080 とりあえず
「とりあえず」
帰り際。
屋敷の門構え。
そこでカノンは僕に切るような視線を送って候ひ。
既に日は暮れ、月光が眩しい。
「納得はしました。お姉様はまだ処女なのですよね? 本当に……不適当ではあれど……マサムネの言葉を信じるならばぁ……」
「外で他の誰かに抱かれていたら話は違うけど」
「それはお姉様には有り得ません」
そこは良く理解しているようだ。
「じゃあ杞憂じゃない?」
「ええぇ」
頷くカノン。
「男がお姉様を良いように扱うのも我慢ならないのですけど……マサムネの場合は……ちょっと例外ですねぇ。本当に異性を愛せるのですかぁ?」
「君が聞く?」
同性愛のド直球だ。
「穢れ無き乙女は穢れ無き乙女でしか触ることを許されませんから。その意味でマサムネは汚物です。断言して差し上げましょう。嬉しいですかぁ?」
どうだかね。
ちょっとイラッとする気持ちもある。
別に感動もしないものだけど。
「カノンはツナデに思い入れがあるの?」
「ええ」
端的に頷かれた。
「お姉様は私の全てですぅ」
「嬉しいだろうね」
ツナデも……。
「本当にそう思おいで?」
「違うの?」
「いえ、いいですけどぉ」
カノンは目を逸らした。
「?」
ちょっと意味が分からない。
けれどそんなのは今更で、だからこそ異世界ヒロインズを……屋敷でハーレムと化しているのも普遍的事実。
「マサムネはお姉様を愛しているのでぇ?」
「さてね」
何度も自分に問いかける。
その度に雲散霧消した。
「分からないんですねぇ……」
「率直に言ってね」
「行方不明中は何をしていましたぁ?」
「インドの山奥で修行してました」
「本当でしょうねぇ?」
「嘘でもいいけど納得するの?」
「お姉様も一緒にぃ?」
「だね」
「…………忠告をぉ」
「受けましょうぞ」
「嘘は騙せないなら取り止めるべきですぅ」
「だね」
「次いで騙す意思がないなら取り止めるべきですぅ」
「だね」
「本当に分かっていますかぁ?」
「さて、理解の度合いは数値化できないし」
僕は肩をすくめた。
ぶっちゃけた話、どうでもいいことだ。
「マサムネはそう言うでしょうねぇ」
「僕はそう言う」
言われるまでも無いことだ。
「お姉様はぁ?」
「カノンを警戒してるんじゃない?」
「見送って欲しかったんですけどぉ」
「僕が居る」
「ナンパですかぁ?」
「どうとでも」
別に蔑ろにする意味も無いだけで、ある意味ツナデを大事に思って貰えるだけでも、こっちとしては嬉しいほどだ。
「お姉様は渡しません」
「頑張れ」
「その上から目線が苛つきますぅ」
「残念」
両手を挙げる。
ハンズアップだ。
「とにかく……ぅ!」
「とにかく?」
「厳しく精査しますのでぇ!」
「どうぞご自由に」
両手は挙げたままだ。
「さて、それで、何か思うところでも?」
「何ゆえぇ?」
「おのこの勘かな?」
「キモぃ」
そんなバッサリ斬りつけないでも……いやまぁ確かに女性に比べて男性は理屈を重要視するはずだけども。
「ちょっと仕事関係で……ぇ」
それがカノンの答えだった。
「南無三」
僕は両腕を下ろす。
なんだかやるせない気分。
「とりあえずツナデに手は出してないから」
「一緒にお風呂もぉ?」
「それはした」
「ガルルぅ!」
「こっちも色々ありますんで」
色々って便利ね。
「お姉様を汚したら殺人に発展しますからね!」
「なら留意しよう」
今更脅しの利く観念でもないし。
言われるがままに付き従うのも……また文化交流なんじゃないかと……少し最近そう思っている小生でして。
「なんだかなぁ」
それは嘆息の一つも出るというもの。




