン。
そんな音がした。
瞬間、襲いかかろうとしたグールは動きを止める。
「な……な……な……」
ツヅラは腰を抜かして驚き狼狽することしきり。
僕は跳んだ。
糸を踏んで、更に跳ぶ。
グールの上空へ。
「――――?」
グール……屍食鬼には脳が無かった。
まるで頭蓋を綺麗に分解して、ペロリと脳を取り外したようにスカスカの空白が、グールの後頭部の全てだった。
「――――――――」
吠えて、拘束を解こうとするグール。
ただ、不可能だ。
グールを縛っているのは鋼糸。
僕が展開した蜘蛛の巣だ。
「さて、これじゃ要約はわからないけど……」
ギュッと、指に伝う鋼糸に力を込める。
グールは四肢をバラバラに分解された。
忍術の一つ……鋼糸術。
鋼を研いで、糸状にした暗器。
主に証拠を残さない殺害に用いられる忍の殺人術の一つだ。
「――――――――」
グールの咆吼が聞こえた。
四肢は切断した。
ついでに首も。
なのに転がったグールの頭部は、何も出来ないのに咆吼だけを上げていた。
「これでも死なない……か」
そもそも脳が無いのだ。
後頭部ごと抉り取られている。
であれば思考や思索能力も無いだろうし、たしかに衝動や本能……反射神経だけで動くのも納得は出来るけどさ……。
「何がどうなったらこんな状況になるわけ?」
それは難題だった。
そうこうして静かな周辺とグールの呻きを聞きながら悩んでいると、
「無事ですかぁ!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「げ! マサムネぇ!」
カノンでした。
「もしかしてマサムネが結界をぉ?」
「けっかい?」
修験道や密教のアレですか?
「チャイルドがバラバラに……マサムネがコレを為したのぉ?」
「まぁそうなるかな?」
「チャイルドを退ける……マサムネは何様でぇ? 普通出来ないはずなんだけどぉ。そもそも結界に取り込まれて無事な一般市民って何よぅ? え? ガチ? 本当に?」
おちけつ。
「まさか魔術世界に足を踏み込んだのぉ?」
「魔術世界?」
またぞろ胡散臭い言葉が出申したな。




