098 馬鹿者が
「馬鹿者が!」
会長室。
皆菱グループの本社でのこと。
事の顛末を説明すると、会長……ツヅラの祖父は、ツヅラを張り飛ばして激昂した。
僕は普通に出された茶を飲んでいる。
完全に他人事。
薬効煙は吸えないので、茶を飲むぐらいしかやることがない。
「ウーニャー」
ウーニャーも大きなソファに寝っ転がってゴロゴロしていた。
「馬鹿者が! 馬鹿者が……!」
張り倒されたツヅラを、ギュッと抱きしめて、会長は涙を流す。
「お爺様……」
ツヅラも、自身の馬鹿さ加減に頭が冷えたろう。
「ま、あんまり責めんでやってください」
茶を飲みながら僕。
ホームドラマは見たので、事務報告だけ。
「結果として裏の業者を一つ潰せました。政治的にも大きく飛躍できます。その意味で結果オーライではないかと」
選挙も近日に迫っている。
義兄の仕事の引き継ぎは、一端そこで終わりだろう。
その後は……乙女たちとだらだらラブコメ?
「どこのシンジケートだ」
「ご近所の国とだけ」
別に珍しくもない。
異国人のシンジケート出張サービスは。
「カウンターインテリジェンスとしては、成果を上げたモノかと。それで納得できないなら貸しとでも思って貰えれば」
「わかった。孫娘を護衛してくれて感謝する。なにかあったらバックアップしよう。御当主にもそう伝えてくれたまえ」
「ウーニャー」
「ウーニャー?」
「ラインでツナデに結果報告。ラインの使い方は覚えたでしょ?」
スマホをウーニャーに放り投げる。
「ウーニャー!」
大丈夫なようだ。
コレにて完結……と思いきや、
「マサムネ」
ツヅラがコッチを見た。
頬が赤く腫れている。
さすがに張り倒されれば変色もするか。
「何か?」
「わたくしの護衛……まだ続けてくださいませんこと?」
「もう必要ないでしょ。業者は潰すし、狙われることはないよ。それは保証する。口頭契約だけどね」
「じゃあマサムネはどうしますの?」
「自分の実家に帰る」
「わたくしと一緒なら贅沢できますわよ? わたくしを守ってくれたマサムネなら……いくらでも歓待してあげますわ」
「それが魅力的で無いくらい恵まれているので」
「ではこうしましょう」
どうしましょう?
「わたくしの処女を差し上げますわ」
「ふぅん?」
試すような僕の瞳。
「ツヅラ!?」
むしろ会長が狼狽していた。
「自分が何を言っているのか分かってるのか!」
「マサムネになら良いですわ。人生の伴侶に相応しい」
「ほぅ」
ホッ……と茶を飲む。
「惚れたのか? マサムネ氏に?」
「ええ。わたくしと等身大で付き合える貴重な人材ですわ」
「マサムネ氏」
「何か」
飲茶。
「どう思う?」
「処女なのに性的に奔放なんですね」
「いやそうじゃなく……」
知っておりますが。
皮肉を言っただけだ。
「ツヅラの期待に応えてくれるか?」
「無理です」
コンマ二秒で即決。
「孫娘では不満か?」
「口幅ったいながら」
茶を飲む。
「ていうか、今更ヒロイン増えても混沌の魔窟になるだけのような……」
「どういう意味ですの?」
これも口幅ったいんだけど……。
「僕を好きな乙女は他に複数人いますので」
「そんなに!?」
「自分でもビックリですな」
あっはっは。
「で、ウーニャーと戦って勝て申します?」
ドラゴンブレスは既に見せた。
ある種、ヒロインの筆頭。
「えと……」
「結構規格外ですよ? ブラコンの義妹なんて、お兄様のためなら核兵器のスイッチだって押して見せます……程度は言いますし」
「御当主殿が?」
「いや、スイッチは持っていませんけど、ある種、それよりタチの悪い立ち回りはしますね。それは会長が何より御存知かと」
「むぅ」
「たしかに不幸を経験したいなら、我が家は適正ですよ。ぶっちゃけハーレムですから。金持ちの『ですわ』口調なんてキャラ付けとして弱すぎる……程度のコンプレックスは多分三日と持たず彼女を押しつぶすでしょうね」
「マサムネ氏は何者為るや?」
「単なるヒモです」
今更論じることでも無い。
「もし僕が好きなら歓迎するけど……その後の君がどうなるか……は保証しかねる。別に傷を付けようって話じゃないけど、形而上の出血は多分ある」
「えと……つまり……一緒に屋敷で暮らして良いと?」
人の話を聞いていましたか?
「…………好きにして」
馬鹿者が。




