086 フレンチトースト
「お兄様~」
寝起き。
ギュッと僕を抱きしめるツナデでした。
「はいはい」
グイと引きはがす僕。
それから僕は稽古に入る。
腹筋。
背筋。
足に腕に。
筋力トレーニング。
一応リミッター付きで。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
汗が出るほどトレーニング。
「お兄様」
ルンと弾む声。
ツナデだ。
「朝食でもできた?」
「はいな。異世界ヒロインズもキッチンの使い方を弁えてきたので、コッチの負担も減りました。仕事に専念できるというモノです」
「ツナデはソレで良いの?」
「駄目と言っても現実は変わりませんし」
仕事の引き継ぎか。
「それで? 今日の御飯は何かな?」
タオルで汗を拭きながら、僕は尋ねる。
「フレンチトーストとベーコンとサラダ。ついでにフレッシュジュースです。……如何でしょうか?」
「美味しそうだね」
「にゃ!」
はにかむ愛妹。
可愛さうなぎ登り。
「ではツナデは仕事に」
「ん。頑張って」
「それから……」
「何?」
「いえ。これは後刻」
そうしよう。
「フィリアに風呂を入れて貰えない? トライデントで」
食事の前に汗を流したい気分だ。
「そう伝えます」
スマホを取り出す。
ラインだ。
僕は風呂場に向かった。
一人風呂。
騒がしくなくて、安穏としている。
今までヒロインと混浴していたし。
「ふい」
汗を流して、洗体し、湯に浸かる。
それだけで至福だった。
サッパリとしたあと、タオルで髪を拭いながら、ダイニングに顔を出す……と、すでに乙女たちは勢揃いしていた。
ツナデの代わりにカノンが。
「……………………」
微妙な表情。
気持ちは分かる。
仮に立場が逆なら、僕も無言を選ぶ。
「おはよ」
「おはようございます」
「えと……おはようで……」
「おはよ! お兄ちゃん!」
「ウーニャー!」
「おはようね」
「……おはようございます」
それぞれ頭を下げる。
「カノンもおはよ」
「おはようですぅ」
睨みやられました。
確かにね。
僕は悪者だ。
ヒールというほど高潔でもなく……なのに善意には期待できないという……ある種のゴミ溜めの終着点。
「じゃあ食べよっか」
スルーすることにした。
他に最良の方法を選択できないがため……僕にはコレ以上の妥協は無理だと、そう悟ってしまう領域でもある。
フレンチトーストをハムリ。
甘味が襲う。
「ん。美味」
「ツナデお姉様の作ですよぅ」
「道理で完成されてるわけだ」
其処は違わない。
「むぅ……。マサムネはお姉様を高く評価しているのですねぇ。他に言うべき事は……ございませんかぁ?」
「後でラインで送る」
「そうなさってくださいぃ~」
皮肉のつもりなんだろうけど、笑ってスルーできるレベル。
元より眼中に無い。
いや、その女子心は貴重だけど、空回りしていると言いますか。
ぶっちゃけた話、こちらの……ここでいう加当の御家のしがらみは、カノンにはまったく関係のないことだ。
巻き込もうとも思わない。
その辺りを、計算違いで演算されなければカノンの将来には有益ではあろうけども……理屈が通じないのも若さの証明か。
「嘆息」
呟いて朝食を食べ終える。
薬効煙を加えて、ライターで火を点けた。
ハーブの香りが充満する。
今日も僕は御機嫌らしい。
別に嫌なわけじゃ無いけども……何というか……何と申すべきか……諦め諦観絶望失望の気分に限りなく近い。
無上甚深微妙法。
百千万劫難遭遇。
我今見聞得受持。
願解如来真実義。
世の中はそんな感じで回っている。




