097 幻は彼方
「マサムネ……っ!」
抜けた腰がハマったのだろう。
女子生徒すら勘案せず、彼女は僕の元へと。
倒れ伏して、致死量の出血。
「ああ……ああ……!」
うーん。
デリシャス。
「ツ……ヅ……ラ……」
「喋らないで!」
「自作自演って……本当……?」
「ごめんなさい……っ!」
彼女はボロボロと涙をこぼしていた。
「本当です! 本当なんです! ただ振り向いて欲しくて! 誰かに守って貰って欲しくて! だから……だからぁ……」
チヤホヤされる人間関係。
ただ財閥に産まれただけで、心を開けなかった少女。
その完成形は不幸を欲した。
ドラマティックな悲劇を欲した。
その果てに今があった。
しかし業者ね。
殺人や誘拐を生業にする業者は存在する。
だいたい忍とは敵対する関係だ。
多分その一つなのだろう。
これで正当性を持って潰せる。
「後悔……してるの……?」
ガフッと吐血。
けれど言葉を続ける。
「こんなことになるなんて思わなかった! マサムネが刺されるなんて思わなかった! 私は……私は……!」
――――ただ、誰かに心配して貰いたかった。
けれどソレすらも手に入らず。
護衛が付いても、他の生徒たちには、
「高潔な皆菱ツヅラ様」
であって。
そしてその自分の業で、僕が倒れ伏している。
「ああ、血が……血が止まらない……」
「なるほどね」
其処まで分かれば良いだろう。
「じゃあ、謝らないとね」
僕はすっくと立ち上がる。
血は消えていた。
無病息災。
無事なモノだ。
「マサ……ムネ……?」
「何か?」
ニカッと笑う。
「血は? 刺されましたわよね?」
「うんにゃ? 刺されたフリをしただけ」
「……………………え?」
ま、そうなるよね。
ご尤も。
「遁術……って言っても通じないか。忍術の一種で幻を扱う。幻術って言うの……? サブカル的な表現をすれば」
幻遁の術。
一種……変わり身の応用だ。
「僕の出血は全部幻。こちらに損する物はございません」
「まぼ……ろし……」
「死んでない……?」
女子生徒までポカンらしい。
だいたいオーラでナイフを隠し持っていたのは読み取れた。
後は印を結んで遁術を発露するだけだ。
別に普通に無力化しても良かったけど、演出の一環だ。
既に、
「この暗殺劇がツヅラの自作自演」
なのは分かっていた。
途中からだけどね。
捜査するにも時間はかかる。
その意味で、少し齟齬はあった。
金の流れは克明に記録されるし、我が家の技術は現代文明にも引けを取るモノではない……との意味で、先述の様に事情は把握している。
ただその動機が読めなかった。
そこで一芝居打った。
さすがに女子生徒の懐柔はプランに無かったけど、ウーニャーの保険があるなら、此処で博打をするのも悪くはない。
結果、ツヅラの真意を知ったわけだ。
――不幸に酔いたかった。
――心を砕いて心配してくれる人が欲しかった。
僕には同情できないことだけど、そんなものをツヅラは欲したのだ。
思春期乙女なりの悩みなのだろう。
「じゃ、もう大丈夫?」
「マサムネが……死んでないなら……」
「あの程度はどうにでも出来るし」
殊更に何を言うでもない。
「絶望……したんだから……ぁ……!」
「君のその今の気持ちを……誰かに植え付けようとしているのが……君のやっている……やっていたことだよ?」
其処は違えない。
割腹モノだ。
自業自得とは言え、正直な話、――振り回されるこっちの身にもなれ。
「幸福の飽食……か」
幸せであることに慣れすぎて、本やドラマのテーマに憧れた。
題材は『不幸』。
「で、ちょっとした知人の致死はどうだった?」
「酷いですわ……マサムネは……」
「ちょっとしたサービスだよ。おかげで敵対業者を潰せるんだ。僕なりのプレゼント」
「本当に……本当に死んだかと……」
「さてね。別に君の気持ちで尊重する気は無いし」
自作自演の自殺演技。
さて、
「皆菱会長には何と言おう?」
ちょっとそこが、胃が重い。




